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2011年12月19日 (月)

きれいはきたない、きたないはきれい…

醜の歴史  ウンベルト・エーコ  東洋書林

 エーコ第二弾になるのでしょーか?前回が美ならば今回は醜であると…さすがエーコ、テーマに曇りがありません(笑)まぁ、美ならそれこそ千差万別の本が出ているんですけど、醜となると、こー真正面から大見得きって、どーだってのはまずないよーな?需要的にも美については知りたいと思っても醜について知りたいって、それはどんなマニアック(笑)ただ、美と醜はその時代時代、また人々の思考によってそれぞれに分かち難い概念であるとゆー事らしい…ある時は真逆であったり、表裏一体であったり、もしくは同一であったり、まぁいろいろあらーなと(笑)

 そんな一例が「すべての夫が自分の妻を見て美しいと思うわけではないとしても、少なくとも婚約中の男は婚約者の女性を美しいと、いやむしろ彼女だけを美しいと感じる、ということが起こる。このような美に対する主観的な趣味は何ら一定の法則がないとしても、両者にとってそれは幸運というべきであろう」(ヘーゲル/「美学」)でしょーか(笑)まぁ今時だと逆もまた真なりかも?それはともかく、言語的に見ると美とは私欲を離れた評価的反応に対して、醜とは常に不快の反応を示しているそーな…

 また、「焼き網なんか必要ない。地獄とは他人のことさ」(サルトル/「出口なし」)とか…そして本書で一番衝撃的なところは、魔女狩りのところかもなぁ?特に女性視点ではそー映るかも?とゆーのも魔女裁判で一番の重刑が火あぶりの刑になる訳ですが、「ほとんどの場合、火刑の犠牲者の多くが魔女であるとの告発を受けたのは、醜女だったからということだ」…、で、この理由がこれまた凄い…よく内面の美しさは全体に表れるみたいな表現をするけどこれはその逆「内面の醜さを暴露するような胡散臭い特徴を常に身に刻印されているというのだ」…うわぁぁぁぁーっ

 アリス的には、ドイルの引用とダリの絵かなぁ?本書は何とゆーか?本文よりその引用文献とか、参照絵画とかの量が膨大でして、ある意味脚注を読めというか?楽しむ本?この縦横無尽の参考資料を全て知っていたら、そりゃスゲェの世界…アリスの雑学データベースならフォローしているのかなぁ(笑)

 ドイルは怪物の項のところで「失われた世界」の一節が引用されています。怪物とは身の毛のよだつものである、と…でダリの方は、四つの絵がこちらはあちこちの章に分散しているのですがありまして、「聖アントニウスの誘惑」「円錐形のアナモルフォーゼの差し迫った出現を前にしたガラとミレーの晩鐘」「茹でた豆による柔軟性のある人体、内乱への予感」「晩鐘の隔世遺伝」…ご存知の方はははぁと分かって下さるかも?

 それにしても物事の定義の振り子は半端ねぇーとゆーのが、憐れなトーシロの行き着くところかなぁ?分かったっと膝をたたけないとこが情けなか…

 目次参照  目次 文化・芸術

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