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2011年6月29日 (水)

友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱?

言葉を育てる 米原万里 対談集  米原万里  筑摩書房

 何の本かと問うまでもなく、ロシア語通訳者の対談本なんですが、既に著者は鬼籍の人なので今更感があるかもですけど、この色褪せ感のなさというか、ホットさってこの著者ならではだなぁと(笑)今読んでも何か凄いっす、マジで(笑)

 本人の率直で豪快な人柄もまぁ魅力なんでしょーが、こちらの本はタイトルにあるよーに言葉がメイン、まず言葉ありきなんですよね(笑)異文化間コミュニーションとは何ぞやかなぁ?言葉の違いと文化の違いと全てひっくるめてすり合わせていく作業というか、違うと同じに対するスタンスがもう剣豪のノリなんだろーなぁと…しかも自分の話ではなく他人の黒子…あってなきものってゆー感覚もまた常人には想像の範囲外のよな?ディープな世界です…

 言葉のスタンスが文系かもなぁと思いましてんかも?理系だと最低限通じりゃいーとゆー事で端的な英語で十分みたいな話もありますが、通訳となると物語性が幅を利かせてくるんですね(笑)分かりやすさと面白さみたいなノリといおーか?同じ単語ばかり使うと教養がないと判定されてしまうとか?固有名詞さえなるべく置き換えるとなると日本語的にはなんじゃそらになるわなぁとか(笑)ちなみに英語の通訳は性格がいい人が多くて、フランス語の通訳は派手な人が多くて、ロシア語の通訳はすぐ請求書をよこす人が多いのだとか(笑)イタリア語の通訳は派手でミニスカ網タイツありらしい…お嬢様タイプも多いそな…でもって一般に通訳は女が多く、嘘つきが多く、厚顔無恥でないとやってられない商売だとか(笑)いえ、マジで男の人少ないみたいです…

 アリス的には小説とか作文とかに言及されているとこかなぁ?小説とは漢語で稗史小説の事で、民衆の中の噂話の事なんだとか…文学系だと売れる小説は芸術性が低いと排除されてしまうとか…日本の私小説はAVの基準と同じに裸になるかならないかだけとか…最近は推理小説のパターンに文学的な要素を組み込んでくる事が多くなってきたとか…辺りかなぁ?

 准教授で学者関係のとこは、学者の書くものっていうのは大学という特殊な環境でしか共用している言葉を使用している人にしか通じないとか…日本の学者は学者ではない、なぜなら「詃博だが、知識が羅列になっている。学者の仕事は知識を自分なりに整理して、いまの世の中における混乱の原因を突き止めることだが、羅列ではさらに混乱するだけだ」(@ヴィハンスキーモスクワ大学経済学部長/当時)とか…秀才の定義は飛べない人間だとか…学者は実は英語も分かっていない、分かったフリをしているとか…

 なんとゆーか、ある意味文句の嵐なんだけど著者が率直なので後味が悪くならないとこが人徳なのか(笑)だって「差別する人って嫌ね。差別とか、美醜であからさまに女を差別する男とか、身分差別とか、家柄鼻にかけるヤツとか、学歴編重もその一つだけど、人間として魅力に欠けるヤツほど、そういう非本質的なところで他人を差別するんだよね」ときたもんだ(笑)物事は英語の出来る出来ないではないとして、独自性があっても多言語に変換した時に捨て去る部分にこそ文化なんだとか…もろもろのことができない子もできないことが個性であり、どうできないかが個性となるとか…わりとロシアって才能のある人には手放しでプッシュしてくれる文化みたいでロシアから亡命したロストロボーウィチは後に銃殺されてもいいからロシアに帰りたいともらしていたとか、理由は西側ではまわりの人が才能のある人の足をひっぱるからだったとか…

 不思議なのが語学にたけている人ほど万人が喋れなくてもいいみたいなニュアンスの事を言うんですよね…人には向き不向きがあるからプロに任せろって事なのか(笑)でもまぁ本書的に一番笑えたのは議場の名議長とはインド人を黙らせ、日本人に喋らせる事が出来た人の事なんだとか(笑)

 対談者は、小森陽一、林真理子、児玉清、西木正明、神津十月、養老孟司、多田富雄、辻元清美、星野博美、田丸公美子、糸井重里

 目次参照  目次 文系

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