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2012年10月 7日 (日)

王様の耳はロバの耳ぃーっ(笑)

未曾有と想定外  畑村洋太郎  講談社

 サブタイトルが、東日本大震災に学ぶなんですが、著者はあの失敗学の第一人者、ついでに危険学も旗揚げしたそーで、そーゆー視点から今回の地震を見ると…例えば、今回の津波は未曾有ではないと…ここ百年の間に大津波が四度海岸線を襲っているそーで、専門家なら言っちゃあいかんとゆー事らしー…少し振り返れば分かる事だと…「それをさも未曾有の出来事のように扱っているのは、単なる言い訳のようにしか聞こえません」とな…過去の教訓って…

 ちなみに災害として見た場合、津波とは高い波ではなくて速い流れとして認識した方がいーみたいです…確かに陸に上がってからの波の速度は映像で見ても凄かった…で、津波対策には対抗するハードなもの(防波堤とか)と、備えるソフトなもの(避難訓練とか)の二択になるそーだけど、今回の震災で分かった事はハード的な物はことごとく壊れていると…「自然のエネルギーは、想像しているよりはるかに大きなものでした。そのためハード面の整備が進んだことで、かえって自然災害の被害が大きくなるようなことも起こっているのです」とな…安全になったが故に高まるリスクって事でリスク・ホメオスタシス理論(@ジェラルド・J・S・ワイルド)なんかも引き合いに出されていたり…

 そして、気になるソフトの方ですが、今回の避難勧告に対して素直に従ったのが「被災経験のない新住人やよその場所からたまたまきていた人、あるいは地震が発生したときに海のそばにいた人だったそうです」って…逃げ遅れている人達は防波堤の内側に住んでいた人が多いってゆーのは…日本の技術は世界一ぃーっと言っても自然はその上をいっていたと…日頃から逃げる意識を大切にね、なのか…そのポテンシャルを100年持ち続けるって…いやはや考えさせられますが…

 てな訳で本書は、著者の並々ならぬ決意表明かなぁ?「私は、今回の被災から得られた教訓を次に生かすためには、気づいたことは文字にしてはっきりと伝えておかなければならないと考えています。それが見方によっては、死者に鞭を打つようなことをしていると、誤解して見られるようなことがあってもです」…まさに考えよ、の世界か…

 アリス的に地震…蝶々か、残酷なかなんですが、本書はチリ地震による津波の件も出てきまして、この辺りとなると蝶々と被るのか…

 津波対策としては、高地に住むがありますけど、経済や効率や利便性を考慮すると低地の方が住みやすいんですよね…低地に住むなら防波堤が不可欠だけど、防波堤はお高いんですよね…「少なくとも以前のように無尽蔵にお金をつぎ込むということはできないでしょう」って…てな訳で著者が提案しているのは、防波堤は造るけどそれは津波に対抗するものではなくて、いなすもの…住民が逃げる時間稼ぎをしてくれる物にしたらとゆー事らしー…まぁ日本的に言うなら肉を切らせて骨をたつみたいなノリか?

 そゆ事で自力で逃げられる人は低地に住んでも何とかなるレベルで、歩行に支障がある人達は高地で、また低地に緊急避難場所的シェルターを建築しとくと…個人的には通うのが大変になりそーだけど、学校とか、病院とか、介護施設とか、公共の物は丘の上というか、山の上に建てるのはどーか?とは思うけど、現地には現地の事情がたくさんありそーだしなぁ…

 津波に対する提案で著者的にスゲェと思ったのが、津波によって起きた現場をそのまま残す事…記憶を風化させない為にある意味原爆ドームみたいなモニュメントになると思うんですが…現地の人的には一日も早く撤去をというか、見たくないだろーし…残れば確かに教訓になるだろーけど、これも難しい問題だよなぁ…

 さて、本書は前半が津波編とするならば、後半は原発編に突入となります…で、初っ端から「原発の事故は津波と違って「与条件」ではありません。つまり備えさえしっかり行っていれば防ぐことができたものであるということです」とな…ちなみに原子力村の合言葉は御存じの通り「原発は絶対安全です」…

 そして、想定外って何やねん?とゆー今回誰も(原子力村民以外/笑)が抱いた疑問…「もともと社会が彼ら(原子力の専門家)に期待していたのは、今回のような事故を想定することです。想定するのが専門家の責務だったのです」…お互いの間には深くて暗い川があるってか(笑)

 でもって「東電の立場からすれば「「なんで自分たちは国の基準に従ってまじめに運用してきたのにこんなに叩かれなくちゃいけないんだ」と思っても不思議はありません」そな…「とはいえ、「だから自分たちは悪くない」と胸を張っていえるほど、東電に任されていた仕事は、簡単かつ軽いものではなかったことも彼らは理解しなければなりません」…世間との齟齬はいかんともしがたいと…「たとえ規則や基準が及ばない問題が起こったときでも、きちんと対処して原発を安全に運営することだったのです」「残念ながら東電からは、自分たちの責務がそこまでのものだったという覚悟は感じられません」東電に、もののふはいませんってか…

 ちなみに想定外の事が起きた場合のパターンは二つ…一、思考停止、二、臨機応変に対応…たいていはパターン一に陥ると…「想定外の事態に対応できるのは、日頃から想定の訓練をしている人だけです。想定内のことだけを考えてきた人には、とうてい対処はできません」…リピートアフターミー「原発は絶対安全です」って、どよ(笑)

 魔法の言葉、想定外~「責任回避のためか、免罪符のように「想定外」という言葉を安易に使う事に対し、世の中の人たちは大きな怒りと不信感を抱いているのです。想定外のことが起こったのではありません。何も「考えていなかった」だけなのです」となると、考える事が想定外?さあ、御読経をあげましょー「原発は絶対安全です」~

 おかしい…原子力村の人達は日本でも秀才の集まりのはずなのに?「想定外の問題に弱いのは、日本の組織の一つの特徴でもあります」…「見たくないものは見えない」「聞きたくないことは聞こえない」「考えたくないことは考えない」おお、見ざる言わざる聞かざるみたいだ…原子力村ってオステキ(笑)

 ちなみに著者は柏崎刈羽原発の事故(2007)の後、東電の幹部とご対面してらっさいます。「そのとき私は周辺事故の危険性をその人に話しました。するとそのときに返ってきたのは、「原発は絶対に安全だから大丈夫です」という、いつもの建て前でした」うーん、これは一つの信仰告白か?事故が起きたって「原発は絶対安全です」~

 ついでに「近年、産総研をはじめとする研究者の津波堆積物調査によって、貞観地震の津波など、過去の大津波のデータがわかってきました。それでは福島原発の津波の想定が甘いということも指摘されていたようです。しかしこれにしても東電は結局無視していたし、国も真剣に取り上げてきませんでした」…だって「原発は絶対安全です」なんだもーん~

 それにしても著者のしみじみ口調には頭下がるよな…「ここで私が強調したいのは、想定がまずかったということよりも、想定を行うときの姿勢の問題です。これをあらためないかぎり、同じような失敗を同じような形でただひたすら繰り返すことになるでしょう」というのも、想定外ですって華麗にスルーしそーだよなぁー(笑)

 ちなみに今回の一連の事故を組織事故かもねで、著者的には共同体事故じゃねですが…「問題は想定の範囲をどう決めるかで、それによってバックアップ機能の強さも決まりますが、東電の場合はこれが脆弱になるような組織運営を行っていたから、今回のような大事故につながってしまったということだと思います」結局、柏崎刈羽原発の事故からは何も学んではいないって事ですか?

 そして運命共同体の華麗なるメンバーは、「電力会社、政治家、行政、学者、電機会社、ゼネコンなどです」だそな~パチパチパチ~むしろメンバーズクラブと呼んでくれなのかなぁ?

 さて、責任はどこに、事故究明はどの様にとゆー運びになるはずですけど、「責任追及を受ける側にしてみると、原因究明の調査に協力することは、そのまま自分の首を絞めることにもなります。そのため責任を追及される立場にある人が取調べのときに事実関係を意図的にちがえて話したり、自分にとって都合の悪い事実を隠すということもよくあるのです」とな…うん、想定外だものね…「しかしそこで守られているのは、想定している範囲内の安全です」

 想定と口にするならば、せめて最低の仁義を通せって事ですかねぇ…「想定というものは、環境の変化だけでなく、視点を変えるだけでも簡単に変わります。想定が変化してもなお安全なものにするには、「ここまでやったからもういい」とするのではなく、終わりのない努力を続けなければならないのです」だから、もののふはどこにぃー?

 と、さわりだけでこんなにあるので、詳細は本書をドゾ。それしか言えねぇー…

 目次参照  目次 理系

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