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2013年5月11日 (土)

渇きには水、快楽にはワインを(笑)

ガストロノミ  ジャン・ヴィトー  白水社

 サブタイトルが、美食のための知識と知恵なんですけど、まぁ一つの美食家の覚書かなぁ(笑)良くも悪くも仏料理を中心にして、というノリでしょか?まっ仏人なら通常運転だよな、と(笑)その他で行くとせいぜい中華料理で、後書きで「ガストロノミは普遍である。二つのガストロノミが他のすべてを抜きんでており、影響を与えている。フランスのガストロノミと中国のガストロノミである」に全てが集約されているよな(笑)とゆー訳で本書はそーゆー本なんでございます、と…

 ガストロノミとは何ぞや?となれば美食家とでも言ったらいいのか?とにかく食に対して並々ならぬ情熱を抱いている人達の事みたいです。うん、薀蓄は永遠に不滅ですの世界だよなぁ(笑)尤も、ガストロノミの歴史は古いそーで、この言葉が紀元前四世紀のギリシアからあるとするなら、人類史、食の歴史かもしらんってか(笑)で、その後の書籍が殆ど仏関係に終始しているとこが、またいかにも仏だよね(笑)ちなみに「ガストロノミという語の真の創始者は、1823年「味覚の生理学」におけるプリア・サヴァランである」とな…いかにもだけど、実は正確な発行年は1825年だそな…細かい事は気にすんなってか(笑)

 てな訳で食一般について書かれてるのですが、洋食系というとどーも肉がメインな気がして、成程食材の項もまず肉からだしなぁ(笑)で、食肉というと「概して草食動物だけが食肉用に家畜化された」そな…「犬と猫が食べられたの例外的である」だそで、「犬は中国で、猫は十九世紀のパリあるいは先の大戦中である」とな…

 ちなみにお肉は中世以降どんと来いの世界に突入した模様で、「家畜群は都市部とパリに集中していた」そな…という訳で、都市部では主に牛肉が、地方では豚肉がメインだった模様…冷蔵輸送が登場するまではそーゆー棲み分けだったとな…牛の種類や産地もありますけど、脂肪の多い牛肉は「長いあいだ、贅沢な料理用の肉」だったんですねぇ…本場仏では脂肪の多い肉より赤身肉最高とか言われて久しいけど、そーでもないのか?

 牛肉と言えば焼くんじゃーって事でステーキですか?そーですか?となれば焼き具合が気になるところ…「火の通しは適切でなければならない。何世紀ものあいだ赤い肉は「ミディアム」とされ、イギリスでは相変わらずそれがよしとされているが、現在では肉はレアか、その上赤い肉はブルー、仔羊はロゼが、風味ありということになっている」そな…

 アリス的に美食、うーん、アリス大阪人だからなぁ、食にはうるさいと見たが?ただ、大坂的には高くて美味いは当たり前、安くて美味いものがホンマもんという見解があると聞いたけど、どなんだろ?美食的なそれでいくのは、グルメ的なそれなんだろか?

 後アリス的というと本書の第四章は社会学とガストロノミでして、社学、准教授の出番なのか?言葉としては隠喩的に使われる辺りも入るみたいだけど、憲兵は燻製にしんとか、駐車違反取締員は茄子とか、「クロード・レヴィ=ストロースが愛用する生や火が通ったという言葉は、生な話しぶり(粗野な話しぶり)や火が通った(一巻の終わり)や火を加えた(酔って赤くなつた)」とかで使用されている模様…この手の言い回しは仏ならいくらでもありそーだけど、他にはというと、政治外交的なとこで「エスコフィエは当時、「料理の芸術は多分、外交の最も有効な形式の一つである」と書く」とな…接待、接待ってか(笑)

 他にアリス的なとこでいくと、ベアルネーズ(ソース)のとこか?「卵はまたベアルネーズやオランデーズのような、クラシックなソースにも必要不可欠である」とな…まぁとにかく、仏料理はソースに始まり、ソースに終わるみたいなソース信仰が顕著だからソースの章は徹頭徹尾仏人の書いた文章だなぁとおろろきましたが、究極は「それは文明の、そして精神の気高き指標のうち、最も議論の余地ないものである。ソースをもたない人びとは多くの悪徳を抱えている」(@アンブローズ・ピアス)だそーですよ、奥さん(誰?)

 極め付けはミステリ的なとこでしょか?「ジョルジュ・シムノンはメグレ警視の食卓に、自分の好きな家庭料理を載せた」とか、「ジャン=クロード・イゾとマルセイユ料理、アントニオ・カミリエリとモンタルパン警視のシチリア料理、マニュエル・パスケス・モンタルパンとバルセロナの彼の大美食家ペペ・カルバーリョ、中国で推理の謎を解く求小龍ときわめてガストロノームな陳同志警部である」とな…ホームズやクリスティは出さなくても中国のは出す辺りがいかにもガストロノミなのか(笑)

 とにかく、最初から最後まで美食の話しで豆知識も満載なんですが、例えば、カトリーヌ・ド・メディシスはアーティチョークの消化不良で死にそうになったとか、プリヤ=サヴァランは「トマトを、肉に添えるソースを作るためのものとしてしか知らなかった」とか、エピ的にほんまでっかな世界ですけど、ここはやはり日本的なとこをチョイスしよーではないかと(笑)

 「魚はすべて、あるいはほとんどすべて食用に適しており、恐ろしい神経毒を除いていない場合の日本のふぐは例外である。それは大変人気のある料理だが、うまく調理されていないと食べるのは危険である。ごくわずかな量の毒でも、激しく刺すように死に至らしめるのに十分なのだ。唯一の慰めは、腕の悪い料理人は伝統的に、セップクして自殺しなければならないことだ!」って、米人の書く日本人像も毎回何か違う道をいってるが、仏人のそれは未だにハラキリ、ニンジャの世界に住んでいらっさるのね…いや、フレンチジョークとして見るべきなんだろか?作家の場合は間違いを広めてもセップクしないのね、仏の場合はってか(笑)

 牡蠣についても「新石器時代や古代に、内陸部で消費が広がっていた。当時は現在の日本でのように大変肥らせて、生のままや加熱して、多くの場合に細かく刻んで、喜んで食べた」とな…でも今の仏では違うよという事らしい(笑)まぁあちらは前菜で生ガキをの世界ですからねぇ…一応ゼリー寄せやグラタンもあるそーです(笑)

 後は天ぷらの歴史で「この揚げものは1600年に日本の大阪へ、ポルトガルの船乗りたちが持ち込んだ。日本人が自分たち向けにもっと軽いやり方に修正し、それを二十世紀後半にヌーヴェル・キュイジーヌの料理人たちがヨーロッパに再編入した」とな…天ぷらって日本的には大阪発祥だったのか?

 更に、「日本のガストロノミとしては、スシ、サシミ、ヤキトリがヨーロッパに広まったが、フォンデュの一種で熱いスープに魚や肉や茸を浸す「シャブシャブ」も、京都の禅寺で出す大豆だけで構成するベジタリアンメニューも広まっていない」とな…禅寺は鎌倉辺りにもいぱーいあるんだが、何故京都にこだわっているんだろ?全国区であるのに?とか、日本人的にはみなまで言うなの世界か(笑)

 目次参照  目次 食物

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