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2011年9月 3日 (土)

にんげんのしょうめい?

ヨーロッパ人  ルイジ・バルジーニ  みすず書房

 原題が「The Impossible Europeans」でして、マジでとってもいんぽっしぶるぅ(笑)いえ、文は平易に書かれていて大変読みやすいのですが、ターゲットが凄かった(笑)と、その前に実は本書は1983年に出版された本らしく、日本でも1986年に出て実は21世紀になっても再版されているとゆーある意味息の長い本になるのか?著者はイタリア人であり、ジャーナリストから政治家になり、後にライターになったお方…生まれが1908年で没年が1984年というから本書は多分遺作になるのか?ある種生きた20世紀激動の欧州本ですね、著者ご本人がヒットラーに会った事もあり、WWⅡに反ファッシズムのかどで獄中にとゆー、著者そのものが生半可な人生じゃねぇーとゆー…これは歴史の証言か?

 まず、本書を一言で表すとしたら、まさに中の人の素朴な告白とゆー感じかなぁ?その当時のヨーロッパの雰囲気というか、内幕を如実にあらわしている感じかも?そして、著者自身がジャーナリスト上がりだったからかもしれないけど、政治家や文化人、財界人の一部のヨーロッパ人だけでなく、庶民の意識も書かれているとこでしょねぇ?20世紀の暗中模索感というか、断絶感というか、はたまたイメージ感がその人の立場立場で違っていたのがよく分かるとゆー(笑)掲載されているのは、ヨーロッパ人全体なんですが、目次的に見ると、理解しにくいヨーロッパ人、動じないイギリス人、変幻自在のドイツ人、口論好きなフランス人、柔軟なイタリア人、用心深いオランダ人、戸惑わせるアメリカ人でして、この目次だけで何となく本書を理解していただけるのではなかろーか(笑)

 今の対外的なイメージと重なるとこもあり、また違うとこもありで当時のイタリア人(欧州人)は他国人をこー見ていたのか?と目から鱗が落ちるよな?例えば英人に対してはイギリス人かっけーとゆー目線だったらしい…さすが大英帝国英国紳士を売り込むのに手は抜かないってか(笑)戦前まではその路線で進んでいったのに、英人も俺らと同じ普通の人なんだとゆーのに傾いたのが戦後の話だったらしい(英国病半端ねぇとゆー事でしょか?)、更に独人に対してはいわゆる素朴で自由で堅気な人々とゆーノリ?欧州の知を保管し、思索家もたくさん出したが兵はたいした事はないはずだったのに、1870年から突如強力な軍隊を前面に出してくる事になる訳で、これがWWⅡまで続くと…あの純朴なドイツ人はどこいっちまっただぁーと叫びたい位突如の事だったらしい…そして、戦後独人は郷愁の古き良きドイツを演出し、また米の復興と協調路線に進んで行ったと…さて、仏人は何とゆーか中国人に似ているといったら双方の国民から怒られそーだけど、あの中華思想のフランス版を信じている人達なんですねぇ…まさに文句があるならベルサイユへいらっしゃいと…ヨーロッパの中心も、世界の中心もフランスにあると自負していらっさると…国内で言ってる分にはまた言ってらぁーで済む話ですが、それを対外的にも要求するとなると(笑)そーして国民をまとめなくてはならなかったドゴールの機知なのか、諦観なのか?ある種仮想敵国にされたアメリカ的にはとんだとばっちりなんだろか?

 アリス的にヨーロッパ人とゆーと、イギリス人のウルフ先生と、スウェーデン人のヴェロニカさん達になっていくんですが、うーん、本書のヨーロッパ人の中には北欧は一国も紹介されいないんですよね、それを言うとスペイン、ポルトガル、ギリシャといったラテン系やら、スイス、リヒテンシュタインといったアルプス圏もなく、オーストリア、ハンガリーといったかつてのハプスブルク圏もなく、東欧は勿論、今も大騒ぎのバルカン半島もないとゆー(笑)欧州人がヨーロッパを想起する時って英独仏と蘭と伊となるのが普通なのか?更に本書でええぇーと思ったのはヨーロッパ人とゆータイトルでありながら、アメリカ人の項があるとゆー…アメリカも欧州なのか?

 実際に書かれた当時は、まだベルリンの壁が崩壊以前であり、ECも西側で細々と続けていたよーな時期…対ソ的な問題や、ドイツの統合、更にフランスの反米スタンスや、ベルギーの曖昧さというよりあやふやさか?と問題山積みでんねんの世界観がヒシヒシと…詰まるところそれは欧州は生き延びる事が出来るのか?に尽きるよな?また、母国イタリアに対しても選択の余地のない政治問題が露呈しているよな…危うさからいったら、伊もまたハムレット的でんねんって、どーよ(笑)ただ、本書はこれだけ八方塞でありながらも、絶望感はないんですね…この辺りが著者が伊人であるところかもしれないけど、でもオランダのとこで「オランダの平和運動家たちの話から判断すると、彼らは自分たちの運動と関連する本当の問題を直視していないことが明白である。彼らは、ヨーロッパの政府、アメリカの国務省、アメリカの国防総省、西ヨーロッパの世論、そしてアメリカ大統領を明らかに悩ませることができる。彼らは、おそらくそうすることで、アメリカの政策を修正したり、弱めたりすることができるかもしれない。しかし、彼らがクレムリンを動かす影響力を持つかとなると、彼らはまったく無力である。彼らは、ソ連では政治的自由も世論も存在しない、という事実を考慮にいれていない(または忘れようと努めている)。政治的自由や世論なしに政策を変更させるのは不可能である」とある辺りを、おじーちゃんの本音と見るか、苦言と見るか?それとも妄言とみるのか?さてさてヨーロッパの明日はどっちだ(笑)

 目次参照  目次 国外

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