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2011年1月 2日 (日)

外なる中心?

絵図に見る伊勢参り  旅の文化研究所・編  河出書房新社

 あけましておめでたいという事で新年初っ端はお伊勢さんへ行こーっでございます(笑)元ネタは伊勢参宮名所図会(1797.5/五巻六冊、附録一巻二冊絵入り大本)でして、江戸のガイドブックでございます。みよーによっては百科事典的なノリらしいけど、まぁ伊勢に行くなら読んどいて損はないよんみたいな(笑)まぁ年間平均50万人の人が押し寄せたみたいなので、当時の日本最大の旅の目的地だったと、そうだ、伊勢に行こうってか(笑)

 老若男女関係なく出かけてた訳でその元締めみたいなのが伊勢の御師…旅行業の始まりはイギリスのトーマス・クックが始まりと言われているけど伊勢の御師も似たよーなもんじゃね?クックより100年も前からやっているしとか(笑)まぁ、どっちが先かとか厳密には違うとかいろいろありそーだけど、日本人旅好きなのかもしれないのは確かかも(笑)まぁその心は「寺社詣でを方便として、実際は物見遊山に重きをおいた旅-それは、何も当時にかぎったことではない。現在でも、とくに役所や会社を母体として視察旅行とか研修旅行とか、もっともらしい名目をつけた旅行が多く存在する」だそーな…今なら仕分け対象か(笑)

 途中の宿場(近隣?)の様子なんかも出ていて、茶屋で心太売ってるよんなんてあったりして(笑)そっか江戸時代には心太あったんですねぇ…ちなみに関東から伊勢参りは一般に二ヶ月かかりの大旅行であったと、でパンピーには一生に一度の伊勢参りだったりして…でもって外宮の図によると玉串御門前まで参拝しているとか(今は禁止)…伊勢うどんが出てきたり、ぶっとい麺というより固まり、それに溜り醤油とゆーのは当時でも結構インパクトあったみたい…違いが分かるってか(笑)

 アリス的に伊勢ってダリ繭かなぁ?伊勢参りというとどーも江戸からみたいなノリを思い浮かべてしまうんだけど、勿論全国区で伊勢を目指していた訳で関西からも伊勢には行ったと(笑)で関東組は男ばっかで代参、村からの代表者5-6人で講を組んでいくのが普通だったみたいだけど(その講も何組か纏めてツアー組んでいったみたい…)関西地方の場合は近場とゆー事もあってか女子供もいってらーのノリだったよーです…ただ近場だけあって資料があまり残っていないのが残念、そりゃ近所じゃ旅行記書くまでもないか(笑)

 さて、旅と日本人と言ったらコレでしょーのおみやげ…今は土産と書きますが元は宮笥と書いたそーな…竹製で編まれた箱状のものだそーで奉納したご飯とか入れたとか?でそれを配るのが始まり…らしいけど…うーんそれが拡大再生産に解釈しておみやげ文化が出来たとな?後は街道沿いの名物に舌鼓を打つと伊勢うどんとか赤福とか(笑)

 さてさて、本書的に一番アレっと思ったのはぬけ参りの凄さでしょーか(笑)勝手に伊勢参りなんですけど、奉公人だろうが下女だろーがぬけ参りを決心したら誰も止められない…主人の圧迫から脱出できたそな…当時、ぬけ参りを止めるとたたりに合うと流布されていたから黙認するしかなかったそなな(笑)現代でいうなら過労死する前に伊勢に行けなんでしょーかねぇ?いまふたたびの伊勢かも(笑)

 執筆者 石井正巳、小田晋、小野寺淳、神崎宣武、鈴木章生、ヘヴァンズ・ノルマン、山本志乃

 目次参照  目次-神社仏閣

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