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2012年10月21日 (日)

ですかばーえど?

江戸切絵図散歩  池波正太郎  新潮社

 日本人なら知らない人はいないだろー昭和の大作家ですが、昭和に生きたというより、江戸に生きたと言うべきか?むしろ、サムライに生きたと言うべきか?まぁ、日本の男が漢だった頃の話か?古き良き日本ってか?

 何となく、著者の記憶と記録をたどる旅みたいなノリですが、多分、著者の生い立ちと著者の作品をご存じの方にはこたえられない本じゃなかろーか?江戸の昔の古地図を片手に、東京を歩いて江戸を偲ぶ…殆ど跡形もなくなったよーに見えて、薄らと残っているものもある、と…

 それにしても江戸って江戸氏からきているんですね…基本の基が分かっていなくて情けなやぁーなんですけど、「江戸は、鎌倉時代から南北朝時代にかけて江戸氏のものだった。江戸の地名は、これに因る。江戸氏が滅びた後、およそ百年にわたって放置され、草深い片田舎になってしまった」そーなんですよ、おぞーさん(誰?)

 東京も浮き沈みの激しい街だったのか?うーん、街に歴史ありだなぁ…太田道灌の前にも色々あったんですねぇ…そんな江戸に、家康がやってきたと(笑)

 アリス的に東京というと、神保町を中心に見てしまうんですけど、本書によると神田一帯というのは、大名と旗本屋敷ばかりなりの世界か?「神田というところは、もとは樹木の茂った台地であったのを、江戸に移って来た徳川家康が、家来たちの屋敷をかまえさせるために、台地を切りくずし、整地して、武家の町としたのだ」そー…ちなみに文人御用達ホテルの山の上ホテルは、土屋邸址ではないか?とな…

 後アリス的というと201号室で高田馬場とか?こちらは、安兵衛の駆けつけですか(笑)現実的に八丁堀から高田馬場までってまずありえなーいの話になるけど、芝居としてはうってつけだもんねぇ(笑)18人伐りというのも…後は本書的には品川で潮干狩りって事で、ダリ繭ですか?とか(笑)四風荘で神楽坂とか?「神楽坂の名は、市ヶ谷八幡宮の祭礼になると、神輿が牛込御門の橋の上へ、しばらくとどまって神楽を奏した、そのことから名づけられたらしい」そーな…分かり易いのか?それにしても神楽坂は山の手の盛り場だったそーで、だから芸者さんがいるのか?

 お神輿の話が出てきたので、昔のというか、戦前の三社祭りなんかの神輿って、今と違って相当に大きかった模様…「いまの神輿は、みんな、むかしの子供神輿だ」そーで…だから事故ると命にかかわるとゆー事なのか「子供のうちから、祭りのたびに、神輿の担ぎ方、手の振り方、足の踏み出し方、掛け声の出し方を、大人たちから教わったものだ」そな…かくいう訳で女子供の出番じゃねぇーとゆー伝統だったのに、「女が、神輿を担ぐようになったのは、太平洋戦争の末期から、戦後にかけて、祭りの神輿を担ぐ男たちがいなくなってしまったからで、初めに神輿を男たちに代わって担いだのは、柳橋の芸者たちだったと聞いたことがある。ほんとうだろうか…」歴史の証言ってか(笑)

 それにしても江戸も川の都市だったのか?川というか、水辺の話がよく出ているよーな?そんな訳でこの手の地元の話は郷土自慢にも行きつく訳で「深川は、イタリアのベネチアに比較してもよいほどの水郷であった」(@深川区史)もあったりして…

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