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2013年6月18日 (火)

やすらえはなよ…

京都史跡見学  村井康彦  岩波書店

 タイトルがタイトルだから、もっと建物建物した話しかと思ってみたら、これは京都を中心にした日本史のお話でしたマルで終わりにならないかなぁ(笑)で、まぁ京都といえぱ平安京ですけど、実際はその前から京都という土地はあった訳で、平安京前の京都から維新後の京都までが流れでしょーか?幕末からの話しはかなり省略されている感じではありますが(笑)

 ちなみに京都最初の神社的なものというと、松尾社と賀茂社という事になるそーで、天平の頃にはどちらもにぎわっていたらしーので、京都的にはこちらからでいいんでしょか?お寺的には推古天皇の頃の話しが掲載されていますが、それって聖徳太子な話しで、まさに古ののお話ですよね(笑)

 私的にへーと思ったのが、京都にも古墳があったのですね…いえ、古墳というとどーも奈良とか堺でしたっけ仁徳天皇陵みたいなイメージが勝手にあって、それ以外の土地にもあるのだとゆーのがピンと来なかったんですよ…西日本は各地に点在してあったよな?とそーいや教科書にあったっけか?と…ちなみに京都では、太秦の蛇塚が掲載されています。でもって、こちら飛鳥の石舞台と比較できる程の大きさを誇っているのだとか…

 アリス的に京都は言うまでもなく、英都大があるからだの世界ですけど、日本人的イメージとしては平安時代が一番に浮かぶよな?で、これまた全然知らなかったのですが、桓武天皇が長岡京から遷都した日が、10月22日(旧暦)だそーだけど、何でこの日にしたんねんと言うと「この日は干支では辛酉で、陰陽道にいう「革命」のときにあたります。すべてがあらたまるといわれた日で、つまり遷都は天下草創の事業だったのです」とな…日付にもちゃんと意味があったんですねぇ…さすが京都というべきか(笑)

 でもって、鴨川、京都的には聖なる川なんですと…「平安初期以来、禊や祓が行われています」とな…ただ、それは上流の話し、下流(三条より南)になると「穢-遺骸の捨てられる葬送地でした」となるそな…「のちに鴨河原が刑場とされたのも、こうした場所がらと無関係ではありません」とな…産湯から死体遺棄まで、鴨川って…

 神社伝説というか、神様伝説というかで「わが国は農業中心の社会でしたから、それ以外の職業にたずさわる人たちを低く見る見方が古くからありました」とな…なので聖徳太子が大工の祖神、清和天皇がマタギ(猟師)の祖神、惟喬親王は木地師の祖神として祀っているそな…「心のささえとして権威が求められたのです」とななな…本当は尊いんですってか?

 さて、現在京都府下には、お寺が3000位、神社が1800位あるそーで、他の都道府県に比べてもダントツで多い件数という事になるらしー…これまたさすが京都なのか?京都府内の神社仏閣巡りだけでも一生かかりそー(笑)

 お寺関係のお話はそれこそいぱーい出てきますが、ここはやはり天台宗の総本山、延暦寺を抜かす事は出来ないでしょー…最澄の何が凄いって「南都(奈良)の寺院体系から独立させたこと」ですかねぇ…国家からの断絶というか、独立、所謂一つの独立宗教の創設だったのですねぇ…元祖宗教の自由でしょーか?まぁその後の延暦寺の筋道は山あり谷あり、光あり影ありで進んでいく訳ですが(笑)

 さてさて、アリス的には白河が開けたのは白河天皇が寺院や御所を建てた11世紀後半の頃からだそーで、鴨川の東が発展していくとな…京都の上京、下京といい、東と西といい、その推移は日本史の歩みそのものなんですよねぇ…ちなみに京都の住所というか表示は、条坊制だと「左(右)京×条×坊×町×行×門×戸主」と表記するのが普通だったけど、鴨東には条坊制がないとなればどーしたか…建物なんかの場合はその通りの末みたいな表記だった模様…うーん、表記一つで歴史がこれまた分かるんですね(笑)

 面白いのが錦小路、今なら錦市場で有名ですけど、この錦小路の前は、具足小路と言っていたそーで、これが1054年に宣旨で変わったのだとか…でもこの具足小路の前の名前はもっと凄い…屎小路…京都のネーミングも半端ねぇ…

 他にもいかにも京都というのでは、京童の存在でしょーか?京都の世論的な存在でしょーか?口遊的なものでもあり、噂でもあり、メディアでもあり、芸能でもあったよな?無頼の徒でもあり、都市民でもあったのか?うーむ…「ただこうした京童の言動は、反権力・反体制的な批判・風刺である反面、田舎者をコケにするような、都市民という立場からする一種の選民意識もまた強烈であった」とな…「そして、この両面が、よくもわるくも、こんにちの京都人に受けつがれているといえます」とな(笑)上から目線乙も伝統だったんですねぇ(笑)

 後、アリス的というと相国寺が京都五山の一つに入っているところとか、銀閣寺の件のとことの詳細は本書をドゾ゛。京都だけにエピには事欠かないのでそれこそいぱーいありますので(笑)アリス的なそれでいくと大阪は太閤さんの町みたいな、京阪の豊臣贔屓、家康嫌いというのが喧伝されていますけど、「もっとも本阿弥光悦という上層町衆にいわせると、秀吉のごときは一介の成り上がり者でしかなかったのです」となって、その内実はそれぞれ複雑そー…まぁ本阿弥光悦辺りだと「家康とも接触し、その知遇を得たもののようです」ですから、そりゃ悪くは言わないよね(笑)

 さてさてさて、京都というといかにも雅な感じで毎日が絵巻物みたいな生活をつい想像してしまいがちですけど、実態は「西陣の粥腹、室町の茶漬腹」だそで…ハレの日はともかく、ケの日のつましさは想像以上の模様…更に成程京都と納得させられたのが江戸時代゛の金閣寺、十人で銀二匁の入寺料を取られたとか…いやー、あの拝観料って今時の話しじゃくて、これまた京都的伝統の賜物なんですね(笑)

 他にも興味深いエピ満載ですので興味のある方は本書をドゾ。京都はいつでもどこでも、どこまでも京都だったのだなぁーと納得の一冊でござります(笑)

 目次参照  目次 京都

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