« 万民に御哀憐の事、百姓に礼あらば、国家は自ずと治まり候か… | トップページ | 多様性という名の雑多性という名の混然一体(笑) »

2013年8月28日 (水)

どーしてどーして僕達出会ってしまったんだろぉ(笑)

クアトロ・ラガッツィ  若桑みどり  綜合社

 サブタイトルが、天正少年使節と世界帝国なんですが、いやー歴史とは厳しいものである、ですかねぇ…タイトルの直訳だと多分四人の少年達みたいなノリになると思われですが、本書のメインは戦国時代末期の日本、史になるのかなぁ?ある意味、日本におけるキリスト教盛衰記みたいなノリか?まぁキリスト教はキリスト教でもカトリックの方なんですが…時代的には信長前、信長、秀吉、家康、秀忠の施政となる訳で、その時、その時で対キリシタンに対するスタンスが天地程に違うんですよ、奥さん(誰?)で、それに翻弄された、関係者一同の顛末記みたいにもなるのか…

 で、まぁ読後の正直な感想としては重い、でして…歴史の重みもあるんですけど、個人的には重量として重み…本書A5で二段組、500頁以上ありまして…持って読むには腕がつらい…最近特に筋力落ちているのか、本の重みは300頁限界説を唱えたい今日この頃(笑)

 まぁそんな訳で、よくもこれだけ史料集めたというべきか?むしろ国内バージョンより海外バージョンの方が多いと思われで、戦国の歴史も日本から見ると世界から見るでは視点が全然違うというのが分かるってか…で、本書の始まりはアルメイダからなんですよ、時代的には1552年、ザビエルが鹿児島に到着したのが1549年というからまだキリスト教的には黎明期のなるんでしょーか?舞台は大分、まさに九州は燃えているか?からスタートなんですね(笑)

 アリス的に戦国というと幸村か秀吉なんですが、本書的には秀吉ですかねぇ…それにしても対キリシタン政策についての秀吉のソレは何ちゅーか何ちゅーかとしか言いよーがないよーな…家康的にラッキーだったのは、ウィリアム・アダムスやってきたぁーっは相当大きいと思われか?

 まぁともかくアルメイダ、ポルトガル船の船長だった人で当時なら当たり前の貿易商人だった方、とにかく金儲けだぜヒャッハーでアジアに乗り込んできた人の一人のはずだったのに、更に貿易で巨万の富も得たのに、なのにキリスト者になってイエスズ会士となって、1555-83年死ぬまで日本に居て、信仰と医療につとめた人という事になろーとは…しかも全財産なげうって…かくて本書はそんな奇特な、もとい物好きな、もとい熱い出会いの数々がこれでもかこれでもかと出てくるお話でしょかねぇ…

 当時、儲けの為ならどこまでもの南蛮商人達もマカオ(中国)までは来ても、その先の日本にはよほどの事がない限り行かないのが原則だった模様…それは何故かと問われたら、マカオから日本への海路はとても危険、特に台風ダメ絶対の世界だったらしー…かくて、そんな中日本に行くのじゃーっと情熱燃やすタイプとはどゆ人というと、金だぁーっ命より大切なのは金だぁーっという商人タイプか、命を投げ出して信仰に生きてますが、何かな神父さん達だったとな…

 そんな根性でやってきた神父達の日本での布教上の一番の問題は、貧困…みんなみんな貧乏がいけないんだぁーっとゆー事で、財政難を何とかして下さいの世界だった模様…信者ができてもフォローできません、人と金、プリーズってか(笑)アリス的にはハンセン氏病の件が出てきてブラジル蝶とちょっと被るのか?まぁ何にせよ、イエスズ会士は頑張りますで、布教数十年で九州全土の人口の30%以上を超える30万人突破するという一大フィーバーもとい、一大宗教にのしあがっていく訳ですよ、おぞーさん(誰?)

 どーしてそーなったの一つの理由として貧困は美徳という話ですか?貧しき者は幸いである的な…仏教的には貧困とか病気は前世の悪行の報いという事になって打ち捨てられていた模様…だけど神父達はそーゆー人達を拾い上げて救った、もしくは人として扱ったという事だとか…人間誰しも困った時に助けてくれた人に靡くよね(笑)かくてお金いるぅー、どーしよぉ?の世界に突入、本国からの送金も滞り勝ちだし…そーだ貿易をしよーではないですけど、神父が金に手を出す事態も…で初っ端のアルメイダみたいな例が出てくる事になる訳で詳細は本書をドゾ。もしかして大分の方なら知らない人はいないのか?

 で、も一つが戦国大名の改宗、彼らの目的の一つが貿易の手段としての神父引き抜きというか、居住、布教オケの世界か?何せ戦争するにはお金かかるし、世は戦国時代ですから、武器弾薬は幾らあっても足りない位だし、弱肉強食の下剋上ですから負けたら終わりなんですよ、姐さん(誰?)この辺りのそーだ、そーじゃない論争も本書をドゾ。まぁ高山右近みたいな例もありますしね、戦国大名も色々、色々、色々あります…

 逆を言えば、神父達も明日をも知れぬ布教生活でして、今の大名の下の保護下も、その殿が負けたりしたらどーなるか知れず、ままであっても殿の気が変わればこれまたどーなるか知れず、野戦病院ならぬ、戦場の信仰生活…確かなものが何もないとな…あっ信仰があったか…更に既存の寺社との対立も激化する訳で、お互いに打ちこわしですか…ある意味これも宗教戦争なのか…が勃発していた模様…

 後、これまた今更なんですけど、同じイエズス会でも、神父の国籍が違うと考えがこれまた違うとゆー事態に…例えば、ザビエルなんかはスペイン的な、ちなみにイエスズ会はポルトガル的な傾向が強かったみたいですが…で、イタリアンもおりまっせな世界かなと…日本的にはこのイタリア人のイエスズ会士が後の天正少年使節に繋がる、また日本での布教のあり方につながる道をつけた人となるよーな…一人はオルガンティーノ神父、この方うるがん様と言って日本では絶大な人気を誇った神父さんなんですね…人となり的に一番いい人だったのではないか?と思うんだけど?どーだろ?

 ちなみに日本で有名なのはやたら書きも書きたりのルイス・フロイスですが、この方はポルトガル人なんですよね、で、文章を書くのは上手いんだけど科学的な素養がなかった事と、これまた結構アレでして、後に巡察師のヴァリニャーノに駄目だしくらってますし(笑)何より一番の問題はフロイスは日本が好きでなかったという事ですかねぇ…どこまでも上から目線乙なんですよ、奥さん(笑)

 で、天正少年使節に戻りますが、元ネタはこのヴァリニャーノ発案らしー…とにかく日本を知ってもらうには日本人を送って見てもらおう、そーしたらこの東洋の神秘を分かってもらえるに違いないとな…ちなみににこのヴァリニャーノも伊人なんですよね…しかも貴族出身なので当時のルネサンス的な教養が相当に高かった人物…物語的に行くならば、このヴァリニャーノの人生をドラマにしたら相当に凄い話になりそーな気がする…いや、もーこの神父達の群れの中で風格が全然違うんですよ。この時代の人にもし会えるのならば、信長よりも秀吉よりも家康よりも、ついでに教皇に会うよりも、このヴァリニャーノにお会いしたいなぁと私的には思いますた(笑)

 そして、当時のヨーロッパ的な事情もポルトガルはスペインに併合されていたり、で、スペインの領土的な野心はこれまたアレな事に…それにしてもどーして大国になるとどこも人の土地も自分の物気質になってしまうんだろー…とか、あのルターの宗教改革真っただ中で、欧州でのカトリックの領域がぐっと減った時期とも重なる訳ですね…だから、そーだ、布教に行こうの世界が展開されていったとも言うなんですが(笑)

 も一つ対立的なとこでは同じカトリックでも、イエスズ会とフランシスコ会、ドメニコ会etc.と皆それぞに仲悪いとな(笑)一枚岩で布教活動を、のはずが何故か口撃ごっこに突入していくのは何故なんだぜ(笑)取りあえず、この辺りの何巴なところの詳細も本書をドゾ。国と宗教と派閥は永遠に不滅ですという事なのか?

 日本での布教という事ではこれは一つの異文化間コミュニケーションなんでしょか?となると人と人のつながりでして、もーその人の民度がモロに出てしまうとこがこあいとこだよなぁと…こー言っては何だけど、イエスズ会的にはカプラルとか、コエリョを日本のトップに据えた事が最大の失敗のよーな気がする…

 さて、そんなこんなで巡察師のヴァリニャーノが日本にやってきたのが1579年、天正7年の事でございました…でヴァリニャーノは驚いたという事でしょか?今までの欧州以外の国とは違うと…彼は中国と日本は他の国と一緒に考えては駄目だと一大決心をする訳ですね…ちなみにヴァリニャーノ、「日本人の礼儀作法の心得」なんていうエチケット本まで書いている始末…郷に入りては郷に従えでして、ここで布教が成功するかしないかはカトリック的に天王山じゃーっという意気込みで、いや熱い…違いが分かる男は凄いと言うべきか?

 やはり腐ってもローマ帝国の末裔というか、ルネサンスは伊達じゃないというか、文化度、民度っていざという時に物凄くモノを言うという事を後から歴史を眺めるに思う事はそんな事なんですかねぇ?「ヴァリニャーノ、リッチ、ルッジェーリの三人はみなイタリア人だったが、それは偶然ではなく、すべてはヴァリニャーノとその人文主義の思考から出たことである。あえて言えば、スペインとポルトガルはイタリアにくらべると本当に成り上がりの好戦的な国だった」とな…まぁスペインは、国土回復から、米大陸発見から、もーイケイケの人生もとい国生でしたからねぇ…ソフィスケーディッドってむつかしという事ですか?そーですか(笑)

 かくてヴァリニャーノは中国、日本と今までと違う対応を取る事に…ちなみに「ポルトガルやスペインの支配下にあったフランシスコ教団などはそうは考えなかった。順応は妥協だと彼らは思っていたのである」とな…「キリスト教の何世紀にもわたる布教のなかでイエスズ会ははじめて西欧文明と同等の高さをもつ文明と出会った」(@ロス)ではなかろーか?でしてだから「西欧側の発想の転換を求められたのである」となるのか?

 「わたしはこれから大事業にとりかかるのです」と総会長に書き送った位ですから、そりゃスゲェと…ちなみにそこで「イエスズ会以外のどの会も、リスボンから中国や日本に来ないようにしてくれと書いた」そーで…慎重の上にも慎重をきしてこの二か国と対応しないといけないという事らしー…だから中国の宣教師もポルトガル人極力減らして伊人にしたので明の記録にイエスズ会とは伊人と残っている位だそー…

 更にスペイン人は排除の方向で、でして「スペインは征服国家であった。そしてそうであることを中国および日本はすでに知っていた」そでヴァリニャーノに至っては「確信していた」そー…ちなみにスペイン人「中国征服計画」(アロンソ・サンチェス)とかぶち上げていたのね…スペインェ…尤も、日本のトップにいたカプラルも日本人の事を「ネグロ」と呼んでいたそーで、「ポルトガル人の人種差別の傾向を指摘している」(@ボクサー教授)とかもある訳ですよ、おぞーさん(誰?)で「したがってカプラルが日本人を黒いと言うとき、それは、日本人には知性がなく精神もないから、教育してもしかたがない野蛮人だと言っている」のと同義という事だそな(笑)さすがポルトガルさんやで(笑)

 長期的に見れば文化的融和しかありえないというのがヴァリニャーノの思想というか、信条だったんでしょーか?分かり合う為には知る事というそこからの天正少年使節だったのですねぇ…まぁとにかく、当時にしては画期的文化人、進歩人だったという事ですかねぇ?「つまるところ、われわれの風習もまたヨーロッパという小さな地域に合わせてできたものにすぎないではないか」とこれを言える人だったんですよ、ヴァリニャーノという人は。

 更に異文化間の学問の壁というか、今で言うと英語必修みたいなノリですけど、ラテン語が出来ればいいじゃないいいじゃないというご時勢の中、ラテン語も必要だけど同じよーに日本語と日本文学をやらなきゃとカリキュラムに取り入れているんですよ。西洋のものが絶対の価値観を持ちやすいそこで洋の東西の双方を知り、交流できる人物を育てようって、理想主義といえばそれまでだけどこれ実行しちゃうとが、ヴァリニャーノ(笑)今時、日本でもこんなに子供や生徒や国を考える先生っているんだろーか?と…しかも当時としては最新式のグーテンベルクの印刷機まで導入して教育・文化事業推進しているし…

 さて、ヴァリニャーノと信長の会見についての詳細は本書をドゾ。信長は大変キリシタンに寛容であったとゆー事で布教、勝手にやったらいいがなの世界だった模様…当時の宗教観をまとめてみると、朝廷はキリスト教反対、寺社関係の既得権益もあったしご先祖様がご先祖様、キリスト教禁止の令まで出すと…信長の場合は、寺社関係のパワーを削ぐ為にもキリスト教歓迎、ぶつかってパワーダウンすればなおよしか、どちらにせよ最終的には信長教になるのだから無問題、自分は全世界の神になると…そして秀吉はというと、使い物にならない庶民が幾らキリシタンになろーとそんなの関係ねぇー(死語?)問題は自分とキリスト教の二択を迫った時にキリスト教を取るキリシタン大名だという事で伴天連追放令だしちゃうもんね、使える部下しかいらねぇー、使える宣教師しかいらねぇーどっちも使えないなら日本から出てけや、と…で、江戸幕府の場合、貿易的にも英と蘭があるから、スペイン、ポルトガルはお払い箱、あっちと付き合うとおまけで宣教師ついてくるから全部打ち払ってしまえと、幕府の言う事訊かない人間は日本国民じゃありませんので、キリシタンは国外退去か磔獄門…戦国末期から江戸初期までに政治的にはこーゆー流れだったと思われとな…

 そゆ中での天正少年使節であり、日本での布教活動でありで、神父の皆さんも日々これ激動にのみこまれている時代ですかねぇ?ただ、これ日本一国の問題でもなくて、欧州には欧州の政治的・宗教的枠組みがある訳で、天正少年使節も現地でそれに翻弄される訳でござると…詳細は本書をドゾですが、スペイン国王からローマ教皇、その他ローマの外国大使、セレブの皆さんその他諸々で凄い事になっています…ヴァリニャーノの当初の予定とは全然別の方向へとらえられるところが何とも…

 閑話休題で何故天正少年使節が四人だったのか?は、実は三人でオケ、一人は予備だったと言えばピンと来る人にはピンと来るか?ええ、東方三博士のそれですよ…実際、ヴァチカンに入場の際には一人の少年は病気という事にして三人が、わざわざ馬に乗って向かったんですね…大人の事情というか、恣意行為というか、パフォ乙って奴ですか…後、この少年達は王子でなければいけなかったというか、高貴な血筋でなければいけなかったという事ですかねぇ…所謂封建制の世界でものを言うのは血筋なんですよ、姐さん(誰?)後にこの血筋問題でローマはもめることになると…大人のパワーゲームについての詳細も本書をドゾ。ちなみに伊では日本とインドの区別もついていない人多数で…四人の少年はインドから来た事になっていたり…これまたちなみに少年達が会った教皇がグレゴリオですけど、すぐになくなってシストになると…グレゴリオはイエスズ会派、シストはフランシスコ会派となれば、その後の布教の泥沼が分かるというもの(笑)

 秀吉の時代になってからのキリシタンへの逆風についての詳細も本書をドゾ。この当時日本担当トップはコエリョになっていたんだけど、この方もカプラルと同じ位もしくはそれ以上上から目線乙で更に破局への道を突き進んでいった模様…その他の神父もオルガンティーノ以外はやはりそゆ人ばかりなりだったとゆーのが何とも…まぁ秀吉の方も朝鮮だけでなくフィリピンの件はこの人の領土欲も尽きぬとこがないのか?と呆れてもいいですか?の世界だし…

 家康以下、英と蘭の暗躍についてとか、キリシタン排除、殉教の辺りの詳細も本書をドゾ。また四人の少年の帰国後の件も…運命の歯車は本当に苛酷でござるの巻か…まぁ何にしても物凄い力作ですので、詳細は本当に本書をドゾ。何か戦国時代の価値観がかわるかも?思った以上に世界とかかわっているよ、日本ってか(笑)

 さて、最後に本書一番やっぱりなぁなとこを一つ、庶民や女性のキリシタンが爆発的に増えたのに比べてキリシタン大名が今一なのは何故と言えば、理由は簡単。キリスト教は建前上はとはいえ、一夫一婦制だから(笑)ええ、秀吉みたいに美女はみんな俺のものみたいな人にはキリシタン、そんなの関係ねぇー(死語?)の世界だった訳ですね…

 よく昔はこれが普通だったと男性諸氏は簡単に語るけど、「親や家門を守るために秀吉の肉欲の犠牲に供せられた数百の娘たちの無念と悲惨はもっと歴史の上で語られなくてはならない。「英雄色を好む」などといった俗っぽいことばで、秀吉の行為を見のがすことは自分自身の男根中心主義である男性歴史家のやることである」のとこですかねぇ…昔から思うけど、歴史とか法律も女性視点から書き直す時が来たのではなかろーか?マッチョ思考がはびこっているのに男性が一番気づいていないよーな?サル学のボスザルじゃないけど、多分視点が変われば真実も見えてくるかもよの世界だと思うけどなぁ?まぁそんな謙虚な男性なんてこの21世紀にもどの位いるのやら(笑)

 ちなみに仏教では女人結界だの禁制だのがいぱーいあって、よーは女性差別が罷り通っていたとゆー事だったと…白雀の乱の伝説とか、「女人は穢れているから聖なる山に入れないのに、山では男色や殺人があっていいものだろうか」となるとかね…室町時代の「大経直談要註記」とかの女性蔑視はパネェ…「胸に乳ありて心に習なき」って…著者の叫び「その乳がなかったらおまえはどうやって育ったのだと言いたくもなる」よねぇ(笑)まさに女の腹から生まれた者に負けはせぬってか(笑)更に女に生まれただけで地獄行き決定って…仏教ェ…

 また結婚観というか、夫婦観もこれまた凄かったのだなぁ…とゆーのが一夫一婦制…「当時の日本人男性にとってはこれは衝撃的な教えで日本人のあいだにひろく拒否反応を呼び起こし、多くの男性をキリスト教から退けた」とな…だけど「夫の畜妾や乱行の陰で泣いていた妻は、そのことでキリスト教にひきつけられた」そな…しかも「レイプや強制結婚に泣いてきた多くの娘も、そのことでキリスト教を救いに思った」とな…この辺りの認識の違いは多分殿方には未だにわかっていないとこではなかろーか?

 この結婚観の為に女性達の心の病も蔓延していたよーで、ヒステリーの例が掲載されています。いやもーこれ軽くヒステリーとかひとくくりにしていいのかどーかの症状だよなぁ…「女性たちが性的な意味で塗炭の苦しみを忍んでいたせいであろう。とりわけ嫉妬は身も心も苛む恐ろしい狂気である。まして、自分が男の子を生むことができず、ほかの女が夫の跡継ぎを生むようなことがあれば、その理不尽な苦痛は想像にあまりあるものがある」なんて心境も理解してくれる殿方がこの21世紀でもどれだけいるのか?

 歴史的には淀と違って殿方にはウケのいいねねですが、北の政所のとこには熱心なキリシタンの侍女が二人いたとか…ちなみにねねはキリスト教推しだった模様…更に前田利家夫人というからまつか?も夫も自身もキリシタンになる事を切望している発言をしていたよーで、どーも浮気というか、色について夫人達は皆腹に一物どころか色々あったよーで…

 美人の運命に翻弄されているとこではかの有名な細川ガラシャ夫人も、夫視点というか、夫が何をしたかで見るとまたアレなんですよねぇ…女性の人権について考えるとか?そんなの関係ねぇー(死語?)とゆーのが本音か(笑)この辺りを追求しているというか、史料だしているとこが実に著者が女性だからだよなぁと(笑)

 その他、エビ満載ですので詳細は本書をドゾ。

 目次参照  目次 文系

|

« 万民に御哀憐の事、百姓に礼あらば、国家は自ずと治まり候か… | トップページ | 多様性という名の雑多性という名の混然一体(笑) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

文系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: どーしてどーして僕達出会ってしまったんだろぉ(笑):

« 万民に御哀憐の事、百姓に礼あらば、国家は自ずと治まり候か… | トップページ | 多様性という名の雑多性という名の混然一体(笑) »