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2010年10月14日 (木)

建築は凍れる音楽~

東京駅はこうして誕生した  林章  ウェッジ

 何の本かというと、タイトル通り東京駅の本なんですが、狭義のというより広義のと言った方が正しいと思います。ですから、東京駅の話というよりは東京駅を中心とした幕末から現在までの鉄道史に近いと思われます。人生いろいろというか、鉄道いろいろ、駅もいろいろ、歴史もいろいろと(笑)時代の申し子なんでしょーね…生まれるべきして生まれたと…だけど一筋縄では勿論いかないよとゆー実に数奇なというか激動な駅生(笑)

 ちなみにJR東日本だけで地上に10本、地下に8本のホームを持ち、JR東海の新幹線を含めると28線の鉄路が走る世界最大の規模なんだとか…大きいとは思っていたが世界一とは知らなんだ(笑)しかも一日に4000本の発着があり、75万人の乗降がある駅だそ~大正3(1914)年12月18日の開業式典では大隈重信が「物はすべて中心を欠くべからず。あたかも太陽が八方に光を放つごとく、鉄道も光線のごとく四通八達せざるべからず」と言っただけはあるとか…

 幕末からの鉄道設置の各国との駆け引きとか、工事や運行は飛ばして、東京駅の一番の特徴はパス・スルー方式の始発駅だという事らしい。ヨーロッパの主要駅はターミナル方式主流なのでこれは世界的にも珍しいのだとか?で、東京駅の設計は辰野金吾作なんだが、とにかく外観を外国人を驚かせるよーな世界に通用するものだったらしい。当時アジア最大の近代建築と言われたそーな…

 アリス的に東京駅、海奈良に出てきますではダメだろうか(笑)実は東京駅の建設の入札を落としたのは大林組なんですね…で大林組、全然知らなかったんですけど大阪の会社だったんですねぇ…ちなみにこの東京駅建設で東京進出決まったよな(笑)東京の建設会社全滅で上方贅六と陰口たたかれたみたいですけど、当時の技術というか仕上げ力というか職人気質というかで、出来が大林組上だったらしい。後に受け渡しの時にあら捜ししてもアラがなかったとゆー逸話まであったりして(笑)で、当時の鋳鉄製の柱が東京駅の5,6番線のホーム南側に12本残っているそな?ちなみに工事費は282万2005円…当時の日本の財力を思えば法外な金額に間違いなしですか…

 ちなみに東京駅は最初から東京駅とゆー名前ではなかったんですよ、おぞーさん(誰?)初期は永楽ステーションと、中央停車場か東京中央停車場になり、中央駅や東京中央駅になり、会議は踊って東京駅となったのだそな…駅って呼び名はここから始まったとか…で東京駅開業式の日に梅田ステーションを大阪駅に、七条ステーションを京都駅に正式に決まったとかとか(笑)

 ちなみにちなみに昭和初期では大阪が日本で一番大きな都市だったんですね…更にアジア最大都市とも言う…時代の流れって…でもって東京駅ですが、二回の災禍にあってますが、一回目は関東大震災…神田や有楽町、新橋が倒壊していく中東京駅だけはほぼ無傷だったんですよ…工事の良し悪しってこーゆー時に出てくるんだと…で二回目は言わずと知れた空襲ですね…焼夷弾のせーで燃えていくぅーなのですが職員のバケツリレーでも全焼に近かったとか…何とか修復終わったのは昭和26年だったそな…赤レンガよ永遠なれなんでしょかねぇ(笑)まっ東日本の胸三寸なんだろーけど(笑)

 目次参照  目次-鉄道

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