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2011年5月13日 (金)

元祖健康食品?

牛乳と日本人  雪印乳業広報室編  新宿書房

 タイトルが牛乳になっていますけど、実際は乳製品一般かなぁ?えーと、本書は雪印の広報誌に連載されていたエッセイをまとめたものらしい…雪印とゆー名前だけで日本人なら何の会社かすぐ分かるそれで、まさに会社の主幹産業というか歴史を辿ったお話です。ミルクというとこれまた日本人的には明治維新からのイメージが強いけど、実は奈良の昔からあったんですよとゆー(笑)そんな訳で醍醐を知ってらっされば、酥もご存知と思いますから、戦国、江戸の南蛮貿易から、幕末から明治の流入から、北海道開拓と雪印の創業までなる程日本なお話です(笑)

 ちなみに昔から牛はいるにはいたが、牛乳を利用しようとしたのは仏教伝来してからの事だそな…仏教と乳業がセットとは(笑)大伴狭手彦が智聡つれて帰国し、その智聡が医学書164巻持ってきて、その中に牛乳の効能や飼育方法が載っていたと…昔は牛乳(及び乳製品)って薬だったのね…まぁ典薬寮に乳長上とゆー役職があった位ですから(笑)取り合えず牧場もあったみたいですが、何分にも高貴な方々に独占されていたみたいでパンピーは知らない人が多かった…故に、明治になるまで牛乳関係は知る人ぞ知るみたいなノリだったんですねぇ…

 ちなみに酥は牛乳を煮詰めたものらしい、乳腐はチーズみたいなものだったよな?かくして奈良から京へ細々と続いていたのに朝廷の権力が失われていくにつれて牛乳関係もなくなっていく方向に…武士ならば牛より馬なんですよ、奥さん(誰?)まぁでも江戸になって長崎貿易になるとそこからバターとかチーズが入ってきたとな…この場合も日本的な見方は薬だけど…

 アリス的にバターとゆーと、マレーの胡桃パンに准教授がぬっていたよーな?チーズの方もこれまた201号室で准教授が酒のつまみに食べていたよーな?もしかして准教授は乳製品好きなのか(笑)まぁ幼少期は北海道にいたみたいだし、馴染みが違うのかなぁ?アチコチ育ちだけど(笑)

 歴史的に明治維新以後、外国の方々がいっぱいやってくるになったけど、一番に不自由したのが牛乳だそーで、横浜居留地で牛を飼って生産販売とあいなったらしい…文久元年というからまだ江戸なのか?うーん?北海道的というか、日本の農業(酪農?)に多大な貢献をした人物というとかのクラーク博士のよーな気がするけれど、博士は8ヶ月しか日本にはいなかったんですね…貢献度から言ったら同じ米人でもエドウィン・ダンの方が高いんじゃない?の世界らしい…生涯日本にいらっさったし、ただこの方物凄く謙虚な方だったそーな…やはり自己アピールは大切か(笑)北大に洋風畜舎を始めて建てたのもダンらしいのだが、実は報告書ではクラークが設計したとあるとか(←クラークの自己申告/笑)ダン氏ってホントに米人だったのか(笑)

 その他にも豆知識いっぱいで興味深いんですけど、遠浅の件とか雪印創業の秘話も泣かせる話かなぁ?これが後に大阪であーなるなんて、元は薬だった牛乳なのに…ある種意味深ってか…それでも、こーゆー伝統というか文化を残していこうとするところに企業としての姿勢かなぁ?さてさて、本書的に一番へぇーと思わされたところは、幕末の函館の項でしょーか(笑)ライス貿易事務官(米)とゴシケウイッチ領事(露)の対比がオステキ過ぎる(笑)ライスが一人でやってきたのに反してゴシケウイッチは軍艦二隻も率いてやってきたと…更に「ライスは散歩の折に怪我人を見て薬を与えるなど開放的で、日米間の問題解決にもかなり妥協があった。ゴシケウイッチの方は強い姿勢で条約の履行をどこまでも主張して譲らす、函館奉行はさんざん手こずったという」だそな…今も昔もロシアって…

 目次参照  目次 飲物  目次 食物

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