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2013年7月30日 (火)

光もあれば、闇もある?

消えた宿泊名簿  山口由美  新潮社

 サブタイトルが、ホテルが語る戦争の記憶でして…日常においてホテルって、まぁパーチーパーチーまたパーチーなセレブな方でもない限り、そーいやあったなぁとか、旅行に出た時に泊まるとこ位の感覚ですけど、有事の際には社交場、避難所、そして政府代行(亡命政権とかね)、占領地とかになる訳ですね…国外においては特に、その色彩が強かぁーと今更ながら教えられた感じでしょか?アフリカにあるホテルなんかも、国中が壊滅的状態でもホテルは一種の治外法権、セーフティゾーン、インターナショナルゾーンとして続いていたりして…革命政府が興ったとしても、最初の拠点はホテルからみたいなノリですか?まぁそれは戦後のGHQを見るまでもない事だよね、で歴史は繰り返すってか…

 かくして占領後の事を考えれば、敵地のホテルを破壊するのは政策的に宜しくないという事で焼け残るとこ多しという事になるそーな…今度、空襲があったら大ホテルに逃げた方が生き延びる確率は高くなるのか?うーん…

 それはともかく、本書はWWⅡの時の日本国内外のその時ホテルは?な世界が垣間見える感じかなぁ?著者が富士屋ホテルの令嬢という事で、主に祖父と大伯父を中心にしてみたいなノリだが、むしろこれは裏日本史なんだろか?

 アリス的にホテルというと、暗い宿のおさめられたソレな気がしないでもないですけど、本書的にはどの辺りになるのか?201号室が一番近いなのかなぁ?

 さて、本書のタイトルになっている宿泊簿、レジスターブックですが、何故にタイトルになっているのか?何とこの1940-1の富士屋ホテルの宿泊簿が無いというとこからお話は始まっていまする。しかも金谷ホテルのそれもないとな…ある種ホテルの命とも言っていいレジスターブックが紛失しているとはこれ如何に?単純な紛失とは思われず、これには?という何かある種ミステリー仕立てな話しになっていくみたいな始まりなんですが、詳細は本書をドゾ。

 第一章は戦前のというより戦争直前の富士屋ホテルを舞台にしたかもしれない、日米和平工作の幻の後かも?米はメリノール会(カトリック)の神父、ウォルシュとドラウト、日本側は井川忠雄…更に近衛文麿や西園寺公一といった名前も出てきまする…戦争回避に向けての交渉は水面下ではしのぎを削っていたんですねぇ…まぁ、成功しなかった密談は正式な記録としては何一つ残っていないので、どんなもんだろー的なとこはありますが、でも足跡が多すぎるの世界であるのも、また本当なんですよ、奥さん(誰)

 また、戦前からその手の動きがあった事は、「太平洋戦争においては、日米双方が「真珠湾」をいかに正当化、あるいは不正当化するに力点が置かれたからだという。特に「リメンバー・パールハーバー」を唱えるアメリカ人にとって、日本に和平の意図があり、日米交渉が行われた事実は都合が悪かったのである」てな訳で、東京裁判も検察官も裁判官も弁護士も務めるという異常な裁判でしたけど、「戦争はすべてアメリカの「自由と民主主義」を守る為の「正義の戦い」であったと結論づけなければならなかった」ですから(笑)かくて証拠隠滅が遂行いていった模様…

 この時代の異常さでは時の内閣総理大臣が、憲兵に監視されているという、行動に自由のない生活だったのも、凄い…この辺りは西園寺の戦後のコメントが紹介されていたりしますので詳細は本書をドゾ。

 ちなみに戦争中、在日外国人は郊外とのいうか地方のホテルに疎開していたみたいで、箱根や軽井沢、奈良と日本のクラシックホテルのあるとこは一種の租界状態だった模様…よーは大使館が皆移動みたいなノリか(笑)一応、枢軸、連合、中立なんかに分散していたみたいだけど、戦争末期に中立国は軽井沢にいたソ連人が箱根に移動しているんですね…で、それは何故か?ここで政府はソ連大使と密談していたそな…ただし、ソ連側は開戦の為の時間稼ぎを大使に命じていたそーで、話し合い以前の雑談に終始した模様…成程、日ソ中立条約を本気で信じていた訳だ、今も昔も日本の外務は世界一ぃー(笑)

 外交的なとこでは今でも親日国タイだそーですけど、「日本と同盟を結ぶ国であり、しかし、戦後は連合国に対して敗戦国とはならなかった」国であるそな…シンガポール攻略に日本軍がタイ領土を通過する為の許可を取りにいった時に「ビフーン首相が不在」で撮れず、事後承諾となったとな…この首相の雲隠れ「国際的にタイが「侵略」されたことをアピールするための工作だったと言われる」とな…ちなみに後にタイは英米に宣戦布告する事になるんですが「布告は、スイスに滞在していた国王の代わりに三人の摂政のサインが必要とれさたのだが、その一人が日本の進駐時と同じく、雲隠れしてサインしなかったのだ。後にこの事実を根拠として、敗戦国にならないよう活動した首相プリディーが、この時、雲隠れした本人である」とな…成程、タイの外交手腕、おさすがとしか言いよーがない…戦局がどっちに転んでもいーよーに二股かける、これ大切ですよねぇ…日本人としては見習わなければならぬ教訓として、記憶しておかねばですね(笑)ちなみにこのビフーン首相の本名は金亮、名前からしてお分かりの通り華僑の子だったそな…「近代タイの代表的立志伝中の人」だそな…合わせて覚えておかなきゃ、ですかねぇ(笑)

 戦争エピ的が続くんですけど、まぁ実に米人だよなぁな話しでは米の将校が奈良ホテルに逗留していたフィリピン政権、ラウレル大統領を逮捕してきた時「なぜあなたは日本人のために働いたのですか」と質問しているんですよねぇ…本当、米人って心底米の正義を信じていらっさるのだなぁと、ここまでくると感動したの世界か…

 満州その他の日本の元ホテルたちや海外のそれらについても詳細は本書をドゾ。まぁ満州の地にいた人達も日ソ中立条約を信じていたので、まさかソ連兵が来るとは寝耳に水状態だった模様…

 外のホテルのそれらもパネェけど、国内のそれら、特に山王ホテルのそれは未だに続くソレですからねぇ…2.26からの受難は続くですれけど、サンフランシスコ講和条約が締結した後でも接収が続くとはドンダケェー…「ホテルは、そのまま士官用宿舎として使用され続けたのである」とな…で、これが元の持ち主に返還されたのが昭和58年の事というから、これまたドンダケェー…ちなみに「昭和58年以降も、山王ホテルが課せられた使命は、南麻布の「ニューサンノーホテル」という新たなホテルとなって引き継がれている」そーで…こちらのホテルに入ろうとすると写真付のIDの提示を求められるそな…でしかも、「エントランスの前に米兵が銃を手にして立っている」そー…でもってこれ昭和の話しじゃないんですよ、21世紀の話しなんです。「空港でもない限り、日本国内でそんなものを必要とすることはない」と著者が言い切っているよーに、まさに治外法権状態ですか?都内のど真ん中のホテルの前で?「9.11以後、米軍のセキュリティーがより厳しくなったのだそうだ」ですと…さすが正義の戦争をしている国は違うってか(笑)

 他にもポツダム宣言受諾のはずが、無条件降伏になっていたでござるの巻と日本とホテルの件の詳細は本書をドゾ。特に帝国ホテルの軍人の干渉というより、支配、君臨の辺りの苦労については…何も言えねぇですかねぇ…それにしても何もかも白いペンキを塗るというのが米国方式だったらしくてって、あのライト設計の帝国ホテルまでペンキ塗りたくってしまったのだから、米人の美観って素晴らしス…

 後に旧帝国ホテル、明治村に玄関とロビーが移築された訳ですけど、どーしてそーなったというと、他の部分は米軍によるペンキを始めとする魔改造(?)で原型をとどめていなかったからというのが理由とは…自国の建築家の作品の評価すら出来ないんでしょーか?米人って…

 ホテルの歴史、戦争とのそれはどれも壮絶な歴史があるなぁ…比較的穏やかだったはずの富士屋ホテルでもコレだし、逆に札幌グランドホテルは接収後、軍の直営になったから従業員の殆どが必然的にクビになったとな…でも当時の経営者は今と違ってリストラ万歳、勝手にしやがれじゃないから、「市内の料亭を買い取って、その運営で、雇用を守り、ホテルの存在を守り続けた」そーだから、凄いわ…まだ、昔の方が真の経営者が生きていた時代だったのか(笑)

 とまぁ日本人としては、忘れてはいけないお話の宝庫ですので、読んでみた方がいいよとお薦めしとこー…多分、本書はラストの章が富士屋ホテルと母の思い出みたいな話しになって、それらのオマージュで著者的には大団円だったと思われなんですが…詳細は本書をドゾ。ですかねぇ…ホテルの複雑さは、人が集うところの宿命の気がしないでもないけど、関わる一人一人にその人のホテル道がある訳だし(笑)

 目次参照  目次 宿泊・温泉

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