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2012年10月 6日 (土)

平家なり太平記には月も見ず…

今、日本人に知ってもらいたいこと  金子兜太 半藤一利  KKベストセラーズ

 俳人と作家の対談集という事でいーのかなぁ?ある種昭和生き字引という気がしないでもないけど(笑)取りあえず、俳句では杉森久秀門下生という事で同門の士という事になるんだろーか?この日まで面識、ほぼなかったみたいだけど(笑)そしてお題は二人の半生という事になるみたいなんですが、メインはWWⅡと戦後かなぁ?金子氏の方はトラック島で将校を、半藤氏の方は東京大空襲の経験をしているという…

 で、先の東日本大震災についても触れていて、「福島の原子力発電所の事故が問題となる前、最初の津波が襲ってきたときの宮城県や岩手県の町の様子は、東京大空襲そっくりでした。昭和二十年三月十日、焼け野原に立った私が、呆然としながら見た光景と同じでした」(@半藤)三月の悪夢、もしくは悲劇、経験者は語るでしょか?

 「真面目な話、今回の地震では独占企業の東京電力の責任が非常に大きい。技術に自信を持って「まあ大丈夫だ」くらいに思っていたんじゃないですか。甘い。国民がバックにいるのだから、原発を造るときは防護施設をもっと厳密に考えなければいけなかった。このこと、うんとくどく、くどく言いたいんだ」(@金子)と金子先生も声を大にしておられます…更に「東京電力が福島第一原発で想定していたのは高さ5.7メートルだったというんだが、実際に来たのは14、15メートルもあったというでしょう。これでは備えが甘いと言われても仕方がない。「想定外の津波」なんていうのも単なる責任逃れに見えてしまう」(@金子)とな…

 でまぁ、この手の話は1000年に一度とか、前例が無いと開き直るのが常道なんですけど、「江戸時代には慶長16(1611)年に「慶長三陸地震」がありました。このときにも20メートルの津波が起こり、二千人から五千人の死者が出たと言われています。明治29年6月15日の明治三陸地震でも30メートルを超える津波が押し寄せた。マグニチュード8を超える巨大地震でした。だから、予測できなかったということはないんですよ」(@半藤)だそーで、ついでに言うと昭和8年にも三陸で地震はあったとな…

 アリス的に作家の対談と見るならば、関係ありなのかなぁ?地震関連のとこは、蝶々と残酷なになるだろーけど…大阪的に見るならば2.26事件の件でしょーか?東北の貧困との対比で見方が違うと…当時をどう見ていたか?は地方出身者と、東京者と、大阪人(ここでは司馬遼太郎が例として出ていますが/笑)では受け取り方が違っていたみたいです…

 生きた昭和史なんですが、本書のメインはやはり太平洋戦争の辺りが何とも…ある種体験談ですからねぇ…迫力が違うんですよ…もーここは本書をドゾ。何から何まで目から鱗かもしれないかなぁ?淡々と話していらっさるので、さらっと読めるんですけど、このサラっは良く考えるとこあいよな…一例としては、長崎のお話のとことか…

 「原爆が投下された山里という爆心部は、隠れキリシタンが大勢いる場所なんです」(@金子)、「原爆投下命令というのは、必ず目視、つまり目で見えたところでやれということだったんです。下が見えないところでのレーダー攻撃は駄目だとの命令だった。確実に市街地の上だということを確信しなければいけなかったんです。つまり、原爆投下は、原爆がどれくらい効果があるかということを試すための実験なんですよ」(@半藤)てな訳で晴れ間のあったとこに落としてやんよ、と…

 「(当時)アメリカは原爆を三発しか所有していません。でも、一発はロス・アラモスの実験で使っちゃいましたから、残りは二発しかない。だから、実験材料を集めるために、何が何でも落としたかったんです」(@半藤)「広島の場合も長崎の場合も、後からちゃんと一機ついています。その飛行機が確認のための写真を全部写していく。だから広島も長崎も実験場なんですよ」(@半藤)うわー…

 経験者は語るでしょか?繰り返しますが、詳細は本書をドゾ。さて繰り返すで歴史は繰り返すとゆー事か(笑)編、今回の地震について石原都知事のお言葉「津波を利用して我欲を洗い落とす必要がある。日本人の心のあかをね。やっぱり天罰だと思う」が巷を賑わせましたが、関東大震災の時の渋沢栄一のお言葉「大正デモクラシーを謳歌して、みんなが贅沢になって真面目さを失った日本国民に対する、天譴だ」とな…政財界って…

 ちなみにこれに対して芥川龍之介のお言葉「天災は人を選ばず関係なくやってくる。だから地震が天罰であるとは何事か」と反論なさっていらっさる、と…かくして「また都知事が上から目線でものを言っているぞと思いましたけど、都知事本人は、かっこいいことを言ったと思っていたんじゃないですか」(@半藤)に、「現地の人の苦労はぜんぜん頭にないわけですからね。私は彼にボケが来たと思いました」(@金子)事件は現場で起きているんだぁーってか(笑)

 原発についての見解も「政府と東京大学を中心に、官学は原発賛成派ですから、それに電力会社がくっついた。いわゆる「原子力村」という極めて少数のエリートたちのグループができ上がる。当時、ちょっとテレビで反原発を言うと、たちまちテレビ局に抗議が来ていたほど、原発への動きは凄まじかった」(@半藤)「王国を作ってしまいましたからね。推進派の仲間同士で集まって、原子力王国をね。私にはちょっと昔の陸軍の参謀本部作戦課が集まったように見えますよ」(@半藤)特権階級万歳ってか(笑)

 更に続いて「今回の「認識の甘さ」に対する問題は二つあります。一つは、大地震と大津波が来てすぐに「原発がやられた」と認識できるにもかかわらず国も東電も後手後手に回ってしまったことです」「もうひとつの問題点は、地震以前からの設備に対する安全神話を信じ切ろうとしていたことです」(@半藤)確信とは何かってか(笑)

 とまぁ地震と原発についての件も名言の嵐なんですが(笑)これからのまっとーな日本人への提言というか、危惧というか、老婆心というかで「この地震の後、先行きの見えない不安感と、絶望感とまで言わないまでも、国民に「気力がわかない」そんな無力感という風潮が起きました。こういうときは、強い力に対する信仰が非常に出てきやすいんです。これは注意しなければならない」(@半藤)と、「日本人というのは、今回の大地震でも証明されたように、忍耐強く、礼儀正しく、相手を思いやる非常にいい感性の持ち主で、優しい民族なんですけど、半面、すぐに同調する。それが怖いような気がしますね」(@金子)も至言なんですが…

 本書で一番の究極のお言葉は「実は、「後の人が歴史から何も学ばない」ということが歴史の最高の教訓なんです」(@半藤)ですかねぇ…

 目次参照  目次 文系

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