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2012年8月31日 (金)

永遠の都とは何ぞや?

ローマ人の物語 1 ローマは一日にして成らず 上  塩野七生  新潮社

 古代ローマ、もしくはローマ帝国というと何か、シーザーとか、後はキリストのとことかとゆー断片的なそれしか思い浮かばないんですが、ローマという町の発展を見ていくと、それは長い歴史があったんだなぁとまず感心します。

 でまぁ、あれだけ繁栄したローマ人も自身については妙に冷めているとこがあって、「知力では、ギリシャ人に劣り、体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、技術力では、エトルリア人に劣り、経済力では、カルタゴ人に劣るのが、自分たちローマ人である」と認識していた模様…

 さて、ローマとは何ぞや?となると、建設者ロムルスが単独で立ったのが紀元前753年4月だとか…ちなみにローマってこのロムルスの名前から名づけられたそな、そーだったのか?と納得したところで紀元前8世紀のイタリアはどーなってたんだぁーと言うと、単純にいうとローマの北にエトルリア人が、南にはギリシャ人が居たとな…この二大勢力にはさまれてローマは産声をあげる訳だけど、初期のローマはどちらにも興味を持たれなかったらしい…というのも、「農業と牧畜しか知らないローマ人は、アテネの職人の手による美しい壺を購入する資金もなく、エトルリア産の精巧な金属器に支払う貨幣さえもっていなかった」…よーは貧乏人はおよびじゃないという事ですか(笑)

 アリス的にローマ…どっか掠るかなぁと思いつつ、アリスも法学部出身だから、やはりローマ法からは離れられないと思うんだが?どだろ?そんな訳でローマではダメだろーか(笑)

 さて、ローマの丘に居住し、行政なんかも何とか整えて、次にした事が近隣他部族からの花嫁の略奪って…どーも初期ローマは男所帯だったらしー…かくて戦争、和平となる訳だが、その名残が「欧米では今でも、花婿が花嫁を抱きあげて新居の敷居をまたぐ風習がある。この事件以来ずっとローマ人の習慣になっていたのが、今日でもつづいている一例である」だそで、セレモニーって続くもんなんですねぇ(笑)

 結局、小国が大国になるには戦いが主流を占める訳で、この時にかの百人隊制度もできたとな…「ローマ軍団の最小単位であり核であり、そしてローマが存在するかぎり、百人隊制度も存続しつづけることになる」とな…こーして底辺から少しずつ積み上げてローマの国が続いていく訳ですが、この頃のローマは王政なんですけど、この王様は世襲制ではないんですよね…選挙で選ばれるけど、ただし修身雇用なんだとか(笑)

 まぁ山あり谷ありで王様も七代続くんだけど、やはり権力っていうのはどーしても奪いたい人がいる訳で、終身だと相手が死ぬまで待たなきゃならないし、世襲制じゃないからその時表向きは誰でも立候補できると…まして王の身内に権力欲が強い人がいれば、問題が起きないわけがないとゆー事で、殺人含めてすったもんだのすえ、次に共和制がやってきたぁー(笑)

 かくして、毎年執政官が二人選ばれる事になったよ、任期は一年ね、と…かつての王様がエトルリアの支援を得て戦争ふっかけてくるし、内需もちょっくら落ち込んだけど、ローマは続くと、さて一段落したローマ人は何をしたか?そーだ、ギリシャに行こうなんですよ(笑)いえ、別に戦争ふっかけにではなくて法律のおべんきょ、視察ですね…一年ほど行って帰ってきたら、これまたかの「十二表法」を成立すると…これが紀元前5世紀半ばのローマの話でございます…というのが本書の2/3かな?

 では残りの1/3は何か?というと、ギリシャ史なんですよ、結局、ローマを語るには地中海文明を語らないとお話にならないという事なのか(笑)クレタ島で始まったギリシャ文明も半端ないので、詳細は本書をドゾ。それにしても都市国家間がイマイチ仲がよくなったのは、どーなんだろぉ?そういう点でペルシア戦は例外中の例外なんだなぁ「なにしろ内ゲバの激しさに特色のあるギリシア史では珍しく、ペルシア戦役は、全ギリシアが一致団結して敵に当った最初にして最後の例でもあった」って…昨今のギリシャ問題を見るにつけ納得しかないんですか(笑)

 さて、夫婦喧嘩の神様とか、人間の行動原則の正し手(「宗教に求めたユダヤ人。哲学に求めたギリシア人。法律に求めたローマ人」)とか面白いとこは一杯あるんだけど、アリス的には序文にある文庫の話かなぁ?文庫の形態ってルネサンス時代のヴェネツィアで始まったのだとか。グーテンベルクじゃないけど印刷業きたぁー出版業きたぁーとなれば「真の出版は言論の自由のないとこには成立しえない。そして言論の自由とは、精神的にも経済的にも自立しないかぎりは確立不可能」って事で、ルネサンス万歳なのか(笑)まさに書を持って街に出ようの世界が始まったんだなぁと…有難うアルド・マヌッツィオ(笑)

 さてさて、最後に本書で一番ほぉーと思わされたとこは「ソクラテスは、たとえ悪法といえども祖国の法には従うと言って、逃亡のすすめも断って死刑に処せられた。同じ哲学者でもアリストテレスは、法になど殉じないでさっさと逃げた。アテネの市民であるソクラテスににとってアテネは祖国だが、アテネ生れでないアリストテレスにとっては、アテネの法に殉ずる義理はなかったのである」のとこかなぁ?昨年の春を思うにつけて、今も昔も変わりなしかと…

 目次参照  目次 文系

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