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2011年1月24日 (月)

かんとりーじぇんとるまん~

白州次郎 占領を背負った男(上下)  北康利  講談社

 うーん、何の本かとゆーと、タイトル通りの本かなぁ?いわゆる一つの偉人伝なんでしょーけど、これは凄いとしかコメントのしよーがないよーな…何が凄いって、生き方でしょーねぇ…近代史は誰にスポットを当てるかでこーニュアンスが違ってくるんですが、本書は白州ファンと吉田ファンの方には強くプッシュしときます(笑)逆にマッカーサーファンとか、ケーディスファンとか、楢橋渡とか…松本蒸冶ファンとかにはちょっとアレかもなぁ…佐藤達夫ファンがいるとしたらちょっとほっこりかもしれないけど…とにかく白州を中心にした白と黒の世界なので、実際はマーブルだったとしてもはっきりくっきりの地デジ対応に近いよな(笑)

 ちなみに白州のマッカーサー評が「とにかくマッカーサーって野郎は、アメリカ国内での人気取りしか考えちゃいないんだから。大統領になりたくってしようがないんだよ。そのたび日本政府は右往左往させられるんだ」ですから…そりゃただ一人言うことをきかなかった男の言だろーと…ある種殺されなかったのが不思議な状況とゆーか…この時代ですから死がいたるところに出てきていて例えば本間雅晴中将は「私はパターンにおける一連の責任を取って殺される。私が知りたいのは、広島や長崎の無辜の市民の死はいったい誰の責任なのか、という事だ。それはマッカーサーなのか、トルーマンなのか」とゆー最後の言葉だったらしい…死あるいは公職追放の嵐の中で日本とゆー国きりもみ状態がせつせつと迫ってくるのは圧巻かもなぁ…

 一説によると「フランシス・F・コッポラ監督の大作映画「地獄の黙示録」は、カーツ大佐という軍人が原住民を支配しているうちに彼らの王となり、本国の指示を無視して独立王国を築いてしまうストーリーとなっている。このカーツ大佐のモデルこそがマッカーサーその人だと言われているのだ。実際彼はしきりに「マイ・ジャパン」という言葉を口にした。まさにマッカーサーは原住民の王を自任していたのである」…うわぁー…

 アリス的には、実は朝井さんと白州正子ってこーサバサバしたとこ似てね?とゆー事はその配偶者の白州次郎ってどんな人とゆー単純な興味から手に取ったら…ブラックホールばりに重かった…いえ、次郎氏はこの時代にあっても軽やかとゆーか、英国紳士とゆーか、八面六臂とゆーか、鬼神あらわるとゆーか、まっすぐに進むぞーのノリなんで、逆に小気味よくってこあい位なんですけど…こーゆー規格外な人も日本にはいたんですねぇ…怖ろしい程の外交手腕…しかも仕事人として「次郎の場合、通常の人事を握るというのとは事情が違う。ふつう、人事を握ろうとする人間の目的は、それをてこに自らの勢力を伸張させようというものだが、彼の場合、仕事を成功させるためには誰が適任かが唯一の基準だった」そーなので…

 後はアリス的にはアリスが法学部出身とゆーとこで、司法のとこかなぁ…もー息がつまるよーなバトルなのでこの辺りは本書をみてくらはいとしか言い様がないよーな…憲法のとこもそーですが「公職追放は超法規的なもので日本の司法権は及ばない」(@ケーディス)とか、「広田が戦争に反対したこと、そして、彼が平和の維持とその後の平和の回復に最善を尽くしたということは、疑う余地がない」(@ベルト・レーリング博士、蘭)とか、もー錯綜じゃけんの世界か…

 ただ、次郎氏に関してはこー先が読めるとゆーのは決して幸せな事ばかりじゃないよねかなぁ?労も多いと…後に通産省を作り辣腕を振るう事になる辺りも、善とか悪とか、割り切れる話じゃないよと…ベストではなくてよりベターなタイトロープ…ある意味こーゆー人こそ時代の寵児とゆーのかも…

 目次参照  目次

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