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2013年5月 4日 (土)

現実感覚(笑)

最後の国民作家 宮崎駿  酒井信  文芸春秋

 さて、お題は宮崎駿、何を今更な多分日本人でこの人を知らない人の方が珍しいと思われの著名人でしょか?で、その派生本というか、まぁたくさんあるんだろーなぁと思っていたのですが、本書は…うーん、どゆカテゴリーに入るのだろーか?とちょっと引いているというか、混乱しているというか、伝記的要素もあるにはあるよーな気もするし、作品的要素もあるよーな気もするし、監督自身のコメントなんかについても引用しているので、その時代時代の個人についての要素もあるよーな気もするんですが、総じて平成とは何であったか?なんでしょか?ねぇ?

 著者は、おたくではないけど、子供の時からアニメを普通に見ていた人達の一人という立ち位置らしーです。だから宮崎作品に対しては「「初恋の人」のように特別な存在であるが、成長するにつれて面と向かうのが照れ臭く、それでいて、ふと見かければ気になって仕方がないものであった」とな…男のプライドってオステキ(笑)ちなみに「これは宮崎とジブリのアニメーションが人気を得ていくのを、成長の過程で体験してきた私たちに固有の感情といえるかもしれない」そーですよ、奥さん(誰?)気が付いたら、私じゃなくて、私たちになっているんですよ、おぞーさん(誰?)

 アリス的にアニメ…うーん…ジブリ系はどーなのか?何せ永遠の34才だからなぁ(笑)初期の頃ならば鉄腕アトム世代という事になりそーだし、今だとまさにジブリで育った世代という事になるんだろーか?謎だ?ただ、作家としての土壌で見た場合はどなんでしょねぇ?ミステリはどちらかというと大人の読み物的な要素が大きいと思われなんですけど、アニメは特に宮崎アニメは監督自身が「子供向け」と公言しているからなぁ(笑)本書の著者的には「少子化が進む中でこれだけの人気を集めて来たのだから驚きである」になるそーだけど(笑)

 まぁ、アニメの立ち位置的なとこが何とゆーか、低いよーで…げいじつって何だ?の世界っスかねぇ、姐さん(誰?)ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した時「当時、ドイツのテレビ局は、「アニメ映画が金熊賞を取るなんて、まさにおとぎ話のようだ」と驚きをもって報じている」そな…ドイツェ(笑)本書によると「「ジャパニメーション(ジャップ+アニメーション)」といえば、暴力と性の描写が露骨なイメージが根強いのである」んだとな…

 いやー、ジャパニメーションって、ジャパン+アニメーションの造語だと思っていたら、ジャップ+アニメーションの造語だったんですか?そーですか?暴力と性描写についての基準はそれこそいずこの国も皆それぞれに一家言あるからなぁ(笑)まぁアニメにそんなシーンが氾濫しているらしーけど、リアルで暴力犯罪や性犯罪が比較的少ない国日本というのもアレだよねぇ(笑)

 日本のアニメと言えばこの人を忘れてはいけないの手塚治虫ですけど、後のアニメ関係者は多かれ少なかれその影響を浴びた訳ですから…愛憎半ばするその関係性を一口で言う事は出来まいよ、の世界でしょか(笑)

 また、アニメの対応している世代が子供という事で否応なく子供問題と付き合わざるを得ないとこもアニメ関係者の宿命なんですかねぇ?関連商品もそーですけど、ゲーム系とか、子供にとっていーのか?悪いのか?それが問題だ?ってか(笑)

 ここでの著者の意見が実に同時代的だよなぁと「「ヴァーチャル」な世界に溺れる子供が増えたからといって、社会の側が「現実感覚」を失ってきたというわけではないのである。逆に社会の側が「現実感覚」を失ってきたからこそ、子供たちがビデオデッキやゲーム機や情報端末を用いて、不十分ながら「現実感覚」を埋め合わせるようになったと考えることもできるのである」とな…まぁたいていの場合、悪いのはオレじゃないですよね(笑)

 も一つ同時代的だなぁというか、多分世間一般の評論家的な人達と意見を異にした表現だなぁと気付かされたとこがおたくについて「一般にアニメやゲームを好むオタクは、孤独で引きこもりというイメージが根強い。しかし同世代の知人を見る限り、これも大きな間違いである。彼らは友達と共有・交換できる情報量が多いため、インターネット上にも幅広い人脈を構築しており、概して友達が多い」そな、むしろ非常にアクティブであるとな…

 結局、これはアニメもおたくも普通にある世代から見た平成日本なんですかねぇ?そして、その中に燦然と輝く星的な宮崎駿とは何か?神か?仏か?それとも悪魔か(笑)ただ人であるけど、ただ人でないと…人とは矛盾をいぱーい内包している存在なんですよ、奥さん(誰?)そんな簡単に割り切れる訳ないやんけ?に行き着くと思うけど?問わずにはいられないとこが、サガって奴ですか(笑)

 後、も一つ著者が非常に注視しているとこは現実感覚とは何か?でしょか?アニメにおける現実感覚…宮崎作品の世界観とでも言うべきか?もしくは日本の業とも言うべきか?まず物量が違うというとこが、いかにも日本だよなぁ…特に監督は日本のモノの貧弱さを骨身に染みて経験してきた人だけに、緊迫感というか、切迫感というか、現実感が違うとな…ロジスティクスを大切に、ですかねぇ?まぁソクラテスを出すまでもなく基本のキなんでしょーけど(笑)

 後は、監督の職人世界的なものが今後も是としていけるのか?どーか?もアニメ的にはあると思いますなのか?ついでに監督の生き方もですよねぇ?利他的というより、ノブリス・オブリージェな世界観を実行しているところとか?受け取り側がどー取るか?でこれも賛否色々ありましょー(笑)

 ノスタルジー的なとこでの昭和という時代、戦後の昭和でしょーか?高度成長期の昭和?まぁトトロの時代的な時間軸なとこですかねぇ?これに対しての著者の昭和の表現がこれまた「社会全体が貧しくて、食べ物に事欠く人たちも多く、町中の衛生状態も悪く、公害問題もあり、家の拘束も強くて、まだまだ自由な社会ではなかった」となるそな…で「平成日本に生きる私たちはコンビニエントでデオドラントな生活を当たり前のように享受している」となるそな…いやもーね、リアルって、どの世代のリアルなのか?それが問題だってか(笑)

 何とゆーか、これはジェネレーションギャップ本ではなかろーか?と思ってしまったが、著者は真面目に論を進めているんだろなぁ…最初から最後まで仕事してますって感じだし…モノがアニメというか、文化というか、日常なんだから、も少し肩の力抜いて、遊び心とか、ゆとりとかあってもいいと思うのは気のせいか(笑)それこそ余計なお世話で、貴方とは現実感覚が違うんですと著者にバッサリされそーだが(笑)あっそれで思い出したんですが、本書によるとアベックって「言葉の古さに、説教臭いニュアンスを感じられなくもない」になるみたいですよ、おぞーさん(誰?)日本語はいつまで共通語でいられるのか?それも問題だになるんでしょかねぇ(笑)

 それにしても巨匠、宮崎駿は言動というか、生きざまがパネェ…例えば「1989年の天安門事件の時に、「人民解放軍は民衆に銃を向けるな!」という張り紙がスタジオジブリのガラス戸の外側に向けて貼られていた」とか…「フランスにも、長編アニメーション映画を作りたいと考える若者達がたくさんいるのですが、おそらく作れないでしょう。労働条件やコストのことだけではなく、中央集権や船長の指示に従うことを個人の否定と考えるからです」と言い放っているとことか、監督のリアル感はかくも厳しいってか…

 さて、最後に著者によるとアニメとは「キャラクターやストーリーの良し悪しは、必ずしもアニメーションの良し悪しを左右するものではない」となるそな…「アニメーションとは日常の生活でさほど気に止めないが、身近なところに確かに存在している「風景」や「もの」や人の「仕事」に意味を見出し、これらに生気を与えて動かすものなのである」だとか…まぁこの主旨に賛同する方に本書をおすすめしまする。お後が宜しいよーで。

 目次参照  目次 文化・芸術

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