« さっくりやさしい? | トップページ | 島国の中の島国… »

2011年5月28日 (土)

二流の芸術家が臨床家になるのだ?

思想家 河合隼雄  中沢新一・河合俊雄 編  岩波書店

 さて、何の本かというとタイトル通りの本のよな?いわゆる一つの追悼本になるのかなぁ?その前にカテゴリー分けでちょっと悩みまして、えーと氏の仕事の一つに臨床心理士が入ると思うのですが、そーすると生物か理系?でも、氏の職歴の一つに国際日本文化センター長なんてものもあってそーすると文系?で、これはもー無理に仕分けせずに未分類にしました…とゆー訳で非常にクロスオーバーな本のよなな(笑)

 さてさて、で内容はどーなのだとゆーと、氏自身の論文「アッシジの聖フランチェスコと日本の明恵上人」もあれば、氏を知る人々の論考というか、寄稿文あり、対談あり、更に用語解説までついてます(笑)タイトルが今ひとつ硬いのでとっつきにくい印象を与えますけど、読んでみるとへぇーな本(笑)結構自由度高い話のよーな気がします(笑)

 でもって、本書に出てくる単語というより一文が何かグサっと引っかかる言葉のオンパレード(笑)表題も氏の言葉ですが、例えば「剣術くらい日本人にとって思想なものはない」とか、「変わるのは大変だけど、一緒にやりましょうと言う人がいたら変われます、というのが僕の考えです」とか、「グリム童話を比較すると、日本の昔話ではあきらかに、結婚というハッピー・エンドによって物語の幕が閉じられることはすくない」とか、「日本では、現実/非現実、意識/無意識がときに交錯するから、おとぎの国はたやすくこの世と結合して、昔話はいつしか伝説の領域へ踏み迷うことになるのだ」とか「言わないところが大事なんです。言わないからそこ、こちらは考える。そういう態度が旧帝大にはありました。今は開かれた大学とか言って、シラバスなんか作らされる」とか、「人とのつきあいは、言葉や、あるいはどのくらい顔を見たかということでは必ずしもない。それは現代社会が一番錯覚していることの一つです」とかとか(笑)

 アリス的に関係あるとこは考える姿勢かなぁ?人というものを考えるとなると、これはアリスにも准教授にもいきつくよーな気がするぅ(笑)ミステリ的には、ラカンの盗まれた手紙が出てくる件でしょーかねぇ?これがフロイトの思想の極意をよく表現しているとか?後は月のとこかなぁ?明恵の歌として紹介されているんですが、「心月のすむに無明の雲晴れて解脱の門に松風ぞふく」と「戯れの窓をも月はすすむらんすますともにはくらきよはこそ」とか、心月で分かるよーに日本人てば心の動きは太陽の光より月の光にシンパシーを感じていたと…

 で、本書的に一番凄いと思ったとこは「あとにもさきにも、あいまいを中心主題とした、このような国際会議が開かれるのは、まことに稀なことである」とあって、それに氏は「わしらのやろうとしていることは、このさき何十年かたたんと、理解されんやろな」と答えたらしいんですよね…何とゆーか、仕分けと対極にいる種を蒔く人だったのかも(笑)どの芽が、もといどの目が出るかは(笑)

 執筆者 鷲田清一、赤坂憲男、養老孟司、川戸圓、多田和外、川部哲也、高橋幸治、橋本明広、川原稔久

 目次参照  目次 未分類

|

« さっくりやさしい? | トップページ | 島国の中の島国… »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

未分類」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二流の芸術家が臨床家になるのだ?:

« さっくりやさしい? | トップページ | 島国の中の島国… »