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2011年12月31日 (土)

簡素・単純・静閑・純粋…

ニッポン  ブルーノ・タウト  講談社

 副題にヨーロッパ人の眼で見たとあるんですが、本書はエッセイに入るのか?それとも日本印象記になるのか?今更ですが、著書は世界的建築家、そのタウトが1933-6年に日本に滞在したそーで、その時の紀行記みたいなノリも多分にあるかなぁ?それもナチから逃れて米国へのはずが何故か日本へ(笑)プチ招待されていたとはいえ、命からがらはるばる来たぜ、敦賀ぁーでしょか(笑)敦賀港から話は始まるんですねぇ…まぁ何とゆーか、その道の世界的権威のはずなのに、序章の初っ端から「日本!それはヨーロッパ並びにヨーロッパ文明の支配する世界にとって日出ずる国である。さまざまな夢、奇蹟への期待、芸術文化と人間文化との連想がこの国に結びつけられている」と何かもー雄叫び系(笑)全体的に淡々とした描写なんですけど、時々子供みたいにキャーとゆー合いの手が入っている感じかなぁ?君よ知るや南の国とゲーテがうっとり言ったとするならば、こちらは君よ知るや東の国かなぁ(笑)

 何とゆーか、日本の建築が素晴らしいと手放しで褒めているとこが凄いです…特に桂離宮と伊勢神宮はまさに魂消た体験だったらしい(そして日光東照宮が嫌いと/笑)芸術家タイプらしく好き嫌いがはっきりしている人だったのかもしれないなぁとか?で、その前に日本絶賛で日本人としては気恥ずかしくなる位…西洋人半端ねぇとゆーか、ドイツ人でこれなら、噂のイタリア人だとどんだけになるのだろーとあらぬ疑問が(笑)

 取り合えず例としては「日本は、多数の現代芸術家にとってなお今日も相変わらず憧憬の的であり、しかも日本文化を解剖することによって、ますますその思慕の念は強められるのである」とか、伊勢神宮に対しては「日本が世界に贈った総てのものの源泉、日本のまったく独自な文化の鍵、全世界の賛歌措く能わざる、完全な形式を備えた日本の根源、-外宮、内宮、荒祭宮の諸宮を有する伊勢こそこれらの一切である」とか、ちなみに伊勢神宮をギリシャのアクロポリスになぞらえていてしかも「ことに外宮はアクロポリスの如き廃墟ではない」って言い切ってるし…交通機関についても「その快速にして操作巧妙なる鉄道によって知られている」って…日本の鉄道って戦前からそーだったのかぁ(笑)服装についても着物が素晴らしスは分かるが「数千年の歴史を有する日本は、ここにおいて、後進島国たるイギリスに対して、自主的立場を示さなければならない」って…天下の大英帝国にいーんですかぁー?

 アリス的に建築家…ドイツ人…どちらもアレですけど、著者が激賞した桂離宮とか伊勢神宮はアリスの守備範囲というか、地元ですか(笑)取り合えず、本書は欧州人の目から見た日本なのですが、細かいとこまでよく見てるというか、好き嫌いもよく出ているというか?どーも欧米人にしては著者はすっきりしたものがお好きで、デコラティブなものが苦手らしいよな?さすがバウハウスの国ドイツなのか?そんな訳で東照宮は嫌いだし、都市景観(駅前?)なんかも東京も横浜も神戸もあかんとし、更に小田原、沼津、鎌倉にも駄目だししているし…本当日本全国歩いたんだなぁと感心してしまうが、日本語に対しても「それはウラジオストックで聞いた中国語の発音のような英語風の喉頭音はまったく含まれておらず、専ら有声音にアクセントが付いているのである」と言い、更に「中国人は全然打ち解けたところがなく、どんな下級の苦力でも外界のことはまったく無関心でいるように見えた。これに反して日本人は外見上はすこぶる控え目であるにもかかわらず、開放的で活発で弾力性がある」とな…この観察眼はとどまるところを知らずなんと日本の田畑までに及んでいたりして「田畑さえ一本の雑草をも見ないということは、まったく驚嘆すべきことなのである」って…海外では雑草当たり前だったのだろーか?

 そんな訳で本職の建築になればそれはもー狂喜乱舞なノリになるのもこれまた当たり前なのか(笑)障子と襖に驚き、開けてみれば庭も絵となるのかぁーと驚き、修学院の塗り壁の赤い色に「わたしは未だかつて他のどこにもかくの如きものを見出したことがない」と言いきり、床の間に感動しそれをイギリスの壁付暖炉と比較し、庭に驚き、これまた英国庭園を引き合いにだしたあげくに、これらの離宮は「まさに世界に比肩し得るもののない、唯一無二の趣味文化たるべき刻印が押されてあった」って…

 比較対象に欧米の諸々が出てくるのは著者的には自然だと思うのですが、それにしてもタウト先生、アメリカそんなに嫌いなのか?一つ一つが凄すぎる(笑)蹴鞠を絶賛した後に「アメリカではスポーツは残忍な古代ローマの剣戟遊戯に、あらゆる悪現象と共に嗜虐的群集本能を爆発させるようになってしまった」とか「アメリカ式スポーツの下劣な影響を思うと大いに考えさせられる」とか…人ごみも「大阪の盛り場の雑踏の中でさえ、アメリカ式の馬鹿さわぎとは反対な伝統的な音楽を聞かせていれば人だかりするのを見ればはっきりわかる」とか、洋装についても「パーム・ビーチやハリウッドなどよりは、むしろパリとヴィーンに範を採った方がよい」と薦めて下さるし…アメリカ人はシカゴ、デトロイド、ニューヨーク等の摩天楼を誇りとしているけど、そりゃもー古いとか、「もはや近代的ならざるアメリカに仰ぐということほど遺憾なことはない」って…ちなみにライトの帝国ホテルにもガックリきている模様(笑)氏にはエセ寺院に見えたよーです…「庭園の場合と同様、現代の建築家に重要な拠点を与えているので、その昔中国から借り来ったほどには、アメリカの助けを借りる必要はないのである」とな…中国もアメリカも関係なく純日本的伝統でオッケーって(笑)

 さて、今年は春にあの大災害がありましたので、本書の中では関東大震災後の日本について著者は「震災後の業績は賛嘆されなけばならない」と言われ、「東京が十年後の今日かくも優秀な道路を有し、既に地震の影響はもはや直接には認められないまでに復興していることは、日本の実行力と統制力との絶賛に値すべき業績である」と断言なさっておられます。

 また、本書の終わりに対して多分にそれは文化的なものが対象だとは思うのですが、「私はまた、日本が日本自身の運命を決するような大問題を、いつかは必ず解決するであろうことを信じて疑わない」と言いきり、ラストの一文が「かくして日本はまた世界に新しい大きな富を齎すであろうと信ずるのである」とあるのですよ。力強いエールは昔から今に繋がって更に次に進むんですねぇ~やはりここは有難うタウト先生なんだろなぁ。

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