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2011年12月15日 (木)

ハーヴェストとマン?

歴史の教訓  A.J.トインビー  岩波書店

 何の本かというと日本での講演録をまとめたものかなぁ?まぁ知らない人はいないと思われるイギリスの歴史学者のトインビー博士ですが、1956年10-11月に来日なさったそーで、その時に研究旅行の合間に全国で講演していたとか…今にして思うとWWⅡから十年位だから、どんなもんだったのか?新幹線がまだない日本で移動…東名もまだの気がするけど、移動はどーしたんだろぉ?さぞかし大変だったのでは?と推測するけど?国賓扱いでリムジン連ねて全然平気でしたとかゆーオチだとかはアリなのか?うーん、戦後は遠くなりにけり…

 さて、そんな昔々のお話なのですが、今読んでも何つーか身につまされる話かなぁ?時にそれはギリシャ・ローマだったり、時に未来だったりするんだけど、それが当時にもそして、21世紀にも通用する話だったりするんですよね…さすがトインビーせんせーと言うべきか?普遍は色褪せないんでございますよん(笑)まぁ、トーシロが何言っても嘘臭いので、いつものよーに目次に逃げると、
 歴史の教訓について、歴史家の見た現代世界情勢、世界史における日本、歴史における自由と法則、異文化間の邂逅接触、同時代史の研究、原子力時代におけるデモクラシー、人類解放の諸問題、精神的課題としてのイデオロギー戦争
 なんですが、まさに、どーよというラインナップ(笑)

 元ネタが講演録なので一つ一つの章が短めだし、口語体が元になっているので当時の文としては格段に分かり易い表現だと思う。何とゆーかフラットであれとするセンセーの態度は脱帽ものですが、それでも根っこは大英帝国の人だものがチラついているところも人間だものなんだろなぁ?いえ、当時のぴかぴかのコスモポリタンだったのが前面に出ていますが(笑)何と言ってもホームズが活躍していた頃に生まれ、WWⅠとWWⅡを公務員として経験してきた方ですから、本当に激動の歴史の生き証人なんですよねぇ…

 アリス的にイギリスというと、英国庭園のとこと毎度おなじみのウルフ先生でしょーか(笑)歴史学とは社会学と似ているところがあるするならば、准教授も絡んでくるんでしょかねぇ?さて、その歴史学ですがまず最初にトインビー先生は「歴史は、われわれの未来を予測したり、予言したりすることを、われわれに教えるものではないということである」と言い切っていらっさったりして…トインビー先生容赦ない(笑)じゃあ、どーなのとゆーと「全人類が歴史から学びとった一つのはっきりした教訓は、一人の人間が他の人間を奴隷にし、それを商品や財産であるかのように所有することがいいことではないということである」だそな…で、も一つが戦争問題だと「戦争について歴史があたえる教訓の一つは、過去において文明の多くが衰亡したのは、それら諸文明の進行過程において、古代の戦争のやり方が、すでにそれらの諸文明の歴史過程において、手におえぬもの、力にあまるものになってしまったからであったということである」とな…でもって「物質的なものの損害は比較的修復しやすいのに反して、戦争による精神的なものの損害こそ本当に重大な結果であるということだ」時代背景を思うだけで身につまされる気がするのは気のせいか…

 もう一つ戦争的な話題で原子力について語るとこも多しかなぁ?本書での原子力は原発の事ではなく、兵器としての核ですが…それが「私たちの世界において、画一化的統制のねじをさらに締めつけていくことは、人間がその価値、宝をもう一度宗教にゆだねるという結果になるのではないかとも考えられる。画一化的に統制された原子力時代においては、宗教こそ人間にとって自由を求めるための偉大なる機会となるかもしれぬ」現代のテロを思うと非常に意味深よな…

 更に付随してでいいのか難民問題のとこでも「今日、世界中には国を追われた不幸な人びとが何百万人にものぼっている。自分自身の国から放逐されるという経験は、多くの場合、人の心を打ちくだき、また憎しみをいだかせるものである。しかし、例外的に、その経緯に耐えていける少数のものにとっては、それは非常に創造的な経験でもありうる。そういう少数のものには、人生の精神的ならびに知的な面で偉大な仕事を成し遂げる機会があたえられるのである。トゥキュディデスやポリュビオスやヨセフォスやクラレンドンは、みな、その例である」うわぁー…

 淡々と進んでいく講義(講演)ですが、このオチと言っていいのか「時事問題の場合は、このことはごく明白である。しかし、私の考えでは、どの時代のどの歴史をあつかう場合でも、感情をまじえず、偏見をもたないということは歴史家にとってつねに不可能なことだと思う」って、それは身も蓋もないよーな(笑)もっとすげぇーのが「自叙伝というものは、政治家によって書かれた場合は、政治上の弁明書であることがきわめて多い」って、それは身も蓋も…更に公文書という書類の山だって「最も重要なことは直接の関係者の全部にとってわかり切ったことであり、あたりまえのことになっているために、だれもが知っていることをさらにいい出すほどの価値もないと思われているからだと思う」故に肝心な事が記載されていないとな(笑)でもってトップの資質というもので失敗した、もしくは上手く運営できなかった人というのは「野蛮人どもとつきあう努力をしなければならないのが、苦しくて耐えられなかったのである。ここで私が野蛮人どもといったのは、上院議員や新聞記者たちをさしたのである」…戦前の昔からメディアってそんなもんだったのか(笑)

 用語的には時代を感じさせてくれるとこも多いんですが(例えば土人という単語は今では差別用語か放送禁止用語ではなかろーか?)ついでに日本の歴史についてはいかにも大英帝国からいらしたんですね感漂っているけれど、全体的に至言の嵐かなぁ…再読しても読み取れないとこたくさんあるんだろーなぁと、ちょっと遠い目をしてしまいそーですが、最後に本書的に一番ほほほほほぉーと思わされたとことゆーと「今日の世界において、われわれがなによりも修得しなければならない美徳は、まず寛容であり、つぎに忍耐であると、私は言いたい」でして、この寛容というのは「われわれが私的生活において我慢しなければならないのと同じように、われわれが、その行状に対して強く反対し、非難し、そしてその意図を危ぶむような隣人について、公共生活においても、我慢しなければならないということである」とな、「寛容の精神をいまや、われわれは公共生活ないし世界政治においてもまもらなければならないのである」そなもし…うーん、日本列島持ち上げるにはどれだけ飛行石が必要なんだろーと数えている場合ではないとゆー事か(笑)

 目次参照  目次 文系

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