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2010年9月 6日 (月)

ひいおじいさまって?

徳川慶喜家の食卓  徳川慶朝  文芸春秋

 うーん、何の本かというと、タイトル通りなのかなぁ?この家とついているとこがミソで、徳川家最後の将軍慶喜の食卓だけでなく、徳川慶喜家四代目当主の著者の食卓もよくのぼっているというか、著者本人の食に対するエッセイみたいなのが主流なのかも?ちなみに四代目はお殿様のはずなのに普通のサラリーマンというか今はフリーのカメラマン、でもって食べ物好きが高じて焼き鳥屋さん(和食屋さん?)のオーナー?とかコーヒー焙煎人とかやっちゃっている方なのだ…ちなみにそのコーヒー市販されていて徳川将軍コーヒーと言うそーな…

 えーと何が凄いかというと、華麗なるおフランス料理(1867年慶喜が大阪城で各国公使達を招いた宴会)があれば、著者ご本人が毎日ぬか床をかき混ぜていらっさるとゆー話までが同じ次元で語られているところでしょーか(笑)資料としてその宴の料理名が残っているんですけど、凄い量なんだけど?呼ばれた方はチョイスして食べたとしても、幕末でここまでしたんですねぇ…ある意味凄いぞニッポンなのか(笑)

 ちなみに曾お爺様は肉が好きだったのは有名らしいけど、甘いものも好きだったみたい…何故か饅頭の話題が多し(笑)普段は近所の和菓子屋さんを贔屓にしていたけど、かの虎屋にも注文だしているんですねぇ…ちゃんと台帳残っているとか…木村屋のアンパンも好きだったとか…甘党これに極まりなのはおみおつけにも砂糖を入れていたとか…うーん凄すぎる…

 アリス的に何で慶喜というと、実は二代目が有栖川宮の次女実枝子妃と結婚しているからなんですね、とか…ちなみに上記にある虎屋の羊羹や饅頭はその祝いの品だったらしい…うーん徳川家でも祝いは虎屋か(笑)さて、そーゆー訳かは知らないけど著者自身も宮家の人たちと交流があったみたいで、特に高松宮妃殿下のとこに行ったりしている(ちなみに喜久子妃は慶喜の孫、著者の伯母にあたる)ちなみにちなみに高松宮日記は宮内庁の反対を押し切って出版したとか…著者は再三歴史音痴で興味ないみたいな話をしているけど、うーん何か普通に歴史道のよな?庶民的には高松宮のハネムーンにびっくりしたけど(笑)だって、新婚旅行に417日間ですよ、一年以上かけて世界旅行ですよ、でもって掛かった費用が当時のお金で30万円(今だと6億円超…)凄いわぁ…

 まぁ目も眩みそーな話に続いて、アリス的に食に行くと例の大阪の宴会のブレードボフ(フィレ・ステーキのポテト添え)とかロスヒーフ(ロースト・ビーフ)とかシャンホントリフヘ(豚腿肉のハムにトリュフを添えたもの)とかフーデンアラヂプロマート(かすていらの類)とかヒスクイガラセーヲキルヂー(桜桃酒入りアイスクリーム)とかボルドー(ボルドー・ワイン)とかコットロヂー(コート・デュ・ローヌの銘赤ワイン)とかシャンパンとかとかあるんですけど?ちなみにこれでも宴会の食の一部、どんだけ豪華だったかこれだけでも分かるよな…

 バターの匂いだけで気分が悪くなった人がいたご時世に肉食が多いのはある意味これも凄いなぁと…会食って言うのは本人も居て食べたはずだし…まぁでも慶喜というと豚一殿という渾名がついた位肉好きの人だったらしいし、この時呼ばれたイギリス公使は献上品の一つに豚と羊の腿肉(ハム)を持って行ったらしい…肉好きってバレてたのね(笑)遺伝なのか著者も肉好きみたいだけど肉も現在国産だと言っても飼料は輸入かもで輸入品なら抗生物質がある訳でそれ食べた家畜の肉特に肝臓にたまっているはずなので、レバ刺しは食べないそーな…何となく焼肉屋の定番の気がするが、アリス鶴橋で食べてそー(笑)

 何はともあれ本書は何とゆーか率直です(笑)何と言ってもご本人が広告専門のカメラマンだったのですが、それについて「広告というのは、それほどでもない品物をカッコよく上等に撮影して、カタログやポスターをつくってはなんとか購買意欲をかきたてようというものである。言葉は悪いが、半分、だましのような行為である。」と書いてる位なのだ(笑)まさに詳細は本書を読めなのなのだ(笑)

 目次参照  目次-書籍  目次-珈琲

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