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2012年12月 7日 (金)

ひかえおろぉ~(笑)

時代考証おもしろ事典  山田順子  実業之日本社

 サブタイトルが、TV時代劇を700倍楽しく観る方法なんですが、ある意味テレビ時代劇のカラクリかなぁ?時代劇系を見ていて、その通りとうっかり信じちゃうと危ないよ、という事か?現実とフィクションの区別がつく人が視聴してくらはいというのが建て前で、その実、幾ら時代考証の担当がつこーとも、予算の前には無力なんじゃーとゆー話しのよな(笑)

 で、本書では戦国時代から江戸時代までの、時代劇嘘ホントが掲載されている感じか?時代劇的にはこの期間のものが多いとな、という事は間違いも多いとな(笑)「たとえば江戸時代と言っても、二百六十五年間もあります。その間、政府や制度は大きく変わらなくても、人々の生活は変化しました。それを無視して、ほとんどの時代劇が江戸時代後期の文化文政ごろの生活をモデルにしています」それに気づくのがリテラシーって奴ですか(笑)

 ちなみに、時代劇のキャスティングってスタッフは「できれば(顔の)似ている俳優を抜擢したいと考えます」なんだそーな…てっきり有名俳優というか、人気のある俳優、視聴率とれそーな俳優を並べているのかと思ってたので、ちょっとビックリしました(笑)製作サイドって、予算と視聴率しか気にしてないのかと(笑)

 予算的には戦国時代物はそれなりに大変らしい…「美術スタッフは頭を抱えます。それはまず、何より美術予算が江戸ものの二倍くらいはかかるからです」だそな…甲冑のレンタル料ってそんなに高いんだ?それに本気で時代考証するなら全部新調しないといけないし…そんな予算はありませんってか(笑)

 アリス的に時代劇…うーん…太閤さんのなら見るのかなぁ?とはいえオノコロ島で文楽が出てきて、その手の話しとなればアレか?そーいえば海奈良でも近松話題に出ていたっけ?

 アリス的というなら大阪の表記…明治以降大阪となったので、それ以前は大坂とするそーな…ちなみに古来は「をさか」と呼ばれていたんだとか…大阪の道もそれなりにあってなって事ですか(笑)

 後アリス的というと、饅頭とカステラかなぁ?ちなみに饅頭は鎌倉時代、禅僧によって伝えられたそーで、その頃は餡なしの酒饅頭のガワだけみたいなノリだったらしー…室町に入ってから中にいろんな餡を入れるよーになった模様…カステラなんかは戦国以降という事になるんだろーし…お砂糖万歳ってか(笑)

 後はホテル系のとこで、本陣、旅籠、木賃宿でしょーかねぇ…本陣は大名や幕府の役人が泊まるとこ、旅籠とは馬の餌がいる宿の事を意味するんだそーで…武士は戦いの為に移動するとなれば馬じゃけんで、馬の面倒をみれる宿というのが必須という事に…ちなみに人一泊より馬一泊の方が二倍も高かったそーな…今も昔も馬ってセレブの世界だったんですねぇ…

 それにしても、舗装道路でないという事は足は常に汚れていた…という事なのか?時代劇で時々出てくる宿屋の上り框で桶に水で膝下洗っているアレは、日常どこでもやっていたとな…基本、日本の家に上がる時は足を洗うとゆー事か…だから、武士なんかだと登場する時は勿論、他家を訪問する時も足袋持参(中間が挟み箱担いでついてきた)、訪問先の控室で足袋を履きかえるのが常識だったと…時には着物も着替えたとゆーから…どっか行く時は一人じゃいけねぇーとゆー事なんだろか?ついでに言うと迎える方もそれだけのスペースを用意してないといけない訳で…昔のそれなりのお家って結構大変そーだよなぁ…

 寿命についても、人生五十年の信長かぁー?の世界でいたら、乳幼児死亡率を加えなければ江戸時代だとだいたい六十歳位だとかで…幕府の役職の定年は七十歳だったとか…七十歳にならないと自動的に隠居できないとな(笑)昔の年寄の方が働いていたんだろーか(笑)

 さて、時代劇というと越後屋とお代官様ですが、賄賂といったら茶坊主とか、公務員系はどこもそれなりに袖の下もとい差し入れを貰っていた模様…こーゆーとこは今も昔も変わりなしなんだなあー(棒)チップ制というか、お礼は大切にね、ばい忠臣蔵かもしれないけど、細かく衣装指定が決まっていて分からんからと「家臣を指導役の高家に習いに行かせる大名もいました。ただし、そのお礼が高かったので、江戸後期になると呉服屋がお得意様サービスとして、着付け教室のようなものを開いて家臣に教えていました」って…

 時代劇というと、これまたよく出て来るのがお奉行様なんですけど、アレって警察機構というか、検察機構というか、司法関係のとこかと勝手に思っていたら、その実奉行の仕事って経済関係が多いとな…貨幣とか、商業統制とか…今でいうと財務省とか経産省とかの方なのかなぁ?

 さて、本書は豆知識も満載で、例えば陣笠…これ鉄板でできていたんですけど、帽子というかヘルメット的なソレもあるんですけど、バケツとか、飼い葉桶とか、鍋の代用もした模様…さすが戦場ってか?後戦場でこあいのは、近所の農民…「負傷兵の甲冑や刀を狙って襲いかかることです。その有名な例が、農民の竹槍に倒れた明智光秀の最期でしょう」って…戦場では弓の構え方も、いわゆるあの弓道的なそれではなくて、下向きに構えて打つ時だけ半身をさらすみたいな実践的な打ち方だった模様…

 また倭寇についても「最近の研究では「倭寇」の行為のほとんどは日本の海賊ではなく、その多くが「倭寇」に便乗した中国の海賊だったそうです」って…今も昔もそゆ事なんですよ、奥さん(誰?)後はこれまた定番の忍者…黒装束の忍者なんていませんって…それは夢が無くなるよな…「必要なのは偵察に行く地方の言葉や、風俗などの知識です」とな…

 後、面白いのが正座…家光からの話しなんですねぇ…正座とは膝を屈する事で、これってかなり屈辱的な事だから身分が低い者でもめったにしない動作だった模様…だから、御座か立膝、女性も立膝…うーん、家光ェ…も一つ面白いと思ったのはヒゲ…生えてる場所で漢字も違うんですよ、髭なら鼻の下、髯なら顎、鬚なら頬…うん、使い分けが大切です(笑)

 とまぁ、ほんのさわりだけなんですが、他にもたくさん出て来る出て来る(笑)詳細は本書をドゾ。という事で個人的に一番ハーヘーホーと唸ったとこは、乗馬の仕方…今だと馬に乗る時って馬の左側に立って左足を鐙にかけて右足がまたぐのが普通なんですけど、江戸以前は馬の右側に立って騎乗していた模様…理由は簡単で、左腰に刀があったから左から乗ると刀が落ちる危険性があったとか…西洋式だとサーベルになってこれも左腰なんだけど、こちらは腰に縦にぶら下がっているから右から乗ろうとするとサーベルが馬の胴にぶつかって乗れないとゆー事になりかねないと…

 物事には何事も理由があるもんだなぁと納得の今日この頃ですが、実はこの乗馬の作法についてクレームの電話がやってきたそーで「NHKが嘘をついた。武将の馬の乗り方が違う。わしは軍隊で実際に馬に乗っていたから知っているんだ」とな…仕方がないので上記のような説明をしようとすると「相手は「女に歴史は分からん、男を出せ!」と譲らないので、男性スタッフに説明してもらいました」とな…時代は21世紀なんですよ、今だに保科正之なんて、老害について考える今日この頃ってか(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

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