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2013年5月28日 (火)

正義と美学?権力と権威?

男たちの数寄の魂  井尻千男  清流出版

 何の本というと、茶道と時代と男達の本ですかねぇ?読後の正直な感想としては、男の人が書いた文章だなぁで、もっと言うならおじさんの書いた文だなぁでしょか(笑)本書は多分二つに分かれていて、前半が戦前のセレブ、成金、政財界人のお茶道楽、後半が戦国からの武家のお茶事情ですかねぇ…おまけ的意味合いだと思うのですけど、最後に著者の自宅の茶室(もどき?)作成のエッセイでしょか?

 いえ、数寄とあるから数寄な話しかと思ったら、どちらかというと茶道な話しがメインか?それも純粋に茶道というより、男の生き様というか、すがりついた先が茶道だったみたいな(笑)男子の趣味としては茶道が宜しという事になるんでしょーかねぇ…茶道の勧めとか?戦前のセレブには真っ当なというか、金の使い方があったみたいな話しでしょか?茶道となれば、その精神性を尊ばねばの世界か?

 著者的には、茶道と井上馨を強力プッシュしている感じかなぁ?お茶は総合芸術なので、所作もですが、道具類とか、書画骨董とか、室内芸術的素養が問われる訳で、大きく言えば日本文化全体を把握していないとね、な世界だと思われ…

 アリス的に茶道、お茶…婆ちゃんの世界か?今時だとお茶は女性が嗜むものみたいなノリですけど、その実パンピーに広がったのって、戦後財閥解体で、特権階級の方々が生活に困り、趣味でおさめていた茶道、それの講習会、塾なんかを開いて一般に教えて広がったのだとか…趣味は人を助くですかねぇ…それはともかく朝井さんなんかも京女の面目躍如で茶道の一つでもやってそーだしなぁ(笑)

 さて、数寄…本書によると「それにしても不思議なことに数寄の世界は男性特有のもので、女性はひとりとしていない。なぜか。歴史意識というものが根本的に異なっているからだろう。歴史の連続性を身をもって体感している女性と、意識的に対峙せねば歴史の連続性を自覚できない男性の差であろうか。そこには男と女の超えがたい存在論的差異があのではないか」だそで…単に男は群れて趣味に走るのが好きなだけじゃないと言ったら身も蓋もないのか(笑)

 も一つ気になるのが、明治・大正・昭和の財界人達というより、男達がお茶に走ったのも、まぁ精神性云々もあるだろーけど、当時の男社会でいっちょまえに認めてもらうには、茶道と書画・骨董と妾を持ってないと所謂旦那衆に入れてもらえなかったから、やらざるえなかったというのもあるよーな?その点については著者は何も言及していないけど(笑)

 まぁ本書は文化文化文化で押し通す所存な気配濃厚だからなぁ(笑)だいたい、前半の方々の場合、労働争議だとテロだの何だのと世間大騒ぎの時に茶会開いているんだぜぇー…まさに貴方とは違いますの世界か(笑)で、茶室の掛け軸なんかは仏画は重くなるから飾らないのが普通の中、彼等は仏教に走っていく訳ですね…仏と茶の融合…どちらかというと灌仏会の甘茶ならまだ分かる気もするが(笑)

 一例としては五島慶太…美人の奥さん亡くして、その後は読経が日常になっていく模様…自身が40歳の時亡くした訳ですから普通なら再婚話しもあるんでしょーけど、その後独り身を通すんですね…で、茶と骨董と仏ですかに比重が移って行くと…愛妻なくして趣味に走る…まぁ美談と言えば美談なんでしょーけど、これあの強盗慶太と言われた五島慶太ですからねぇ…彼によって破産した人、破滅した人、自殺した人は後をたたない訳で…逆にこの人にとって認識していた命の尊さって身内、身近な人に限られていたんだろーか?と疑いの目が?仕事と私事は違いますってか(笑)

 で、政財界のメンバーが月一で集まって数寄者生活ってか?いやー…時代や世相に関係なく文化的な生活乙という見方も出来るし、精神的な修練の場であったと取るのもありかと思いますけど…何となく足利義政を思い出してしまうのは気のせいなんだろか?

 とまぁ男の世界が満開ですかねぇ…いたって散文的な人間なものでどーもなぁ…まぁ著者のスタンスは松平不昧のところで「松江藩の財政を再建しつつ一方で茶道具の一大コレクションを実現したのだから、単に倹約家だったわけではない。晩年にはその道楽によって藩の財政を傾けたとされているが、その程度の無理は当然のこととせねばならない。その代わり良民たちも茶の湯をたしなむようになり、人生の楽しみ方を発見したのだから、それも善政の一つといえる」だそーですよ、人はパンのみに生きるに非ずってか(笑)

 松江藩の財政って…まぁ確かに松江は小京都と呼ばれ、お茶が盛んな土地柄だそーですけど…他にも色々個性的な人が出てきますので詳細は本書をドゾ。一番アレ的なとこで山上宗二ですかねぇ?と思いつつ、小堀遠州のきれいさびも気になるとこですけど、片桐石州辺りの地味さというか等身大加減が普通っぽくていいかな?と…何せこちとらただの庶民ですので(笑)

 取り上げられている人物達は、松永安左衛門・耳庵、益田孝・鈍翁、原富太郎・三渓、畠山一清・即翁、根津喜一朗・青山、五島慶太・古経楼、小林一三・逸翁、高橋義雄・箒庵、石黒忠悳・況翁、井上馨・世外、織田信長、豊臣秀吉、千利休、山上宗二、古田織部、小堀遠州、片桐石州、松平不昧、井伊直弼・宗観

 目次参照  目次 文化・芸術

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