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2012年5月 5日 (土)

いえす、うぃ、きゃん(笑)

真田一族  相川司  新紀元社

 サブタイトルが家康が恐れた最強軍団なんですが、うーん、一応こちら題名通り真田三代がメイン…所謂、真田家始祖たる幸隆、息子の昌幸、更に孫の幸村という流れ、おまけ的ではありますがもう一人の孫である信幸(信之)のお話も掲載されています。真田幸村と言えば日ノ本一の兵として名高いので、日本人でその名を聞いていない人はまずいないだろー有名人ですが、本書を読む分には、どの人も皆半端ねぇーっ!方ばかりです(笑)

 取りあえず、本書のスタンスが事実というか史実をまともに追おうとゆーノリなので、いえもー伝説ありすぎて、どーなってんの?な方々だし、かの真田十勇士とか猿飛佐助とかフィクションだし…でも実しやかに言えばこれ以上に本当臭い嘘もない訳で、限りなくグレーゾーンが多いのもこれまた伝説が増えていく理由なんだろぉなぁ…

 ただ、幸隆と六文銭と信玄との関わり辺りは、これが戦国の世でござーるの世界そのものなんでしょねぇ…血で血を洗う戦国の世とはよく言ったものだと思いまする…そして、昌幸の生き方がこれまた、明日はどっちだを地でいっている人生って、武田、徳川、上杉、豊臣と鞍替えしていくさまはいっそ小気味よい位と言っていいんでしょーか?

 とにかく、真田家並じゃありませんなんですけど、本書的には戦国時代100年の歩みみたいなノリもあり、真田を中心にしているはずなんですけど、結局、家康の話みたいなノリに近いかなぁ(笑)著者はもしかして家康贔屓なのかなぁと(笑)いえ、信長の記述は殆どなく、秀吉の話より家康の話が多いよな?ついでに言うと上杉景勝にも厳しいよーな(笑)そーゆー意味では家康と接点が多かった昌幸の出番多しかな?何といっても史実的には幸村って大阪冬の陣までは本当に無名だったらしいから…そーゆー意味では、父の影にあったその才能を見逃してしまった徳川方の悲劇でもあったのかもねぇ…

 アリス的に真田幸村…スイス時計の真田山高校から何ですが、ついでに御大推薦の山田風太郎の忍法帖シリーズ読んでけば、戦国知らないと話にならないし…で、手に取ったら、戦国時代ディープでした、マルで終わらせたらいけないだろぉか(笑)

 本書を読んで一番の感想としては、徳川秀忠みたいな人を上司に持ちたくないなぁでしょか(笑)いえ、二代将軍として行政的に治世を安定させた人ではありますし、仕事としてやる事やってると著者も推してはいるけれど、何とゆーか冷たい人ですよね…真田的に見るだけでなく、身内的にもで、千姫も大阪城と殉じてオッケーみたいな科白吐いていたり、人を許さないところとか、これは後の信之が生き延びるのに苦労したのも分かるよな(笑)

 ついでに言うと真田信之…徳川について幕末まで真田の大名としての礎を築いた人になるんだろーけど、この人の生き方も、見方によって幾らでも変わるよなぁ?父と弟をみはなした者とも取れるし、または終生フォローし続けた人とも取れると…

 で、アリス的には幸村ですけど、本当に死に花が凄すぎた人でしょかねぇ…史実的には大阪冬の陣がなければ無名のまま九度山に配流のままお亡くなりになっていらっさったかもしれないし…ただ、こー戦い方が半端ねぇーとゆーか、戦術的にも優れていたのだろーし(父の受け売りだとゆー話もあるが…アレンジしたのは幸村自身だし)、更に何といってもそれを実践してしまうところが凄すぎる…その場にいた人が皆スゲェーという事を実行したのには間違いないんですよね…土壇場で力が発揮できる人っていうのは、世の中そーそーいないのが相場ですし(笑)

 ちなみに、国や家を滅ぼす大将とは甲陽軍鑑によると、馬鹿なる大将、利口すぎる大将、臆病なる大将、強すぎたる大将だそー(笑)たいていの人間は自分のできる範囲を見誤るからなぁ(笑)

 それにしても、これらの合戦の場所の一つとして天王寺口とあって、アリスん家の近くであったとゆーのが、これまた…まさに兵どもの夢の跡じゃね、と…

 目次参照  目次 文系

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