« 天才の思想は決して滅ぶことはない… | トップページ | 狂った生物? »

2013年10月12日 (土)

てんらんかいのえ?

踏みはずす美術史  森村泰昌  講談社

 サブタイトルは私がモナリザになったわけ…でして、結構著者の個人体験記というか、成長の記録というか、学生時代の思い出というか、私はこーしてげいじつかになった告白記とか(笑)いや、最初は自分の美術に対する個人的エッセイみたいなものかなぁと思ったんだけど、読み進むにつれてスケールがミクロからマクロにどーんと飛躍するんですよ、奥さん(誰?)

 まず絵画とは何ぞや?なんですけど、ハウツー本ならここを見ろみたいなお仕着せがあるのが普通ですが、本書の場合、絵を見る為に勉強ぉ?「一般的にいって勉強の好きなひとはすくない。興味があって美術の門口まで来たのはいいけれど、扉をあけるために勉強しなさいなんていわれたら、ふつうはそこで引き換えします。世の中、おもしろいことはほかにいくらでもあるのですから、こんなところで苦労するなんて、通常は馬鹿げたことだといっていいでしょう」とスバーンっとおっさっていらっさる(笑)そんなにハッキリ言っちゃっていいんですかぁ(笑)

 でもって、絵なんてものは「見るな、食べろ!」なんだそーですよ(笑)まぁ他にも色々指針が載ってますけど、本書のメインは美術に関して構えるな、好きにトライしろかなぁ(笑)

 アリス的に芸術…画家となれば天農画伯の出番ですが、アマノンの絵画教室…うーん、何か凄い事になりそーな(笑)アリスを助手に呼んでトークイベントにしたら、うけるんじゃなかろーか?と思うのは気のせい?

 かくして(?)著者は絵が自称下手っぴだったとゆー事で、コスプレ写真で勝負する道に(笑)ただし、そこはげいじつなので、コスプレする元は何と天下の名画モナリザだったのです(笑)で、真似っこする訳ですから仔細に観察いたしまする。モナリザとは何ぞや?にまず「ほほえみを浮かべる、美人の、油絵である」から始まって、モノホンのモナリザを見にルーブルに行く、次にモナリザのコピーを見に行く。このコピーもただもんじゃありません。何せこれまた天下のプラド美術館にあるのだから…作者不詳という事ですが、これがトーシロが見てもモナリザの模写と分かる出来…いえ、写真で見る分には立派で美しい。

 他にも参考資料はないのか?と言えば何とコピーは一つじゃなかったで、ラファエロもモナリザをコピーしていたんですね。ただし、こちらは丸写しじゃなくてアレンジ入ってますが何か?みたいなノリ。しかもラファエロの女性画だから、これまた美しい。でもって、モナリザ探索は更に続くで、ルーブルで模写しましたモナリザをな人がいたんですね…でもってこれが日本人画家だったりするんですよ(1973-4年齋藤吾郎)それにしてもモナリザの模写って模写にもルーブル公認模写みたいなお墨付き付があったりするとは知らなんだ…

 こーして比較検討を重ねた結果、著者のセルフプレート、モナリザが出来上がるんですね。どんなんかの詳細は本書をドゾ。いやまぁ何ちゅうか、凄い…

 この後、話題は何故か太陽の塔(岡本太郎)の話になって、ロダンにいって、ヘンリー・ムーアにいって、ピカソにいって、ゴッホにいって、ベラスケスにいくと…この説明の変遷についての詳細も本書をドゾ。何かげいじつって体当たりな気がしてきたが気のせいか?

 次にポップ・アートきたぁーで、これまたアンディ・ウォーホルきたぁーっになるんでしょか?米が輝いていた時と時を共にしてしまったアート界のスターって感じかなぁ?それにしても意外な事にウォーホルってコンプレックスの塊みたいな人だったのか?いかにも米人、いかにも巨匠という雰囲気の人だと思っていたら、違ったんですかねぇ?ちなみにウォーホル、鼻にコンプレックスがあって整形しているとか…そーだったのかぁ?げいじつか的に美的でないものというのは、どーゆー対象になるのかなぁ?ましてや自分の身の内にあるという事は?

 「それらは社会の設定した価値観にそぐわなかっただけです。社会は、自分とはそぐわないものに「基準以下=劣っている」と判定をくだし、基準以下の者には、基準に達するように自分を変えるか、あるいは基準を乱さないようにひっそり暮らすかの、どちらかの選択をせまります」ですかねぇ…この世は美男美女の為にあるってか?もしくは金か、権力か、頭か、スポーツか(笑)あっ後血筋もあったか?

 さて、野茂のエビなんかも出てきますがウォーホル的には銃撃事件ですかねぇ…ヴァレリー・ソラナスによる凶行ですが、詳細は本書をドゾ。この辺りの虚実なお話は何とも今時のお話という事になるんだろーか?何がおろろいたってウォーホルの映画っていぱーいあるのね…それだけネタが尽きぬ人って事になんだろか?まぁ米人は米人好きだしなぁ(笑)

 で、最後に出てくるのが著者と同じよーな制作活動をしているシンディ・シャーマンが登場するんですが、うーん…過分にも全然存知あけなくて申し訳ない…で掲載されている作品を拝見する分には、喜怒哀楽でいうと哀、悲しみよこんにちはの世界か?少女というか、女の子に涙って確かに似合うと思うけど、続けると浪花節みたいな気がしてウェットなのはどーも今一苦手でして…私的にどーかというとアレですけど、ファンは多そうだよなぁって当たり前か…

 でで、最後にシドニー・ビエンナーレの展示作品について、類似品が並ぶってどーよの世界が展開している模様だけど、芸術はオリジナリティがまずありきじゃねーのと…ただ、これからの美術・芸術を展望するに、オリジナルを「強調しすぎると、競いあうことが第一目的になったり、利害の衝突が絶えなかったり、中心と周縁、支配と非支配の関係が固定化されたりしてきます」とゆー事になるんじゃね、と…似ている事もええじゃないか、ええじゃないかとゆーみんなまとめて美しいの世界か?ナンバーワンでもオンリーワンでもなくてオールオールでウィンウィンみたいな(笑)

 この辺りのまとめの詳細も本書をドゾ。うーん美術の世界も20世紀末、21世紀と激動の時代か?まぁ確かに欧米の美術観だけじゃ回らなくなってきたのは確かのよな(笑)

 目次参照  目次 文化・芸術

|

« 天才の思想は決して滅ぶことはない… | トップページ | 狂った生物? »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: てんらんかいのえ?:

« 天才の思想は決して滅ぶことはない… | トップページ | 狂った生物? »