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2013年4月 2日 (火)

市民たちよ、女房を隠せ。禿の女たらしのお出ましだっ(笑)

ローマ人の物語 12 ユリウス・カエサル ルビコン以前 中  塩野七生  新潮社

 ローマ帝国最大のスーパースター、カエサル登場で、そのカエサル最盛期が本書でしょか?時代的には紀元前49年1月から紀元前44年3月まで…何かベートーヴェン的に運命の音が聞こえるの世界か?

 さて、前巻でエジプトを出立したところで終わっていたんですが、それからどこに向かったかと言うと、プトレマイオス・アケ、今で言うとイスラエルのアッコンだそな…で地中海沿いに北上していく行路という事でしょか?よーはポンペイウスのパトロン地をローマの、カエサルの地に書き直していく旅というか、手続きの道とでもいうべきか?オリエントの国々もあるし、あのギリシャもあると…

 どちらかと言うとカエサルは軍事力というよりは政治力で物事を推し進めていく人ではあったけど、いざとなれば力押しも躊躇しない人なんですよねぇ…あの有名な来た、見た、勝ったはこの時のポントス戦だったりする訳で…「パクスとは、優劣なき国々相互の話し合いによるよりも、絶対的に優勢な国による調停とか裁定とか、やむをえないとなれば力で押さえつけるとかで成り立つ確率のほうが高いのが、人間世界の現実である。パスク・ロマーナ、バクス・ブリタニカという呼称からして、この「現実」を示している」となな…

 そして紀元前47年9月、カエサルが伊に戻ってきたと…

 アリス的にローマ…この時代にアリスが生きていたら、どのよーな作家活動をしていたか?気になるところだなぁと思いまする…言論的にはこの時代トップはキケロにしても、何か人間キケロは狂言回しというか、ピエロに見えてくるのは気のせいか?本とか、論としては当代随一の教養人だったかもだけど、人としてどーよ、というと…どーよも出て来ない気が…

 まぁそれはともかく、カエサルが不在の間を任されていたアントニウスも、所詮は軍人であって政治家ではなかったとこもアレですが、カエサル帰国して休む間もなく国内問題を処理し、そして12月27日にシチリアを発って、北アフリカ属州へと残党狩りもとい反体制派を叩きに赴く事になると…今やポンペイウス派の残党は国家の敵となっていたんですねぇ…

 「カエサルという男は、失敗に無縁なのではない。失敗はする。ただし、同じ失敗は二度とくり返さない」という点だけでも、やはりカエサルは天才だったんでしょーねぇ…結果的に、全て最後には勝ちに持っていくんですよ、奥さん(誰?)たいていの人間は同じ過ちを繰り返すものですから(笑)そしてデフレ・スパイラルならぬ負け組スパイラルへと…

 タプソスの戦いでの包囲戦については本書をドゾ。「包囲殲滅作戦とは、アレクサンダー大王が創案し、ハンニバルが完成し、スキピオ・アフリカヌスがその有効性を、ハンニバルに対してさえも勝つことで実証した戦法であった」の一文で、何か分かった気になるのは気のせいか(笑)他に付け加えるとしたらカエサルは現場でのアレンジが得意だった人という事かも?当意即妙とも言うってか(笑)

 取りあえずというか、当然の結果というか、カエサル軍の勝利で終わるのはいいとしても、ここで一つ楔的なモノ事としては、小カトーの自死でしょかねぇ…何とゆーか、人としての小物感はキケロと大差ないと思うんだけど、この最後の自殺とその理由というのが、その後の彼の評価を決めてしまったと…「たとえ、命を助け財産の没収もせず追放にも処さないという善き行為にしても、市民が別の市民の生死を決める権利はないとするのは、法の民であるローマ人にしてみれば当然の理である」を遂行しちゃったと…小カトーは、カエサルや現実につかないで、法に殉ずる方を選んだんですね…死んでも守るべきものがあるとな…ある意味キケロより漢だよなぁ…

 かくして、カエサルは7月25日にローマに帰国、凱旋将軍の御帰還となる訳だったりして…8月5日から凱旋式の挙行となる訳です、しかも四回分…ガリアとエジプトとポントスとヌミディア…まとめて行ってしまえとこの年のローマの八月はお祭り月間という事になるんだろーか(笑)こちらの詳細も本書をドゾ。まぁ飲めや歌えの大騒ぎでございます(笑)

 そして、カエサルの内政改革が実行されると…ここはもー圧巻の一言しかないよーな気がする、とにかく、ローマ史上最大の政治家は多分カエサルではないか、と…短期間で、有用な手を幾つも打てるというのは、今世界中探してもこんな有能な政治家はいないでしょー(笑)カエサルの改革はあまりにも多いので詳細は本書をドゾ。「力強く健全な精神の、まことにローマそのものを体現した現実主義者」というのが現代の研究者のカエサル像らしい…まことにもってごもっともな方だったと(笑)

 終わり良ければ全て良しというのが、現実の相場って奴ですけど、それでも旧勢力というものは「このカエサルの真意ならば、"ノスタルジック"な人々は完璧に理解した。偽善を嫌うカエサルが、自らの考えを隠そうとしなかったからである。だが、理解することと賛同することは、別物なのであった」なんでしょねぇ…ついでにいつもの愚痴大王のキケロは、「かつて政治は、老成した人々の仕事とされていた。ところが今や、誰かと、その誰かの命令で走りまわる若者連中のものになっている。もうこうなったら、老いた情熱のもっていきどころは、庭づくりぐらいしか残っていないのだろう」と毒を吐いていたりして(笑)

 男というのは、というより人というのは、どーしても自分を正当化しないといられないよーで「言論弾圧によって書けないのならば、責任は言論を弾圧した側に帰すことができる。だが、弾圧されたわけでもないのに自主的に筆をとらないとしたら、その責任は誰にも転嫁しようがないではないか。また、自分が一度は剣を向けた人に許され、命を助けられただけでなく高官に任命されたとしたら、それによって感ずる後ろめたさは誰に向けることができるのか」ってそれって逆恨みじゃねぇーの?の世界か?

 さて、そんな私を追い込んだのは誰?となれば、それは天下の独裁官ユリウス・カエサルでございますってか(笑)最早、それは独裁官ではなく王ではないのか?そしてその権力は日に日に増して行き、3月18日にはパルティア(オリエント)へ遠征する事が決まっていたとな…ローマ的には勝たねばならない。しかし、カエサルの権力は止めねばならないとしたら…

 紀元前44年3月15日、ローマにてカエサル暗殺される…

 ブルータス、お前もかの世界にたどり着いた模様…ちなみにキケロは暗殺者の一人バジルスに「おう、何という喜ばしい知らせか。きみに感謝する、きみを愛する。きみも、わたしを愛してくれるべきだ。きみやグループの他の人々がこの後はどうするつもりかを、逐一知らせてくれたまえ」とその日の内に送っていたりするんですよ…これでも後世キケロ学派の人達がいるんだから、世の中って凄いや(笑)

 かくして、ローマは再び、権力の果実を求めてスタートがきって落とされたと…というのが中巻のおおまかな話でしょか?うーん、後十年、せめて五年、カエサルがローマの実権を握っていたらどーなっていたか?それこそ歴史のIFだよなぁ…ローマ的損失は計り知れないものがあるよーな気がするが?それも歴史のIFか…

 さて、アリス的なとこというと、本の形態の初めってカエサルだったのか?ですかねぇ?実はローマの頃は書というと巻物だった訳で、カエサル的には合理的ではないという事で紙切ってまとめての書物にしたれだったのに、当時のローマでは不評で行われなかったとか…造本の歴史は羊皮紙が主流になってからの話しらしい…となるとサンフランシスコ講和条約の時の人々はローマを知らなかったと言う事でオケなのか(笑)

 後、凱旋式の行列のローマ式敬礼…「この式の敬礼は、現代のわれわれでもナチスドイツの記録映画で眼にすることができる。まずはじめにムッソリーニがまねし、それをヒットラーがまねしたからである」って…確かに「軍隊の敬礼としてならば、英米式よりかっこよいのではないかと思う」なんだろなぁ…まぁ形だけじゃどーしょーもないのも歴史の実証済ですけど…ちなみにカエサルのその日の装いは白い短衣に、黄金の胸甲、紫の大マントに象牙の指揮杖、月桂樹の冠、デーハーだよなぁ…しかも伝統だとかで顔は真赤に塗られているそーで…これは相当カラフルなんではなかろーか?

 過去が今に甦る的なとこでは、毎度毎度ローマにたてついてくれるギリシャの平定の時に、寛容を旨としているカエサルも一言言わないではいられなかったというのが、ある意味人間カエサルらしーのか?「諸君は死罪に値することをくり返すのでも有名だが、そのたびに、輝かしい業績を遺した祖先に免じて許されるのでも有名だ」とな…いや、ギリシャって今も昔もコレなのか?ソレなのか?独的にというか、EU的にどーよと思わないでもない、カエサル記念日ってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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