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2013年9月23日 (月)

エネルゴロジー、エネルゴロジー…

日本の大転換  中沢新一  集英社

 何の本かというと21世紀、これから日本の生き方ですかねぇ?東北の大震災、津波、原発と立て続けに問題が起きて、それは未だに出口なし的な状況が続いている訳ですが、本書はこれが日本の、エネルギー問題のリ・スタートになるという話でしょか?もー原発の時代は終わった、これからの話をしよーみたいな?

 原発ってシカゴ大で実験炉をつくったフェルミが世界初かと思っていたら(1942年)、実はガボン共和国(アフリカ)のオクロ鉱床で17億年前に「天然の原子炉」が動いていたとな…事実は小説より奇なりというより、自然の帰結なのか?所詮、人間のする事は自然の模倣なんでしょか…

 さて、人類史という奴は絶え間ないエネルギー史でもあって、ヴァラニャックの分類によると第一次革命が火の獲得と利用、第二次革命が農業と牧畜の発達、新石器時代到来、第三次革命が治金の発達、金属の発展、第四次革命が火薬の発明、第五次革命が石炭利用、蒸気機関の確立、第六次革命が電気と石油、第七次革命が原子力とコンピュータという事になるそーな…今は第七次革命の終わりにいるという事になるんだろーか?

 アリス的にエネルギー…資本主義、何とゆーか社学的なアプローチになるのかなぁ?となれば准教授の出番だけど?どだろ?後宗教的か?本書的には資本主義も原発も一神教的な論理の中にある話という事になるんだろか?

 まとめてまるめると人間よ自然に還れの世界かなぁ?商業主義的な、もしくは合理化、効率化の下に余分なものを切り捨ててきた資本主義社会だけど、もーこれは行き詰ってしまったから、もちっと全体的に含めて見てみたらどだ?という事になるんでしょか?市場主義からの脱却ですかねぇ…

 媒介とか、縁とか、贈与とか、交換に伴う余計なモノを含む世界、もともと世界はそんなとこから発展してきたはずみたいなノリか?市場、貨幣、資本といった世界ではその余分なものをそぎ落としで無縁状態で成り立つ世界なんですかねぇ?何でも数えられる、計算できるというその世界観とか…

 かくて第八次革命に進む時なんですか?始まりの始まり?それが何かというと光なんでしょか?ポイントは?光合成とか太陽発電とか、出てきてますが、うーん…まぁ本書は科学書とか技術書というより、人の意識の方がメインか?考え方の方向性の一つとしてあるという事ですかねぇ…

 まぁ原発問題多々ありますが、原発から出るゴミ問題一つとっても深刻だものなぁ…大量の放射性廃棄物、どーすんべぇーってこれにちにちの問題なんですよ、奥さん(誰?)後、今までのエネルギー問題は収奪の歴史でして、使えば減るんですよね…石炭も石油もウランも無限にある訳でなしで…循環型のエネルギー、あると思いますなのか?取りあえず話はそこからだ、なのか?

 何にせよ、シビアでシリアスな問題には違いなしですよねぇ…著者の論についての詳細は本書をドゾ。原発がトロイの木馬的だと指摘しているとこは言いえて妙なのかなのか…うーむむむ…まぁ絶対安全が崩壊した今、何を信じるのか?問われている訳で(笑)

 本書に関してはそれこそ読み手の立ち位置によって賛否両論ありそー…取りあえず本書を読んで、みたらとお薦めはしとこー…人生色々、エネルギーも色々、社会も色々ってか(笑)

 最後に本書であははと笑わせてもらったところを一つ「国家はいずれ博物館に収められていく存在だ」とかのレーニンやエンゲルスがおっさったそーですが、何か革命も原発も並んで展示されていたら、それはそれで凄いなぁと(笑)いや、別に冷やし中華始めましたじゃないんですけどね…

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