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2012年11月 9日 (金)

21世紀の命題?

完全な人間を目指さなくてもよい理由  マイケル・J・サンデル  ナカニシヤ出版

 サブタイトルが、遺伝子操作とエンハンスメントの倫理なんですが、うーん…どーゆー本かというと、論文的には覚書といった軽い感じかなぁ?事の起こりが、2001年に大統領生命倫理評議会のメンバーに任命されたとこかららしーので、むしろ意見書みたいなノリの方が近いのか?取りあえず、何事も自分の旗色を鮮明にしないといけないお国柄ですから、オレはこー思っているけどという認識かなぁ?本書の解説によると、この委員会で出したレポートにメンバーとして名は連れねているけれど、本書と微妙に意見が違うらしー…こーなると米での全会一致ってまずねぇーんじゃねぇ?と疑惑も深まるが(笑)

 さて、遺伝子操作は身近か?と言えばパンピー的にどーだろー?と思いつつ、むしろここでのエンハンスメントという言葉の方が聞き慣れていないよな?これまた解説によるとエンハンスメントとは「健康の維持や回復に必要とされる以上に、人間の形態や機能を改善することを目指した介入」だとか…改造というより強化にするとピンとくるとか?肉体強化、脳強化とか?これを遺伝子段階、細胞段階でやっちまえという事らしー…

 これは勿論、今生きている人もそーだけど、これから生まれてくる人にも対応可能というより、そっちが本腰か?と(笑)所謂、デザイナーベビーですか?容姿は勿論、能力も、疾病もお好み次第ってか?性別なんてちょろいぜとか(笑)

 で、問題提起、人にそれは許される事なのか?どーか?それが問題だ、全くだ、と(笑)

 アリス的にこれは海老原先生の出番でしょか?うーん、技術的問題はおそらく近いうちにクリアされるんだろーなぁと思いまする。人って奴は頭に思い浮かべた事は実行せずにはいられない生き物なので、倫理的にどーこー言おーと止まる事はまずないよーな?それは原爆で実証済のよーな気がする…実際、作成して、使って、反省したどころがドンドン作ったれぇーの世界ですからねぇ(笑)建て前上は削減しますと言ってますが、その実は拡散してるやんけだし…

 かくして、遺伝子操作もエンハンスメントも、一昔前にあった脳死問題のよーに、騒いで進む道一直線の気がしないでもないですけど、これに対して本書はその良心というか、建前ですよね…突き詰めていったら、どーなるのか?社会的コンセンサスとは何か?ある種、何事にもこー線引きをキチっとしないといられない欧米か?(死語?)な態度にも頭下がりますが(笑)

 詳細は本書をドゾ。お題がハードなわりには、非常にコンパクトな本なので、この手の本にしてはサラっと読めるお話だと思う(笑)サンデル先生の偉いところは、どんな話にも現実のエピソードを交えて実践的お話なさるとこかなぁ?理論は実態を引き合いにだして、さぁ、どうだ?とつめよる辺り策士です(笑)おかげでイメージしやすいというか、分かりやすい文章になっているよな?哲学論文の抽象概念だけで、何じゃそりゃにはなっていないと(笑)

 考えよーによっては、非常に身近な話題でして、明日の自分かもしれないんですよね…病気治るのは嬉しいけど、生まれた自分以上の自分になれるかもしれない…はともかく、赤ちゃんの場合は自然に生まれる自分以上に生まれてくる事が出来るかもしれないんですよ…じゃ自然に生まれるって何?となって体外受精は自然なのか?と今までのそれも見直さないといけない時がきたという事でしょーか?

 出来る事が増えた、選択肢が増えた、単純に手を出していいのか?否か?灰は灰にではないですけど、胚は胚になのか?研究目的で使用する胚とは、何ぞや?のとこも、それぞれに言い分は重いだろーし、みよーによっては空回っていると…「自然妊娠では全受精卵の半分以上が着床に失敗するか、もしくはそれ以外の形で失われてしまう」とな…とすると「もし初期胚の死が自然な生殖過程の中でもありふれた出来事なのであれぱ、不妊治療や幹細胞研究の中で胚が失われることについても、われわれはさほど思い悩む必要はないのではなかろうか」とまで言い切る事もできると…

 しかし、胚に人格があるとしたらそれは嬰児殺しに等しい行為という事になるのでは?となり「自然な胚の喪失に対するわれわれの反応のあり方が示唆しているのは、われわれはこの出来事が道徳的または宗教的に見て嬰児の死亡に等しいと考えていない、ということにほかならない」とな…ここでの違いとは何か?と切り込むとこがアレだよなぁ?

 詳細は本書をこれまたドゾ。なんですけど、こーして皆出来るよーになったら、そりゃ金で全てが買えるのかぁー?もありですけど、むしろそーなったら皆理想というか、究極を目指して結局金太郎飴みたいに皆同じになりそーでこあいんですけど(笑)

 まぁ本書はそれ以前に、現実として「ヒトの生殖目的でのクローン技術利用の禁止、実験室で胚を成長させてよい期間の穏当な制限、不妊クリニック免許制の導入、卵子や精子の商品化への規制、所有権を振りかざした幹細胞株の入手経路独占化を防止するための幹細胞バンクの設立」ですかねぇ…まさに反対と賛成の間で、なんでしょか?または恩恵とリスクの間で、なのかなぁ?まぁここでもサンデル先生だからという訳ではないですけど、正義とは何か?なんですかねぇ…人として正しい行いとは何か?となると、道徳と倫理の落ち着き先はどこ?になるでしょかかかか…

 そういう意味でも今年のノーベル賞の意義は重かったとゆー事になるのかなぁ?

 目次参照  目次 文系

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