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2011年7月31日 (日)

巴里においでませ(笑)

パリの日本人  鹿島茂  新潮社

 何の本かというと、タイトル通りの本なのですが、今時パリの日本人など珍しくもない訳で、となると、わざわざタイトルになるパリの日本人達は誰かというと、幕末から戦前(位?)までの日本人という事になるよな?とゆー訳で、対象になっている日本人は、西園寺公望、成島柳北、原敬、林忠正、東久邇宮稔彦、稲畑勝太郎、松尾邦之助、石黒敬七、獅子文六、中平・武林・宮田文子、諏訪秀三郎といった面々…この名前だけで、ああと思う人もいらっさるかも(笑)何とゆーか、ほぼ飛行機(旅客機?)のない時代ですから、皆様船で(もしくはシベリア鉄道)いらっさった人達ばかり…そして渡航費用も今とは全然違って一般の人はまずいけない時代だったのでごさります…でもって、本書の特徴は普通にパリの日本人となれば、芸術家の都とゆー感じで、藤田とかの画家系が多い(後文士の方の旅行記?)んだけど、こちらはもっと散文的な方々かなぁ?文化としてのパリというより、生活としてのパリといったとこが今までのパリ観と違うとこかも?

 例えば西園寺が10年もパリに留学(遊学?)していたとは知らなかったし、所謂宮様達の豪遊渡欧もWWⅠ以降の話らしい(確かに初期の明治政府は赤貧だった/笑)また、日本に影響を与えたというのは当たり前としてもフランスにも影響を与えた人物として、画商(古美術商?)の林忠正とか、翻訳者(ジャーナリスト?コラムニスト?)の松尾邦之助とかにもっと焦点を当ててもいーのかも?こちらの二人はこの時代に日本をフランスに紹介した(そして仏でも受け入れられた)人達なんである…まぁ絵とかも浮世絵とかで所謂江戸時代的なものだけがジャポニズムと思っていたら、そんなこたねぇーよと1000年分位どわーと出されたらそれは幾ら仏人でも驚くだろう(笑)文化といえば、江戸時代は芸術系の職人を諸大名が保護していたのでそれなりの技術をキープしていたのだが、明治になって保護者がいなくなると途端に技術が落ちたらしい…この辺りの文化財の保護や育成も問題になっていたりする…よーはジャポニズムをキープするにはそれなりに日本側も今で言う改善改善の精進道を邁進するしかないんですねぇ…

 アリス的にパリというのはともかく、小説的なとこでいくと山田風太郎の巴里に雪がふるごとくという推理小説が成島柳北のとこで出てるとことか、京都の親仏系とゆーとこで稲畑勝太郎のとこかなぁ?化学というか、染色を日本に持ち帰ったパンピーの奨学金留学生の代表みたいな人なんですが(笑)後は、アリス的というよりミステリ的登場人物に最適ではないかと思われる中平・武林・宮田文子とか…何でこんなに名字が並ぶかというと金目当てに夫をどんどん変えているから…この方の半生、目次では妖婦と紹介されていますが、悪女そのものかも?ある意味俗に忠実に生きた人ってか?

 作家的なというと獅子文六のとこだと思うんですが、当時山手作家として一世を風靡した人らしいんだけど、今でいうと草食男子の代表みたいな人かなぁ?よーするに「日本を背負って立つという気負いがない、大言壮語がない、自己陶酔がない、蛮カラがない、過度の名誉欲がない、自己中心的な正義感がない」し、「羞恥心がある、客観性がある、ユーモアがある、健全な倫理観がある、穏当な社会常識がある、下劣なものへの嫌悪感がある、高尚なものへのテレがある、西洋的教養がある」だそーで、明治期の日本男児に対して大正期の山手青年は生き辛かったみたいです…これって今の団塊の世代対草食男子の図と似てる気がするのは気のせい?

 本書的にへぇーと思ったのはまずは石黒敬七のとこで一応フランスに柔道を広める為に渡仏したはずなんですが、パリでの彼は蒐集人というか遊び人というか、接待家?所謂あっち系…それは現代も続いている伝統芸能(?)かもなのですが(笑)「さる有名な商社の駐在員から聞いた話。その商社には、歴代の駐在員への申し送り事項があり、パリ支店の一員である以上どうしても避けては通れないのだという。なんのことかというと、国会の会期終了と同時に日本から大挙して「視察」にやってくる与野党の先生方をメゾン・クローズにご案内して、パリの「ナイト・ライフ」を満喫していただくとなる重大な任務である。費用は商社がいったん立て替えておいて、後で大使館の機密費から落としてもらう」なるほど機密費が仕分け対象にならない訳だ(笑)ついでにどっかの国の官房長官が機密費の内訳を公表しないのも分かるってか(笑)ちなみに、元は大使館の書記官の仕事だったけど、戦後経済回復したら「視察」にくる先生方が物凄く増えたので商社の仕事になったとか…「商社や大使館で「先生のアテンド」といえば、それは即、メゾン・クローズへのご案内を意味する」あははは…

 で、もー一人は東久邇宮稔彦の章…ちなみに東久邇宮の仏留学期間は七年とゆー比較的長期…しかも単身赴任で、国から大正天皇危篤による帰国命令すらかっ飛ばした人物…現地妻が居たにしても、大正天皇の逆鱗に触れようとパリ生活の自由が良かったらしい…まぁ帰国すれば「明治天皇の婿として堅苦しい皇族生活という暗雲が垂れ込めていたのである」となれば、そんなもん?さて、東久邇宮となればお付き合いもそれなりにセレブという事で一つは天皇の名代でルーマニアを訪問した時のエピソード、「王室のある女性で、なかなか勢力のあった方が、私にはバカに親切にしてくれました」とかあって、「これなど、案外、ソヴィエトの仕掛けたハニートラップだったかもしれない。もし引っ掛かっていたら、宮様がソヴィエトのスパイに仕立てられていた可能性もあるのだ」とか…戦前の昔から金のCIA、女のKBGって本当だったのねぇと感心していると(笑)

 もー一つは、クレマンソー元首相の言葉、日米関係について「こういうことを言っていいかどうかわからぬが、アメリカが太平洋で発展するためには、日本はじゃまなんだ。太平洋や中国大陸で、アメリカが発展するために、日本の勢力を取り除かなければならぬのは当たり前だ。フランスに来ているアメリカの軍部の高官連中は、みんなこういっている。(中略)アメリカはまず外交で、日本を苦しめてゆくだろう。日本は外交がへたたから、アメリカにギュウギュウいわされるにちがいない。その上日本人は短気だから、きっとけんかを買うだろう。つまり、日本の方から戦争をしかけるように外交を持ってゆく。そこで日本が短気を起こして戦争に訴えたら、日本は必ず負ける。アメリカの兵隊は強い。軍需品の生産は日本と比較にならないほど大きいのだから、戦争をしたら日本が負けるのは当たり前だ。それだからどんなことがあっても、日本はがまんして戦争してはいけない」けだし、名言というか、予言でんな(笑)ちなみにこれを受けて帰国してから東久邇宮は軍部や東条に提言するけど、一笑にふされているらしい…まぁこれもその時歴史が動いたでしょーねぇ…

 目次参照  目次 国外

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