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2012年3月 3日 (土)

敵は朱子学にあり(笑)

姫たちの野望  八幡和郎  講談社

 頭書きが47都道府県の戦国とかあって、コピーも詳細地図系図・戦国大名総覧とあるんですが、姫たちというか女性に視点をあてた戦国史なんだろーけど、どーだろぉ?と、その前にルイス・フロイスの書簡から「ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と尊さは貞操であり、またその純潔がおかされない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても名誉も失わなければ、結婚もできる」とか、「ヨーロッパでは夫が前、妻が後ろになって歩く。日本では夫が後ろ、妻が前を歩く」とか、「ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人が自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸し付ける」とか、「ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておく事は極めて大事なことで厳格に行われる。日本では娘たちは両親に断りもしないで一日でも数日でも、一人で好きなところへ出かける」とかあって、戦国時代、もしかして世界的に見ても男女平等まではいかなくても自由だった模様…それがなんでその後女性の地位が下がったかと言えば、儒教のせーというか、朱子学の導入と言うべきか、フェニミズム的には林羅山くたばりやがれの世界か(笑)「朱子学は、官僚に公平で安定した行政をするよう教えるにはまことに都合がいいのだが、新しい政策を採り入れたり、革新的な人材を登用しようとすると、不都合な障害になる。また、ひどい女性蔑視の思想である」そな…かくして「婦人女子の意見一切これを聞くべからず」(@保科正之)とかなる訳…全て徳川家のせーってか…

 で、当然だけど、女性に学問なんか必要ないと全く顧みられなくなると…結果「可愛くて気がいいだけの母親の子の大多数の大名がバカ殿だったのも当然のことである」となってしまったと…とかく頭のいい女は退けられるのが殿方の常だけど、それは一時的には宜しでも、長期的には一族の衰退を招くだけとゆー事か…ちなみにこの時代の例外的女性としては島津斉彬の母親とか鍋島閑叟の母親とかになるらしい…この二人は姉妹で鳥取藩出身、花嫁道具に漢籍を持ってきて薩摩でびっくらこいたとゆーエピソードが残っているとな…結局できる子供を育てるのはできる母親とゆー事か?それにしても鳥取藩は女性教育にも熱心だったんだろか?この姉妹のおとーさんが気になるぞ(笑)

 で、話は戦国に戻るのだが、戦国時代の女性はそんな儒教感にとらわれていなかったので、まぁ千差万別人生いろいろ、よくあるテレビドラマ的な「戦乱のなかで家族の無事と平和を何より願う女たちが、男の勝手で振り回され、政略結婚させられて気の毒なことになる。それでも家族や庶民のために、精一杯に人間らしくけなげに生きていく」というのがステレオタイプとは、現実は違うよとゆー事らしい…いわゆる下剋上は女性の側にもあったって事でんねん、じゃね(笑)

 アリス的に戦国というより、この女性観的なとこは朝井さんを思い出してしまうのは何故だろお(笑)何か朝井さんだったら、戦国武将やってそーだしなぁ(笑)それとも京女の本領発揮で公家社会を改革してそーか(笑)何にしても朝井さんは保守というより革新で生きてそーだしなぁ…朝井さんが姉でアリスが弟という設定で公家とか京の豪商辺りだったら、さぞかし凄い戦国絵巻になりそーだけど(笑)

 アリス的に戦国時代というと、京、大阪的に秀吉か真田幸村かの世界ですが、まぁ豊臣家の方はねねといい、茶々(淀殿)といい、千姫といい、時代に翻弄された、翻弄した人に事欠かないからなぁ(笑)一言でどーぞと言える人たちではないので、詳細は本書をドゾ。噂の浅井三姉妹なんかも絡んで戦国末期はやはり物凄い人間模様だよなぁ…ちなみに、京都(大阪もか?)では家康、人気がなかったと見えて、かの秀頼との二条城での会見の時の行列でも、京都の人たちは秀頼に拍手喝采をおくったらしい…まぁ70才代半ばの爺より、19才の若者の方が見栄えがいいのは確かだろーが…確か家康って伏見の方に住んでいたのが長かったはずで、この人気の無さは何事というより、この人気の無さで、大阪の陣を張る事を決めたらしい…これも一つの強迫神経症?自分亡き後、豊臣に戻るかもってか?

 も一人の真田幸村の方は、本書的には父の昌幸の方がメインかな(笑)この辺りの婚家の結びつき以前にその家の遍歴が織田、豊臣、武田と入り乱れて半端ない…この人間模様が日常だとすると戦国時代、並じゃぁ生きていけないよな…ちなみに幸村の正室は大谷吉継の娘だとか…

 後は、文系の学者社会的なとこで「日本史では、誰か声の大きい研究者が主張しただけで簡単に公式見解を否定することが多い」とか…社学もかわらないとしたら、准教授もさぞかしの世界か(笑)

 さて、本書的に一番印象に残った殿様は誰?と言うと、島津忠恒でしょーかねぇ…島津四兄弟の義弘の次男、義久の娘亀寿と結婚(といより婿入りか)して家督を継ぐ事になるんだけど、お嫁さんが大嫌い…どん位かとゆーと、義久が生きている間は側室もうけなかったけど、義父が死んだら、亀寿を幽閉して、本人は念願の側室万歳の世界に突入した模様…亀寿の間には子供は一人もなくて秀忠から一言頂戴している位なのに、側室との間には33人の子供が出来たって…正直すぎるだろ(笑)

 目次参照  目次 文系

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