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2012年12月18日 (火)

グレートだぜ(笑)

ローマ人の物語 7 勝者の混迷 下  塩野七生  新潮社

 国が大きくなるという事は、こういう事さ、という事なんでしょか?上巻だけでも内患憂慮といった感が大きくて、それを何とか乗り越えたに見えたローマ帝国でございましたが、一山超えたら、派閥争いが始まって終わらないでござるの巻か(笑)さて、本書は紀元前92年から63年位までのお話となります。

 まず舞台に登場するのは、ポントス王ミトリダテス…ある程度実力があって野心家の王様って火種しか頭にないのか?と思いたくなるんだが(笑)ローマで同盟者戦役が立ち上がったと知るや戦いの狼煙を上げちゃうんである…と外はこんなだが、内はマリウスが追い出されてスッラ入国という、武力によるローマの争奪戦が始まったよな…

 結局、マリウスの失業対策であった職業軍人化は、後の歴史家が吐き捨てたよーに私兵化していってしまうと…シビリアンコントロールのきかない軍隊のありかたなんて…語るまでもないよーな…そして、マリウスとスッラの血みどろの戦いもどきになるのかなぁ?どちらも私兵がついていくと…元老院なんて聞く人いるのか?の世界か?

 紆余曲折の詳細は本書をドゾ。取りあえず、政権奪取に成功したのはスッラだったという事に落ち着いて、スッラによって古き良きローマ体制に戻ったよーに見えたはずだけど、スッラ引退、死亡の後に全てが覆る事になるとは、とは(笑)

 アリス的にローマは、まぁ作家としては恰好の題材のよーな気が(笑)サッカーには人生の全てがあるという名言があるんですが、ローマには国の全てがあると言って過言ではないよーな?国として思い当たる節があり過ぎる(笑)こー言っては何だけど、よく言えば男のロマン、悪く言えば男のエゴの物語のよーな…皆、自分がトップになりたい権力欲と、己だけが信じている正義感と、野心ばかりなりな気が…だからか、もー戦ってばかり、外に敵がいれば、軍団送ってドカーンと、平和になれば内政問題の主導権争いでドカーンと…派閥って男性の業病だと思うんじゃ(笑)

 さて、軍隊の力を背景にして何とか昔みたいに…やや無理があるけど…何とか平安が戻ったよーに見えたローマもスッラがいなくなって早くも物事が瓦解していくと…それも反スッラ派じゃなくて、親スッラ派の争いによって…そう、残された主力メンバーがこれまたNo1を目指して戦うとな…ええ、派閥争い勃発ですよ、奥さん(誰?)

 そして、外ではスペインで戦いが、そして半島内ではスパルタカスの乱が、ええあの拳闘奴隷のスパルタカスですよ。更にオリエントも続行中…かくして軍団派遣しなくちゃで、勝たねば困る…でも勝つと軍が力を持つ事になって、そしてスッラの部下達というか、後継者達がのしあがってくる訳です…ポンペイウス、クラッスス、ルククス…名前だけはどっかで聞いた事あるなぁな歴史的有名人でしょーか(笑)

 詳細は本書をドゾ、なんですが、ルククスは気の毒な人かなぁと…才能というか、能力は多分この中で一番あったと思うんですけど、教養もあったし…ただ人望がなかった…とかく出来る人は判断基準を自分の基準で判断するから、ワトソン君の群れ的な兵一同以下は理解できないというか、ワトソン君ならそれでもホームズ凄いとなるけど、どっちかというとレストレードの群れだから成功しても反感買うという空しさ…まぁ本人は気にせず後に政治からも手を引いて悠々自適の引退生活に突入するんだけど(笑)ちなみにルククス式というのは現代でも通用して、豪華な美食の事を指すそーな…これだけでもルククス、後のローマ皇帝への一里塚か(笑)

 本書は最終的にはオリエント平定をポンペイウスが行って、一応幕が下りた気がするんですが、次巻を待てなのか(笑)何もかも掴んだかに見えて、自らザ・グレートと名乗る男って…まぁ若いし、野心満々だし、挫折した事ないし、で世は全てこともなしとか(笑)

 本書的に一番かわいそーというか、狂言回しになったのはスッラのよーな気がしないでもないが、敗戦の王、ミトリダテス六世でしょかねぇ…最後は毒を煽って自殺する事になるし…そしてそのミトリダテスから見たローマとは「ローマ人は昔から、他国との戦争をたった一つの目的でやってきた民族であった。富と領土への、限りない強欲がそれだ」と手紙に書いているそな…戦いには負けた方にも言い分はあるんですよ、おぞーさん(誰?)

 ただ、対する常勝といっていいのか、取りあえず勝っているローマ側からすると、「アジアは、われらがローマによって、果てしがなかった対外戦争と国内の内紛状態から、救い出された事実を直視しなければならない。そして、アジア人がもつ富の一部が、ローマの覇権体制の維持に要する費用として犠牲に供されようと、苦情を言ってはならないのである。なぜなら、この種の犠牲は、この地方の恒久的な平和をもたらすために、必要な経費であるのだから」(@キケロ)と言い切っておられます…何か2000年後のどこぞの大国の科白とたいして変わらない気がするのは気のせい(笑)

 もう一つ、現代につながる話しとして聞いていいんだろか?のオリエント観…「中近東が一致団結しないのは、現代にはじまることではないのである。オチデント(西欧)での同盟とは、弱い国を味方にして強国に対抗するものだが、オリエントでは、強い国の味方となって弱い国を倒すものなのである」とな…いやー勉強になるなぁ…おみそれしましたとしか言いよーがないよーな…日本が甘ちゃんだと言われる訳だわ(笑)

 さて、最後に本書で一番ハーヘーホーと感心させられたとこを一つ…「はじめに断っておかねばならないが、イエス・キリストは、人間は「神」の前に平等であると言ったが、彼とは「神」を共有しない人間でも平等であると言ってくれていない」とな…とゆー事で古代から中世へと続くキリスト教圏で「奴隷制度の全廃はしていない」とな…「キリスト教を信ずる物の奴隷化を、禁止したにすぎない」って…事は…「ユダヤ教信者を強制収容所に閉じこめるのは、人道的には非でも、キリスト教的には、完全に非である、と言いきることはできない」って、どーよ…

 信教に関係なく人間には人権があるとなったのは18世紀の啓蒙思想からで、奴隷制度の廃止の法が成立した最初が英の1772年からというから…人類史の中では奴隷制の時代の方が遥かに長いという事なんですねぇ…「法律はできても人間の心の中から、他者の隷属化に無神経な精神までが、完全に取り除かれたわけではないのである」というのは、21世紀の今となっても考えさせられるお言葉ではないかと…

 目次参照  目次 文系

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