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2013年2月23日 (土)

統治システムを賭けた闘争(笑)

ローマ人の物語 10 ユリウス・カエサル ルビコン以前 下  塩野七生  新潮社

 紀元前53-49年の一月十二日までが本書の流れなんですが、まさにタイトル通り、ルビコン渡河の日までですね…クレオパトラとか出てくるのはルビコン以降の話しなので、パンピーが思い浮かべるカエサル像というのは、この日から後が主な気がしないのではないのですが、このルビコンを渡ろうの日で、カエサル50歳と半年位ですから、今までの半世紀を思うとこれまた何とゆーかのよーな、カエサルはつくづくクレッシェンドな人生の人だったんだなぁ(笑)

 で、まず紀元前53年のカエサルはまだガリア戦記の真っただ中でございます(笑)こちら戦いに次ぐ戦いで、人数的には少ない人員で勝っているカエサルの手腕には頭下がります。カエサルも凄いんですけど、ついていくローマ兵達も、これまた凄い…一枚岩で士気が高いとか、よく訓練されていて実践も経験しているつわものどもとかもあるんですけど、何が凄いって工兵としても当代一流どこだったとこでしょーねぇー…

 とにかく、大河を渡るとなれば橋かけちゃうし、砦に塹壕どんと来いだし、しかもその場で兵器も作っちゃうというマルチ振り…とにかく兵糧以外は自己完結できる人達の群れといったとこじゃなかろーか?そこに天才的な司令官がやってくれば鬼に金棒だよね…敵地で劣勢にもかかわらずほぼ連勝というのは、なる程な人たちだったのだと…

 さて、カエサルはガリアで頑張っている中、ポンペイウスはスペインに対しては部下に任せて統治してまする、一方シリアへ行ったクラッススはどーなったかというと…ほぼ全滅していたのでございます…

 アリス的にローマ…当時アリスが生きていたら、カエサルに同行して紀行記でも書いているだろーか?それともローマに残って、市内について書いていたのだろーか?はともかく、カエサルのガリア戦記といい、内乱記といい、カエサル自身が執筆者としても随一だからなぁ…ついでに言うとガリアに滞在中にも余暇に文章読本とか書いている人なんですよ、カエサルってば…軍人でもあったし、政治家でもあったけど、文人でもあったと…もの凄い教養の人だったのだなぁ…

 さて、クラッスス、本来なら当時一番文化度が高かったオリエントに赴任した司令官のはずだったのですが、しかも本人もローマ帝国内で一番の金持ちと言われた男なのに、金勘定は出来ても軍を動かす事は出来なかったという事か?まぁ経験がないからとカエサルからもポンペイウスからも有能な人材をかなり割譲されていてこのていたらくですからねぇ…

 敗因は幾つかというかいぱーいあると思いますが、敵方のパルティア国の将というより青年貴族、スレナスが天才的な軍事家であった事もあるかもですが、軍団が足りなければ自費で確保するのが常なんですが「金持ちとは自腹を切るのが不得手な人種でもある」と、これをケチったんですね…更に神殿の財宝とかも略奪しちゃうんですよ、勿論、軍団の風紀というか、民度も下がり果てると…更に一番の問題点は、クラッススに人望が本当に全くこれっぽっちも無かったことですかねぇ…

 人望がない司令官としては前にルクルスがいたと思うのですが、それでも戦闘というか、軍事はうまかったというか、勝っていた訳ですけど、クラッススの場合はそれさえなかったと…だから戦闘でいざ劣勢になったら、総崩れ、司令官なんて見捨てちゃえの人まで出てしまうと…かくして三頭政治の一人が死に、二頭の時代がやってくると…

 まぁこの敗戦は歴代ローマの敗戦の中でも四本の指に入る事になる不名誉さみたいです。その他は何かというと、ケルト人による首都占領(紀元前390)、カウディウムの屈辱(紀元前321)、そしてハンニバルとのカンネの戦い(紀元前216)だとか…尤も対する勝利者側も暗殺されるんですよ、それも「スレナスの名声が自分をしのぐのを怖れた王オロデス」によって…どこも権力者は半端ねぇ…

 そして権力といえば、それにしがみつくことしか能がないんではないか?の元老院の皆様方も、反カエサルの旗の下暗躍しつつある訳です(笑)カエサルのガリアでの戦いについては詳細は本書をドゾ。とにかく、カエサルの戦い方は最小の犠牲で最大の戦果を得るという実に合理的というか、分かり易い戦闘を行っているよーな?アレシア攻防戦は圧巻かなぁ?ヴェルチンシェトリックスはガリアではなくローマに生まれたなら常勝将軍になっていたかもなぁという人材…内部分裂が常のガリアの中では珍しい人だったよなぁ(笑)彼的には敵がカエサルだったのが一番の不幸か…

 さて、そろそろカエサルの任期の期限も迫ってくるとなれば、元老院的にはポンペイウスを抱きこまないとね、の世界が展開中…それにしても、ローマに帰国してからのポンペイウスの腰の据わらなさはいったいどーした事なのか?何とゆーか、虚栄心というか、人からいい人に見られたいというのが一番にもたげるよーになると、人間こーなるのかなぁ?軍人としても特大級の人だったし、正直者かもしれないけど、国とか世界とか、国民とか政治とか、今後のあり方とか、マクロ的な視点というかの頭のない人だったのね…なら、いっそ潔くさっさと引退して浮世を遊ぶエピキュリアンになる事もよしとはしなかったと…なら、もー滝にでもうたれていればと、ふと思うが(笑)

 いっそ、野心をもって政界、国政に打って出るというのもありだと思うんだけど、ポンペイウスの場合は元老院に担ぎだされた神輿に過ぎないとこが何とも…本人がどー思っているのか?知らないが?多分、ローマで一番強いのはオレ位に思っていたんだろーなぁ?カエサルを同等とせず、下に見た事、下にある事を望んだ結末がルビコンに続くと…これまた鏡よ鏡の世界か(笑)かくして既得権益を離さない年寄に従うと…ええ、元老院特別勧告発動ですよ、奥さん(誰?)

 さて、豆知識もいっぱいでこれまた詳細は本書をドゾですけど、カエサルによるガリアの国境の線引きは後のフランスの形成にも多大な影響を与える事になる訳で、ライン川のこっちとあっちではそんなに違うのかと「カエサルのおかげで、フランス人が心底では大嫌いなドイツ化をしないですんだことだけは、認めざるをえないという感じだ」って…仏人は右も左も大嫌いな世界なのか…

 アリス的には、叙述の正確さについてカエサルは徹底したと…「意識的な嘘が一つでもあれば、読者は他のすべてを信用しなくなるからだ」とはけだし名言だよなぁ…そーゆー意味では簡潔な人だったのかも?カエサルって…

 と書き出したら止まらなくなりそーなので、後ひとつだけ、本書のこの時期というのはあのキケロの生きていた時と重なる訳で、彼も元老院議員の一人、反カエサル派なんですね…まぁそれはともかく、後世の哲学なんかでもの凄く持ち上げられている方ではありますが、人間性はというと逆境に弱いタイプというか、頭でっかちのタイプだったんですねぇ…今の弁護士を見るよーな感じと言えば分る人には分かるか(笑)それでもキケロを尊敬しますか?とか(笑)

 てな訳で、ルビコン川をカエサルは渡ると…更に長年彼の腹心だったラビエヌスも…まさに賽は投げられた、と…

 目次参照  目次 文系

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