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2011年1月 4日 (火)

笑う門には福来る~

笑いの力  河合隼雄 養老孟司 筒井康隆  岩波書店

 新年明けてしみじみと今の日本に必須アイテムって笑いかな?と…本書は絵本・児童文学研究センター(小樽)のシンポジウムのまとめ本みたいです。三者がそれぞれに笑いについてスピーチされ、その後に三者と三林京子(桂すずめ)氏に司会の工藤左千夫(絵本・児童文学センター理事長)が加わった討論会が掲載されています。

 最初は河合氏のお話で笑いと健康についての軽いジャブから講演地を配慮してか児童文学と笑いについてで、糖尿病の患者と医師とお笑いの実験が笑っていいのか…糖尿病の患者さんに医者の話を聞いて食事をすると血糖値が上がると、でも吉本興業の話を聞いて食事をしてもそんなに上がらない…笑いの効能ですか…病院の立場は(笑)

 で二番手の養老氏によると笑いとは「われわれがもっている世界の論理のどこかが外れる時に起こります」と、だから「それを当然だと思っていると笑えない」と…綻びと私と笑いの本質の辺りはああ日本人なのでしょーか(笑)まずは「変わらない私ってのがあって、それがほんとうの私で、それに個性っていう価値があるのであれば、本質的に価値のあるほんとうの私が変わらないものであるなら、教育はまったく意味ありません」といき、結局は「変わらないと思っている先生と、変わらないと思っている親と、変わらないと思っている子供と三者集まって、日本の教育が成り立つわけがない」となると(笑)

 アリス的には同じ作家(でもって同社大卒/笑)の筒井氏の話が被るのかなぁ?氏によると文学は笑いに向かっているそーなんですが、作家というのは「自分の作品を批評家の目で見ることができるかどうか、これが日本人の多くの作家の欠落点ではないかというふうに思います」とあるんですね。で、思ったのが階段教室の出会いですねん(笑)若き日の准教授というのは、批評家代表だったのだなぁと…じゃないと「自分の世界にのめりこんでしまう」んですよ(笑)後は高尚な文学に笑いが必要ないとゆーのがどーも文学界の王道だったみたいです。ユーモアのある文の方が親しみ易いと思うけど、文学って孤高を保っていなきゃいけないかったのね(笑)

 座談会でも氏は関西出身なので、いちびりについても語っています。「みなを笑わせるとバカにするやつがいるけども、だいたい受けるんですよね。その受けたということが気に食わんやつが、必ずいる。そいつが何を言うかというと、あいつは嘘つきだ。つまり笑わせるギャグ、面白い話ってのはだいたい嘘ですから」笑いと嘘の相関関係もアレだなぁとか(笑)

 後は落語の話がチラッと出てまして米朝師匠によると笑いの定義はないんじゃないかと…更に関西の観客の目が厳しいとゆー問いに桂すずめ氏は東京の落語家が大阪でやっても殆ど笑わないけど大阪の落語家が東京でやると結構笑いがとれるとか…落語の東西の感覚もまた違うみたいなのかなぁ?落語家なのか?客なのか?芸なのか?間なのか?取り合えず笑っとけとかとか~

 目次参照  目次-文学

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