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2012年3月 1日 (木)

1964年当時、西欧人にとって日本車は依然として安い日本製のガラクタでしかなかったのだから(笑)

日本合わせ鑑の贈り物  トマス・フィッツシモンズ  岩波書店

 どーゆー本かというと、米人詩人(大学教授)によるエッセイかなぁ?半生記でもあるし、旅行記でもあるし、文化論でもあるし、文学論でもあるのかなぁ?いたって俗物なので、詩とは何ぞや?と言われても何もなくて…あるとしたら、友よ詩人のつとめは夢を解きあかし書き記す事とあったのはニュルンベルクのマイスタージンガーだったかなぁとこれまた薄らと記憶している位で、現代詩、それも米となると、これまたロバート・フロスト位しか咄嗟に思いつきません…なトーシロが読んでいいのか?なエッセイなんですけど、うーん、日本に何度も滞在してくれて、更に日本の現代詩を米国に紹介してくれて、更に出版まですすめてくれたとゆー、日本の詩界には恩人と言っていい位の方らしいのですが、本書の読後の感想は米人の書いた文章だなぁ…でして、これが米の詩歌の一線級なのか…本書にもご本人の詩や連詩なんかも掲載されているんですが、私的にはごめんなさいをするしかないよーな?詩的マインドが皆無らしくって何一つピンとこないんですよ…

 とはいえ、そんなちんぷんかんぷんなトーシロでも最後まで読み切った位、平易な文章で著者の率直な胸の内はよく分かる気にはさせられるよな…よーは共感できるか?できないか?なんだろなぁ…

 実際、著者が日本に初めて来たのが1962年の事で、それは一体いつなのか?と東京五輪より前って、21世紀の今の感覚からしたら先カンブリア紀の話位古い気がしないでもないんですが、その頃から日本と外国(人?米人?)の感覚もそんなに変わっていないよな(笑)「「ある種の西洋人は」と日本の友人が私に言った。「日本人が西洋人よりも自然を尊重すると考えている。ところが事実はそう簡単じゃない。もっと複雑だ。すると彼らはがっかりして僕たち日本人にひどく手厳しくなるんだ」」とな(笑)今でもよくある話じゃないかぁ(笑)でもって「「日本人は未加工が自然との調和だなんて考えたりしない。そんな考えは実に馬鹿げていると考えているのさ」」里山の国だものですか(笑)

 アリス的に詩歌…詩人…どっちもどーだろ?ミステリ作家の対極にいる気がしないでもないが?でも、江神さんなんかはそっちに近いのかなぁ?そーいやルバイヤードとか出ていたよな?准教授には個人的には似合いそーだけど似合いすぎて引きそーか?私的になんですけど、現代詩って私小説に似ている気がして…そーすっとネタには困らない准教授の思わせぶりな半生だからなぁ(笑)

 他にアリス的なとこというとアリスの不思議の国という表現が何回か出てくるとこかなぁ?著者のスタンスの表明に近いと思うけど「もちろん、リチャード・ニクソンが大統領に選出されたことだった。奇怪な筋道で事態は進行した。私は私の周りに生長してきた「アリスの不思議な国」に頭を切り換えなくてはならなくなり」とか、「そこは、品物や理念や「国家政策」のセールスマンたちによって、説き伏せ技術、「大ウソ」技術がどんどん洗練されるにつれ、ますますアリスの不思議な国的サカサマ世界、ウラガエシ世界に変貌していたのである」とかね(笑)

 更にアリス的なとこというとシュルレアリスムが出てきて「「真理」と野心と飽くなき野望に奉仕するうちに狂気に陥ってしまった合理主義に包囲されたヨーロッパのシュールレアリストたちは、やがて、先輩の象徴主義たちによって作られたトンネルの入り口をもっと押し広げてゆくのである」とか、「「真理」や「ドグマ」のレヴェルまで引き上げられた魔力を持つ政治論理によってバラバラにされかかった時、シュールレアリスムは想像力をそのような子供じみた幼稚な白昼夢のレヴェルにおいて利用することに対して反撃した」そな…

 さて、著者の楽しい日本体験というと「私は手を挙げ、後を振り返らずに歩き続ける。以前から何度なく付き合わされたことがある変哲もない質問の流れを避けたいがためである「お国はどちらですか?日本はお好きですか?私の英語の勉強を手伝ってくれませんか?」うん、知らない人に話しかけられたくないよね(笑)この話と対に著者がデパ地下でインスタントコーヒーを購入しようとしたシーンの話を読み比べる事を個人的には薦めるなぁ(笑)何とゆーか、英語が通じない相手に本人的には簡単な単語だからとひたすら発音に注意して会話を続けるのが、しみじみと米人だよなぁと…カフェイン抜きで、デカフェインの発音がどんなによくても、片言のカフェインと無いを口にした方が通じるだろうに、著者は日本に赴任してきたにも関わらず日常に英和辞典すら持たずに、英語で通そうとしてらっさるんですよ(笑)さすが、詩人、母国語しか話しませんなのか(笑)

 も一つ外人的体験としては、子供との対面「小さな子供が私を見つけ、信じられない物を見たかのように眼を見開いて、それから恐怖の叫びと共に通路を走り去っていったのである」「日本以外の国々では決してこんなヒステリックな反応には出会わない。これこそ日本で最初に悩まされた事例である。これは良く言って田舎に見られる不作法さであり、悪く言えば人種差別であろう」かなぁ…他にも地方で外人目の前にしてしまったばかりに自転車から転げ落ちた人の話も出てきますが、純粋に外国人が珍しいかったのもあるだろーけど、これ1960年代初めの話で、その15年前までは戦争してたんですよ、でその10年前までは占領されてたんですよ、でもって更に言えば子供にとって大きな大人って純粋に恐怖の対象にもなる場合もあるだろーし、山で熊に会ったとか(笑)他にもルーマニアにも赴任して現地の話がチラって出て来るのですが、著者は自分に対する対応には物凄く敏感だけど、自分が相手に与えるインパクトに対しては敏感とは言えないよな…

 最後に日本の話を一つ二ついくと「日本の女性は、社会に従属を強いられているにもかかわらず、男性に劣っているなどとは決していえないし、西欧の女性たちが「遅れた妹たち」の「意識革命」をしようとはるぱる日本へやってくることも全く見当はずれなのである」とか、「アメリカの「聖書地帯」からやってきた若い女子大生で、日本に五週間ほど滞在している、とあった。彼女の日本についての印象とは?「代々、日本人はまっすぐ地獄へと向かっています」と彼女は言う。「小さな神社に、果物やら何やらが供えられているのを見る時、私は日本の人々が悪魔を崇拝していることを感じるのです。悪魔の所業!この国の文化全てが神に背を向けているといえるでしょう」とジャパン・タイムズに掲載されていたとか…ははははは…

 でもって「日本の文化は、公式的には、個人の人格にあまり重きをおかないのだが、私の経験から言えば、日本人の自己意識はこの結果として欠陥があるとか、弱いといった評価は、あたっていない。もちろんこれが当世風の非難であることは承知している。しかし事実は正反対なのだ。おそらく英国を除いては、世界のどこにも、この国ほど奇矯さを寛大に扱うところはない。アメリカでは考えられない程度に、である」だそな…英国と日本、同じ島国だからわりとなんでもOKなのか(笑)それにしても米国、さすが200年の歴史と伝統のある国だなぁと素直に感動させられました、マジ脱帽ものですので、興味のある方は本書をドゾ。珠でもなく、剣でもなく、鏡の国が待ち受けていますってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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