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2012年9月 7日 (金)

概念という概念?

私家版・ユダヤ文化論  内田樹  文芸春秋

 世の中っていう奴はぁーと溜息つきたい事柄に満ち溢れているけれど、この問題を正面から論じるのは、20世紀の総括的意味合いで避けて通れない道なのかなぁ?と…心あれば、と但し書きがつきそーだけど(笑)

 本書はまず頭に、これは真実の物語であるとかつけたら物凄い事になっていたよーな気がするが(笑)どちらかというと、これは例外の物語であるの方が近いよな?その点タイトルに私家版とついているだけあって、私的な考察の一つと見るべきなんでしょねぇ…ただ、ユダヤ問題については、それこそ人の数ほど異論がありそーで、こちらが私家版No.1なら今ならNo.70億までにあるんだろぉかと(笑)

 で、まぁ本書である、が、私的には騙されたと思ってまずは読んでくらはい、と薦めるしかないよーな(笑)何とゆーか、太平洋のど真ん中で溺れているよーな感覚になりますが、ついでにそこには藁はありません(笑)浮くも沈むも泳ぐのもあるかもしれないし、ないかもしれないし、このどっちつかず感というか、奥歯にものがはさまっている感が、本書の醍醐味かも(笑)取りあえず、著者自身が後書きで「私のユダヤ文化論の基本的立場は「ユダヤ人問題について正しく語れるような言語を非ユダヤ人は持っていない」というものである」ですから…

 アリス的にユダヤ人…その内国名シリーズで出る可能性はあるんだろぉか?うーん…で文化論となると、むしろ准教授的な方かなぁ?文系だとは思うけど、哲学、宗教、歴史、政治、文化、人類学とか、社学とか、どこか一つというのではなくトータルでいくとなると、果たしてどこか?だけど(笑)

 で、本書は至言の嵐なので、詳細は本書をドゾ。大変デリケートなお題なのでこれはもー各自の器にかかっているよな?受け入れられるか?否か?それが問題だってか(笑)で、本書は序文に「ユダヤ人問題の根本的アポリアは「政治的に正しい答え」に固執する限り、現に起きている出来事についての理解は少しも深まらないが、だからといって「政治的に正しくない答え」を口にすることは人間が犯した最悪の蛮行に同意署名することになるという点にある。政治的に正しい答えも政治的に正しくない答えも、どちらも選ぶことができない。これがユダヤ人問題を論じるときの最初の(そして最後までついてまわる)罠なのである」とある位ですから、もー最初からバンザイするのもありかな、と(笑)

 いやなんとゆーか、本書を読んでしみじみしてしまったのは、分かるって何だろう?でして、己の頭の悪さを再認識させて下さった有り難いご本なのかも?とちょっとうっとり?してから、開き直って、分からないことは分からないけど、分からないこと覚えておきなさいねと諭された感じかなぁ?

 本論の方は文体は平易でもの凄くディープですが、ちりばめれている豆知識も秀逸です(笑)例えば、ジェイコブ・シフ、所謂ユダヤ系米人、銀行家、クーン・ロープ商会グループ総裁とゆー方ですが、この人と日本の関わりとかが凄い…「彼は明治末年、日本政府の一部と軍部に忘れがたい印象を残した。それは彼が日露戦争のときに、日本政府が起債8200万ポンドの戦時公債のうち3925万ポンドを引き受けたからである。シフは帝政ロシアにおける「ポグロム(反ユダヤ的暴動)」に怒り、虐殺陵辱された「同胞」の報復のためロシア皇帝に軍事的な鉄槌が下ることを望んだのである。日本の戦費調達に協力すると同時に、シフはグループの影響力を行使して、ロシア政府発行の戦時公債の引き受けを欧米の銀行に拒絶させた。このユダヤ金融資本ネットワークの国際的な支援は日露戦争の帰趨に少なからぬ影響を及ぼした」とな…「ジェイコブ・シフの公債引き受けによって日露戦争にかろうじて勝利できたという(一般国民はほとんど知らされず、政府要路の人間だけが知っていた)事実」だとか…戦場は戦場だけではありませんってか…

 他にアリス的なとこというと殺意のとこかなぁ?「誤解を恐れずに言えば、「殺意」はある意味では自然なものである。憎む相手を殺している自分の姿を想像することがしばしば解放感や爽快感をもたらすことを私たちは知っているし、おのれの邪悪さを懺悔することや、おのれの非をあからさまに告白することが激しいカタルシスや解放感をもたらすことも私たちは知っている」そです…「それはつまり、殺意も有責感も、どちらも単独では、それほどに深く人間を損ないはしないということである」って…「危険なのは、殺意を抱きつつ同時にそのことについて有責感を抱いている人間である」って…どこぞの准教授と被っている気がするのは気のせい?

 で、「「引き受けてのいない殺意」、それが「悪魔」の正体である」って、どーよ…夜中に叫んでいる場合なのか?場合じゃないのか?それが問題だってか(笑)「私は先に「殺意を抱きつつ同時にそのことについて有責感を抱いている人間」の方が「端的に殺意だけを抱いている人間」よりも危険だと書いた。それは殺意と有責感の葛藤は、葛藤がない場合よりも多くの心的エネルギーを殺意と有責感の両方に備給するからである。「単なる殺意」よりも「有責感を帯同する殺意」の方が、殺意の根が深い。そんなことは私たちにとって日常的にはほとんど自明のことがらである」うわぁー…准教授の心理も気になるところですが、ミステリ作家としてのアリスの見解も気になるところ(笑)欲望か?葛藤か?それも問題だじゃね(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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