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2013年7月16日 (火)

公園の花卉が盗まれないくらいに国民の公徳が進まねば日本は亡国だ…

日比谷公園  進士五十八  鹿島出版会

 サブタイトルが、100年の矜持に学ぶなんですが、いきなり日比谷公園って関東圏の人じゃないと今一ピンと来ないかも?なんだろか?著者的には日本の公園の第一人者的立ち位置と自負しているみたいだけど?位置的には銀座と皇居の間にある、日本にしては大き目の公園ではなかろーか?ですかねぇ…今となっては都心のど真ん中なので、土地単価的に日本で一番高い公園かもしれないとも思うけど(笑)一昔前の方だったら、日比谷公会堂のあるところですと言った方が分かりがいいのだろか?うーん…

 ちなみに日比谷公園を設計した人は本多静六…元々は全然関係なかった模様…ただ、明治当時となればたいていの人は皆素人なんですよ(笑)「日比谷公園の新設当時、わが国には洋風の庭園や公園を設計する専門家は一人もなく、日比谷公園の創設は都市における洋風公園の嚆矢であった。いわば日比谷公園は近代的洋風公園の父というべきものである」と本人が自伝で述べている程…

 日本人で西洋庭園、公園なんて見た人は多分殆どいない時代に、造るぞーと鬨の声を上げたはいいが、お手本がありません、下地がありません、で、どーするよとかなりもめたみたいです…原案が上がってはボツを繰り返していた模様…関係者も議員も暗礁に乗り上げた時にたまたま顔を出した本多に話しが投げられたとな…ちなみに投げた人は辰野金吾…ええ、あの東京駅の設計者、日本の建築・設計の父みたいな人です…ちなみに辰野は工学博士、本多は林学博士…日本の公園事業は工ではなくて林にいった、まさにその時歴史が動いたばりのエピなんですが、ともかく、本多先生は実に日本人的というか、それまで遡上に上った原案達のエッセンスを取り入れて、更に関係各者に協力を要請し、折衷案的独自案ですか?で議会を通したんでござるってか(笑)

 しかも、予算もないから予定の半分近く、四割位をカットされて、公園に植樹する樹木も買えないから、農科大の苗園の不用苗木をただ同然のわけてもらって植えたとゆー…今はみすぼらしくても十年後にでも見栄えがすればいーやって…どんだけ現場な人なんだ…ちなみに首賭け銀杏は超有名エピなんですが?そゆ人なんですよ(笑)

 アリス的に日比谷公園、あんまり関係ないのか?取りあえず、一番目にしているのは片桐さんかなぁ?実は神保町は皇居のお堀の北もしくは東北に位置する配置なんですよ…ちなみに都営三田線で行くと、神保町の次の駅が大手町になる位…大手町、ほぼ東京駅ですから、で、その次が日比谷駅…地下鉄二駅位の距離って事は健脚な人なら歩ける距離だと思われでして…出版社が神保町でも南にあるのであれば、さほど遠い道のりではないかも?むしろ昼休みにジョギングしてたりして(笑)

 他にアリス的というと、実は本書始まりは四天王寺からなんですよ、ええ、アリスのお膝元の(笑)で、何でそこやねんと言うと、よそから文化が入ってくる時にどのように受容してきたかを確認する為でしょか?西から寺院がやってきた、建物もそーですけど、造園もなんですね…この頃からコピー文化についての日本的ソレですかねぇ(笑)いつのまにかアレンジしているというか、風味をつけるというか…魔改造は正義なんですか?日本(笑)

 かくて天下の四天王寺も「大阪市民は、国家的権威の四天王寺さえ、通天閣下の新世界のように庶民のまち、庶民の集う気楽な広場に変身させてしまったのである」とな…劣化コピーはしないけど、ちゃっかり自分化はしちゃう国だったんですよ、奥さん(誰?)

 てな訳で西洋公園、我が国初のとなれば、コピーはする、だけど日本風にね、となるのはこれまたいつもパターンってか(笑)1000年以上たってもこの国の風土って、変わんねぇー…って事てなんですよね(笑)そして、公園は出来たって、ここはもーどこぞのプロジェクトXばりのノリで突き進んでいく訳です。担当者が本気でやり出したら止まらないのも、これまた日本なんですよ(笑)詳細は本書をドゾ。

 読んでいてしみじみとしてしまったのは、昔の東京都(市?)の職員は気骨のある人が多かったんだなぁという事でしょか?公園創世記も凄いけど、運営していく日常も凄いし、何より途中に関東大震災もあれば、東京大空襲もある訳で、避難民の受け入れや救荒栽培にお芋植えていたりするのまでは想像つくんですけど、それらによる死傷者、ええ、死体の方も面倒みているんですよ…何かサラエボの競技場を思い出してしまいましたが、いざという時に広いスペースのあるとこというのは、負の遺産も引き受ける場になるんでしょか?詳細は本書をドゾ。マジでドゾ。

 これまた全然知らなかったのですが、かなり初期から公園って独立採算性をとっていたんですね…最近、日比谷公園でイベント多いなぁと思っていたんですが、そゆ事の延長だったとは…いやまあ公園見る目が変わりました(笑)現代の日比谷公園とか、その他日本の公園事情についても詳細は本書をドゾ。何事も続けるって大変な事なんだなぁと感心しました…知られざる人達が多すぎるってか…

 本書は日比谷公園の100年の歩み(本書刊行時では108年?)みたいなんですが、気がつけば日本の公園政策というか、事業、対応、文化、教育、環境と関わる人々全てを巻き込んでいる感じかなぁ?公園一つでも、これだけのエピがあるというとこがパネェです…とそこもあれなんですけど、その他の公園事情も幾つか出ていて、これがまた実に日本的か、そーなのかでして、一例としては文京区立元町公園事件…詳細は本書を見てくらはいなんですけど、よーは文化財についての今の区、行政の対応はこんなもん、てとこでしょか(笑)

 「元町公園と元町小学校は、関東大震災からの帝都復興事業による五二小公園のうち唯一原型をとどめるわが国都市計画史の重要なモニュメントである」とな…普通、これだけの文化財があったら後世の為に手厚く保護をするのが常道と思うんですけど、さすが日本のお役所、文京区長は男でござるってか、更地にして区立体育館建てればいいじゃないの計画をぶち上げるんですね…

 まぁ古い物を維持しよーとしたら金かかるだけだし、新しい物建てれば業者さんからねぇ…ええ、分かりますの世界か?むしろ分かり易いの世界か(笑)「この時の区の言い分は、老朽化した体育館の立替用地に公園敷地を当て、公園は小学校をつぶしてそこに新しく造成する、だからみんな良くなる、というものであった。公園には歴史性も文化性も不要で、新しければ良いという認識しかなったようである」とな…まぁ日本には女房と畳は新しい方がいいなんて言葉もありますしねぇ(笑)

 ちなみに著者の一言は「文京区の公園現場にはきっと造園学を修めた人材はいなかったのだろう」とな…まあ現場の世間は区役所内の世間だったという事ですかねぇ…誰がために公園はあるですけど(笑)とまぁ、かよーなエピもチラホラありますので、詳細は本書をドゾ。たかが公園とあなどるなかれ、ですかねぇ(笑)

 目次参照  目次 庭園・建築

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