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2012年9月26日 (水)

S.P.Q.R.?S.P.Q.R(笑)

ローマ人の物語 2 ローマは一日にして成らず 下  塩野七生  新潮社

 ローマ人の初期というべきか?の時代はギリシャの時代だったのだなぁと…結局、この辺りは地中海を中心に見る時代というべきか?本書はだいたい紀元前500年位から270年位までを駆け足で見ている感じかなぁ?只今、ローマ共和制の時代でございます、とか(笑)

 ローマの凄いところは、ちゃんとギリシャに視察団派遣しているとこですかねぇ?先進国を見習えと。ただ、これまた凄いとこは右に倣えはしていないんですよ…で、これまたこの時代なら世界制覇を狙えた位置にいたギリシャは隣のペルシアが強敵だったとはいえ、あくまでも都市国家で終わったとこが痛い…ギリシャ内部での対立(アテネ対スパルタとかね)もあって、まとまる事がなかったと…独立心が強かったというのが理由の一つらしーが、国としてどーよ、となればたちうちできないとゆー事に…かくしてギリシア、オワタになっていくと…アレキサンダー大王もつかの間の夢みたいなもんですか(笑)

 では、ローマ人は何をしたかというと、「ローマ人は、変革を本能的に嫌った。改革がやむをえないとなっても、実にゆっくりと進めた。その代わり、いったん改革すると、めったなことでは改めなかった」とあって、牛歩の歩みだった模様…

 アリス的にローマ…まぁアリスなら例の雑学データベースにありそーだけど?その内イタリアを舞台に国名シリーズ出ないかなぁと密な期待をしつつ…取りあえず、法学部卒のアリスとしてはローマ法は齧っているはず?かな?ちなみにこの当時のローマ人は「ローマの有力者たちが、六法全書もないのに法律に熟知していたのは、これらの告発から身を守るためであったと言っても言いすぎではない」とな…政敵は告発によって排除する、ローマってこの時代からスゲェ国だったんですねぇ…ちなみにローマの成文法は紀元前449年に十二表法ができてます。

 他にアリス的といえば、紀元前390年のケルトの襲来でしょーか?ローマ的にはローマの占領ですが…ケルト、昔は強かったんだなぁ…この時のローマの没落はずさまじくて再建に40年かかっているとか…更に問題だったのは「ケルト族によるローマ占拠は、当時ではギリシャまでとどいたほどの大ニュースであった。ローマ人の惨めな敗北を、誰もが知っていたのである」の方かもなぁ?国としての信用も大切にってか…

 で、復活のローマはどーしたか?というと、「第一に、防衛を重視しながらの、破壊されたローマの再建。第二は、離反した旧同盟諸部族との戦闘と、それによる国境の安全の確保。第三は、貴族対平民の抗争を解消することでの、社会の安定と国論の統一。これは、必然的に政治改革を意味することになった」とな…で、これまたなるほどそーですか?と思わされるのが「抜本的な改革とは、それを担当する人間を入れ換えることによって、はじめて十全になされるものである」とな(笑)老兵は去るのみってか(笑)

 さて、天才とは何ぞや?で、100年の計を見、出来る人だろか?と…「天才以外の人間は、眼前の課題の解決だけを考えて方策を立てる」とな(笑)ただ、目先の課題を解決してみたら「結果としてそれが百年の計となっていたという人と、眼前の課題は解決できたが、それは一時的な問題解決にすぎなかった」の二つに分かれると…上手くいくか、いかないかは運命の分かれ道、偶然かな…歴史の運、不運でしょか?何か古生物学的生き残り戦術に似てきたよーな気がするのは気のせい?だけど、それ以前に眼前の課題だけでも解決できりゃそりゃスゲェと、21世紀どこぞの政治を見ているとふと思う…

 かくして、ローマは内を固め、外と戦い、紀元前272年にターラントの陥落でイタリア半島を統一するに至る訳だったりして…詳細は本書をどぞ。建国から500年かけて何とか、ここまで来ましたですか(笑)

 さて、本書は豆知識満載で、例えばクリエンテスとはパトロンの語源である。とか、ケルト人とはギリシャ人が与えた名前でローマ人はガリア人と呼んでいたとか、カッサンドラにしても「ヨーロッパでは今でも、説得さえすれば聞き入れられると信じている人を「カッサンドラ」と呼ぶ」そで…この辺りは「武器をもたない予言者は自滅する」(@マキアヴェッリ)なんスかねぇ…

 最後に人材とは何ぞや?で、ギリシャ黄金期のペリクレスですかねぇ?「簡潔で明快で品位のあふれた演説のできる指導者を20世紀末に生きるわれわれは、はたしてもっているであろうか」という程の大政治家だった模様…その後、ギリシャは斜陽していく訳ですが、人材がいなかったといえば、それはどーだろー?で「彼ほど魅力的な裏切者は歴史上にはいないとさえ思う、アルキビアデス。寡頭派の先頭に立ってアテネに圧政を敷いた当人でありながら、喜劇作家アリストファーネスに劇中で揶揄されても、笑って観ていたクリティアス。アテネを見捨て、マケドニアに去ってしまった、悲劇作家アガトン。ペルシアの地でしか武将の能力を発揮することができなかった、当時のノンフィクション作家ではナンバー・ワンであったクセノフォン。迷走するしか知らないアテネに嫌気がさし、学問の世界にこもるほうを選んだプラトン」と、ソクラテス門下だけでもえらいこっちゃだったと…

 出来る人ではあっただろーけど、「誰一人として、下り坂をころがり落ちるアテネを、身をもってささえようとした者はいなかったのである」の辺りが…ソクラテスは毒殺されアテネは残り、アテネは亡びソクラテスの名が残ると…いやはや、歴史って…

 目次参照  目次 文系

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