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2012年10月11日 (木)

この人は、今どこ?

後藤新平  越澤明  筑摩書房

 サブタイトルが、大地震と帝都復興なんですが、むしろ都市開発とは何か?という話しの方がメインかな?の世界のよな?一応、タイトルは後藤新平になっているけど、これも後藤新平とゆかいな仲間たちみたいなノリ…よーはチーム後藤ですかねぇ?戦前の政治家魂って奴かもなぁ?日本にも、真っ当な政治家いたんだぁーっ?とちょっとうっとり出来るとか(笑)

 ちなみに後藤新平の政治家としての功績は主に三つあるそーで、一つが「日本の通信行政・鉄道行政の基礎を確立」したそで、ちなみに新幹線の祖父となるそな(笑)また放送の父でもあるそで、東京放送局を創設した初代総裁でもあるそな…二つめが外交・国際関係で主に中国・ロシアなのは台湾と満州からでしょか?ちなみにあの武士道の新渡戸稲造を見出しバックアップしたのも後藤とな…で、三つめが都市計画・まちづくり・帝都復興とな…

 本書の前半は、後藤の半生かなぁ?水沢で生まれて、秀才(天才?)だったけどメインストリームを歩む訳でもなく、むしろ辺境をチョロチョロしていたんだけど、気が付けばあっちこっちの引立てでドンドン中央に切り込んで行くのはある種圧巻かなぁ?本来なら地方の一医師で終わったはずなのに、内務大臣にまで上り詰めるんだからなぁ(笑)

 アリス的に後藤新平…あまり関係ないのだろーか?ちなみに英都的というと後藤と同郷、少年時に水沢の三秀才とうたわれたのが、後藤と斉藤実、山崎為徳がいたそで、この山崎が開成学校、同志社英学校で学んだ神学者で、あの新島㐮の信頼が厚かったそで、新島の後継者と目されていた人物だそな…

 本書は主人公がタイトル通り後藤新平なんですけど、本書の中で一番男の中の男という感じは、台湾の時の後藤の上司にあたる児玉源太郎じゃなかろーか?こーゆー度量の大きい人も昔の日本人にはいたんだなぁー…

 さて、後藤の台湾及び満州での活躍の詳細は本書をドゾ。日露後でもおそロシア様は上から目線で乙ですが(笑)で、東京ですよ…都市として手狭というか、機能するのに問題があるとゆー事で、後藤はこれまた行動の人なんですよ(笑)詳細は本書をドゾですが、一例としてはチャールズ・ビアード(米コロンビア大教授)が「本当の政治家は科学に理解がある人で、世界中を歩いて、初めて理想の政治家を後藤新平伯に発見した」と言わしめた程ですから…一番じゃなきゃいけないんですかぁーな政治家ではなかった模様(笑)

 また後藤の真骨頂が人材登用術が卓越していたとこかなぁ?適材適所、その人の才能にあった場所にピタッとはめるのが上手かったという事か?「一に人、二に人、三に人」が座右の銘らしーしなぁ(笑)人を見る目がある人が人材重視って、これ以上の事はないんではないか?やりがいのある仕事を大切にねってか(笑)

 さてさて、本書メインの都市復興ですが、ちなみに明治以降の日本政府は「1923年の関東大震災、1945年の全国115都市の戦災、1995年の阪神・淡路大震災に続き、今回の東日本大震災が四回目となる」そな…で、復興とは「時の施政者・政府官僚がいかに迅速かつ的確に政策を実行したか、しなかったかで、復旧・復興の正否が決まることは、いつの時代でも同じである」とな…

 その点でいくと後藤新平の復興案は神業的じゃなかろーか?何せ、時の第二次山本内閣が発足したのが9月2日…ええ、関東大震災の翌日なんですよ…そこに内務大臣として入閣したのが後藤新平で、しかもこの山本内閣この後四か月で瓦解する訳で、帝都復興案は何とこの四か月の中で出来たものなんですよ、奥さん(誰?)その間に復興計画から予算可決までしちゃってんですよ、後藤は…ちなみに彼曰く「復旧などではなくて、これから復興だ」だそな…

 今時、四か月で出来る政治家などどこにいるのだろーはともかく、この手の反対意見というか、足をひっぱる人にはことかかないのは昔も今も同じと見えて「枢密院や二大政党の長老政治家は、首都の復興という国家・国民の一大事を放り出して、政争を優先させた」そな(笑)ちなみに帝都復興審議会の閣外委員は、高橋是清、加藤高明、伊藤巳代治、江本千之、渋沢栄一、和田豊治らが名を連ねていたそな…でもって「帝都復興計画の政府原案を支持する発言は閣外委員から誰一人出なかった」そな…

 で、これまた主な理由が「国民に人気があり、政策実行能力があり、外交もできる実力者が大統領的な超然内閣を組閣する事態は、政党指導者にとっては悪夢であった。帝都復興という国家・国民の一大事、生命の安心よりも「政治的嫉妬」を優先させた嫉妬の根深さを楽天的な後藤新平は甘く見ていた」とな…国民の生活が第一、ふふふふふふ…

 そしてまた議員せんせー達も「長期的な視点で国家の大計、国民の将来を考え、東京の将来像を考える意識は希薄であった。貴族院では阪谷芳郎が復興予算の縮小に反対し、政府原案を支持したが、これは孤高の演説であり、貴族院の多数派は復興予算の削減に回った」とな…これに対して内閣総辞職で真を問うを回りがすすめるも後藤はこれを受託。理由は「議会解散や総辞職をしてしまうと、帝都復興予算の確定は、どう見ても半年は遅れてしまうからである」政争の人災で国民にこれ以上の待ては出来ないと…もはや誰がための政治状態ですか(笑)

 かくてビアードの書簡なんかは涙なくては読めませんの世界か?「世界の眼は皆、後藤の上にある」の件は正義と良心の心の叫びかも…まさにどけんとせんといかんで、どげんは出来ているのに…

 都市計画というのは、後の災害・復興にも影響を与えるものなのだなぁとゆーのが、うかがえるのが「震災のいろいろいな体験はありますが、一言だけいっておきたいことは、復興に当たって後藤新平が非常に膨大な復興計画をたてたが…もし、それが実行されていたらば、おそらくこの戦災がもう少し軽く、東京あたりは戦災は非常に軽かったんじゃないかと思って、今さら後藤新平のあの時の計画が実行されないことを非常に残念に思ってます」でしょかねぇ…ちなみにこれを言ったのが昭和天皇(1983年)…実感こもっていると思うのは気のせい?

 さて、後藤は四か月でなしたと…そして今、東北大震災から1年半が過ぎていこうとしています…教訓は生きていると信じたいけど、さて現実はどーなんでしょ?未だに本当に必要なんですかぁーじゃないよね(笑)

 目次参照  目次 庭園・建築

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