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2012年5月27日 (日)

かくめいってなんだ(笑)

シュルレアリスム  酒井健  中央公論新社

 何となくシュールでんなと勝手に使っていたけれど、実録はシュルレアリスムそんな甘いもんじゃねぇとゆーとこか?単純に絵画的なアレかなぁ?とこれまた思っていたら、文学は勿論、思想に政治、その時代背景を背負っていらして、シュルレアリスム一筋縄ではいきませーんってとこか?まぁある意味時代の申し子的なとこもあるし、ちょうどシュルレアリスムが出てきたのが第一次世界大戦後のパリ…よーするに戦争反対というか、嫌戦感の空気をモロに反映していらっさると…ヨーロッパ的には脱デカルトの時代とでもいいましょーか?考える私と存在する私の二元論からの脱却ですか?「我々は自然の主人かつ所有者になることができる」(@デカルト)とは、近代化に向けてのアジっぽいがそれにしても欧州って自然災害がよほど少ないのかと、その自信はどっからきてんのかとふと思う(笑)

 さて、本書のメインはブルトンとバタイユかなぁ?比重的には圧倒的にブルトンだが(笑)その他にも、アンドレ・マッソン、エルンスト・ユンガー、フロイト、ツァラ、ベンヤミンも出てきます。名前だけでアレですけど、ツァラなんかはダダの人だし、それにしてもダダイズムの方はチューリッヒが発祥の地でこちらは第一次対戦最中に始まったげいじつ運動かな?戦争反対がメインテーマのよーな気がしないでもないが、どっちかとゆーとパフォがメインぽい活動だったので、回顧展を開いてもモノがないとゆー事実(笑)その点がシュルレアリスムと違うとこか?いわゆる一つのニヒリストとアナーキストのたまり場?これも時代の申し子か?

 アリス的にシュルレアリスムというと、ダリ繭のとこかなぁ?アリス自身も巻末でシュルレアリスム展に足を運んでいるし、あーゆー絵が好きなのかもしれないと…

 絵画的観点からいくと、ミロ、マッソン、デ・キリコ、エルンスト、デュシャンにマルグリッドと出てくると思うけど、アリス的でいくとダリだよね…本書ではダリの「偏執病的-批判的方法」が出てきまする…ミロに進められてパリに出てシュルレアリスムの寵児になって、バタイユ、ブルトンと親交があって、そしてヒトラーを支持し、フランコ将軍を支持し、シュルレアリスムから除名されると…ダリの人生も半端ない…

 ダリの夢想なんかはポルノ的と批判されたりしてたみたいだし、展覧会では別室で展示される事もあったりして、ダリの絵が時代に対して過激だったのはいなめないとこなのか?ただ、それがシュルレアリスムかどうかとなると、どーだろ?ダリ的に他のシュルレアリスト絵画は幻想趣味らしいが、それで一蹴してもいーのか?悪いのか?

 それではシュルレアリスムとは何か?とゆーと「シュルレアリスムとは、容認された限界に対する真に雄々しい、異議申し立てであり、不服従への厳格な意志なのだ」(@バタイユ)が一番はっきり口にしているのかなぁ?ブルトンの方が紙幅は多いのに、何故かバタイユの方が言葉がしっかりしている気がしないでもない今日この頃(笑)トーシロが見る分には、ブルトンがフロイト的なら、バタイユはニーチェ的とゆーか…

 取りあえず、詳細は本書をドゾ。パリのインテリの末路的な気がしないでもないけど、時代の大切な生き証人だよなぁ…何せWWⅠとWWⅡをモロに被った時代だし、同時に共産主義とファッシズムもモロに被っているんですよ…ただ、この戦争体験というのが「相手陣営を野蛮とみなし、自陣営の戦争行為は文明的だと豪語していたのである」とは、今も変わらない気が(笑)まぁ今も変わらないと言えば「パレスやベルクソンのような輩が当時でっちあげた文章を、今日あえて再読する気になる人がいるでしょうか。そこには、御用新聞の表現水準を超えるものは何ひとつなく、私が書かれていた状況そのものを、じっとこらえる気持ちにさせるようなものも何ひとつなかったんです」(@ブルトン)とかあって、これまた今も昔も御用記者と御用学者は蔓延っていらっさるとゆー事か(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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