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2012年5月20日 (日)

哲学などないっ(笑)

オシムの伝言  千田善  みすず書房

 何の本というより本書は誰の本のニュアンスの方が大きいかなぁ?今更説明もいらないかもですが、著者はオシムの通訳だった方でこちらの本は大まかに言うとオシム代表監督の通訳を引き受けてからオシムが日本を離れるまでかと…正確に言うとまた少し違うんですが、離日してからまた来日してそしてまたオーストリアに帰国(?)しているまでか…まぁ、前半というか2/3位が代表監督としてのオシム記なら、後半(1/3?)は倒れてからリハビリの日々についてになるかも?今的に言うなら1116以前と以後の話となるのか?

 まぁ何とゆーか、ある意味赤裸々な日常でもあるんだろぉなぁと…著者が人情に生きるタイプといおーか、情にもろい方といおーか、本当はこれは一つのビジネス記であるはずなんですが(もしくは戦記?)、壮大なマクロ視点というよりは箱庭の話のよー、戦略より戦術を、更にそれより個にいっちゃってる感じかなぁ?

 初っ端はオシム監督の緒戦となるトリニダード・トバゴ戦のオシムのコメントから始まる…通訳が後にも先にも一度だけ、意図的に誤訳したという件の話である。で、それは何かとゆーと「今日は私が予想していなかった、うれしい誤算があった。それはスタジアムが満員だったということだ。ファンやサポーターのみなさんは、日本代表を許してくれたのだろうか」…当時の事を記憶していらっさる方がいれば、この言葉の重みは重いなんてもんじゃなく、まさに茨の十字架並みの重量感を持って襲ってくる感じといおーか?あの独W杯の直後(二ヵ月後)楽勝まではいかなくても何となく勝てるんじゃないのはずが蓋を開けてみれば華々しい(?)敗戦が待っていた独W杯だったと(笑)まさに日本代表がどん底まで沈み込んでいた時期、こんな荒地の監督引き受ける人なんているんかいな?の世界…そーゆー意味ではオシムってMとは言わないが天邪鬼だったんだろぉーか?まぁ勝負事にはリスクを冒さなきゃあかーんって日頃言っているだけはあるって事か?有言実行タイプだったんですねぇ、監督は(笑)

 話は戻って、ここで通訳は「日本代表を許してくれたのだろうか」とは直訳せず「日本の皆さんが本当にサッカーが好きなんだと言うことを実感した」と意訳したんですねぇ…通訳の直感や協会の思惑を超えて、オシムの科白は率直過ぎるきらいがあるよーに思うのはこれまた日本人的感覚か(笑)続けてオシムは言うんですねぇ「責任の重さは感じていたが、満員のスタジアムを見て、この人たちをガッカリさせることがあってはならないと、あらためて感じた」…責任の所在とか、覚悟とか、どっかの国のトップ達に聞かせてやりたい気が(笑)

 アリス的にサッカー…共通点はどこですかぁー?でもまぁ、本書はサッカーもですが、異文化間コミュニケーションの話の方がメインかもなぁ?舞台は代表ですけど、人と人の会話の成立ってまさにオシムじゃないけどリスペクトがないと始まらないんですよねぇ…とは言え、そこはヨーロピアンジョークも炸裂か?で「なーに、記者たちがサッカーについてまともな質問ができるようになったら、日本語で答えてやるさ」と…もー笑うしかないよーな(笑)

 まぁ日本のメディアについては「こちらから特にコメントはない。記者の皆さんの方からサッカーに対する意見がきちんと出たらコメントするようにしたい。スポーツジャーナリストとしてのレベルに達するまで、私は辛抱強く待つことにしたい」とまで言ってらっさるし…これがスポーツだけに限らないのが日本のジャーナリストクオリティって、どーよ(笑)ちなみに「欧州には監督以上にサッカーを知っている記者がいる。実際に記者からプロの監督やコーチになった例もある」そな…

 でもって、ジョーク好きというのはまんざら嘘ではないよーで、「日本代表監督に就任した直後に、岐阜県の揖斐茶がカタカナのイビチャと表記する便乗商法で町おこしをするというニュース」が流れた時も笑い飛ばしたというか、本人的にウケタみたいだし(笑)ちなみに正確な発音からするとイビチャよりイビツァの方が近いんだとか…更に本名はイワンなんだそー…

 本書を読んでいると、日本の官僚体制というか、管理体制って末端まで行き届いているんだなぁと改めて感心しまする…例えば代表の試合日程の過密さについて、監督就任前に試合日程も決まっていて、更にメンバー発表までスケジュール先行、「いかにも日本人的な業務遂行態度」ってまさに組織だよね…そりゃ「日程ですからと事務的に決められるなら、事務方が選手選考までやってくれればいいのに」とボヤキも出るよね(笑)

 それでも日本でサッカーをやっているのは「日本には、日本が豊かであることが逆にコンプレックス感じている者がいる。ハングリー精神で勝てるなら、貧しい国ほど強いということになる。しかし、経済的に恵まれ、何でも選べる中からあえてプロを選んだ日本の選手には、サッカーをする喜びがまだある。そこは欧州のカネまみれのサッカーより、ずっといいと私は思う」と…まぁもー開催地や会長選だけでもアレだからなぁ…フェアプレイの黄色と青の旗がオステキ過ぎるってか(笑)

 マスコミ的には結構たたかれた「日本のサッカーの日本化」とゆーキーワードも、独W杯の敗戦の将の弁「フィジカルが敗因」からだったとは…ただ、負けたというだけでなく「「それじゃあ、体格的に貧弱な日本人は永久にダメということじゃないか」という絶望感、二重のショックとダメージを与えた」…これらを払拭する為にも日本には日本のサッカーがあるとぶち上げたオシムは大衆心理を熟知しているとゆー事か?人、それを希望といい、のぞみと言うのかも…

 本書はもー名言の嵐なので詳細は本書をドゾっ人間、オシムについて本当によく出ていると思いまする…倒れた後の病気との闘いはまさに死闘だしなぁ…ただ、あの直後のドタバタは本当にサッカー協会が男社会だとゆー事を如実に表れた結果のよな…仕事というか、職場での対応しか計算していなかった事がミエミエ…まさに想定外だったんですねぇー(笑)

 さて、最後に本書としてオシムのバックボーンに触れない訳にはいくまいとゆー中から一つ上げるとボスニア戦争での難民の取材のシーン…現地で取材していたら難民がどんどん集まってきて「撮影してくれ、自分を放送してくれ、そうしたら行方不明の夫が、家族がテレビを見て、自分の居場所を知るだろう」と…この辺は例の地震報道につながる話だなぁ…

 もう一つはオシムの生い立ちについてで自身「世の中には自分のモノサシだけが正しいのではないこと、ほかの家族の宗教や文化にも敬意を払うべきであることを自然に学ぶことができた」と語っているところでしょか…

 目次参照  目次 スポーツ

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