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2013年11月 6日 (水)

どっちが正しいのか私には正確にはわかりません(笑)

感染症は実在しない  岩田健太郎  北大路書房

 何となく秋にというか、冬が近づくとインフルエンザの季節がやってくるよな気がしていたんですが、その実インフルエンザって年中無休というか、季節関係なくあるもんだったんですね…今だとインフルエンザ判定簡単にすぐに分かるよーになったそで、そっすると夏でもあるぜよの世界だったとな…まぁ、それはともかく、本書のサブタイトルは構造構成的感染症学、何か舌かみそーな早口言葉かなソレですが(笑)どゆ本と一言で言うとタイトル通りという事になるんでしょーか?

 人生は幻想であるという幻想論があるとすると。こちらは病気は(人生も?)現象であるになるんですかねぇ?結核、イルフルエンザ、MRSA、糖尿病、高血圧、高コレステロール血症、メタボ、がんetc.と最近流行りの(?)病例を持ち出して、果たしてどーよ?というお話が前半延々と続いている感じかなぁ?現代医療とは何ぞや?の世界と思われ…

 病気は実在するのか?否か?というか、人生いろいろ、治療もいろいろ?

 アリス的に医療?というと蝶々の時の山科の病院になるんだろか?婆ちゃんが入院していた?他に関係ありそーなというと乱鴉のとこだろか?うーん?

 さて、本書は病気の実在をまず疑問視しているとこから始まっていて、詳細は本書をドゾなんですが、よーは、保菌者みたいな人、見た目健康で、本人も自覚症状ない人でも病人なのか?否か?な話から始まっている模様…結局、検査の精度と確率が上がれば、貴方もあなたも貴方も保菌者とゆー話もまかりとおるやんけという事らしー…何か、望遠鏡の精度が上がったら星が見つかったよ、ラッキーな話に似ていると思うのは気のせい?

 で、これまた見つかった以上、オレは治すぜ、治すぜ、治すぜとせっせと撲滅運動推進していったけど、むしろ耐性菌でるし、症状出てないのに、もしくは低いのに薬だしてどよだし、検査は百パーじゃないし、薬だって効かない人いるし、更にに副作用だってあるし、諸々考慮したら、必要あるのか?ないのか?それはもー個人の自由、もしくは意志、信念、信仰じゃね?ですかねぇ?

 医療の多様化というか、価値観の多様化というか、患者の生き方に治療も相対的であるべきじゃね?ですか?徹底治療もあれば、緩和という方向もあると…まぁ正論だと思うには思うんですけど、何とゆーか、日本の病気、贅沢になったんだなぁと、余裕があるなぁでしょか(笑)結局、こーゆー論理が成り立つという事は一刻を争う事態なんかじゃなくて、医者的にこゆ治療とこゆ治療とこゆのがあるけど、ど?と提示する時間的余裕もあり、これまた病人なのに、それを聞いて理解する(べんきょする?ぐぐる?)、更に判断下せる患者もあるとな…病気進行してモーローとしていたら(風邪でもありえるけど/笑)、どれにしますか?ついでにポテトも、もといこちらの治療もいかがっすか?と訊かれて即答できる患者っているのだろーか?と?

 日本人的サガとでも言うべきか?何かしないといられないと(笑)病院的、医者的、治療的には、三たですか?「使った、治った、だから効いた」とゆー、何もしないより、やったもん勝ちみたいなノリとか(笑)まぁこれ双方の精神衛生上はあると思いますじゃね?かなぁ?医者も治療したで満足、患者も治療されたで満足、治ったで双方満足みたいな(笑)極端な話となれば、逆にじっとしてれば治りますとか言われて、はいさよならで納得する患者って、どの位いるのか?病気の時もアレだし、自主的に検査にきた時なんかも早期発見早期治療じゃないのかよと悪態つきたくなるだろーし(笑)

 とまぁ嘆き節ばかりもアレなので面白豆知識的には、メタボについて「アメリカ糖尿病学会とヨーロッパ糖尿病学会は、どの診断基準も問題であり、人々にメタボリック症候群というレッテルを貼ってはいけないとちゃぶ台をひっくり返し、根底から前提を覆すようなことを言い始めました」とな(笑)最早メタボって何?の世界に突入しているんだろか(笑)「こうした恣意的な現象にすぎないメタボリック症候群の検査を義務づけてしまうのは、明らかに行政の越権行為だと思います。役人の支配志向、コントロール願望がもろに出た間違った判断だと私は思います」とキッパリ言い切っていらっさるし(笑)

 行政が出たとこで、著者の一言物申すはあちこちに散見できて予防接種のとこでは「厚生労働省の基本的な発想は「予防接種の副作用を起こすくらいなら患者が死んだほうがまし」という考え方です」で、「このような価値観の背景には「俺は責任をとりたくない」という無責任体質があることも、まず間違いないところだと彼らとたくさんの対話を交わした私は思います」とな…ブルータスお前もか、の世界か(笑)なんのかんのと言いつつ、結局のとこ「その価値を国民に強制したところに、日本の医療行政のパターナリズムという名の罪があるのです」と…ギルティか…まっそれを認める関係者がどれだけいるか?ここは伝家の宝刀の想定外の出番ですよってか(笑)それにしても日本って「予防接種後進国」だったんですね、これまた知らなかったわぁー…

 C型肝炎、所謂薬害エイズ、ファブリノゲンの件の詳細も本書をドゾ。あれって米では1977年に承認取り消しとなっていたのか…ミドリ十字は知っていたそで、厚生省には報告せず、更に厚生省はその情報を入手できなかったか、「入手しても「読んでいなかった」らしいのです」って…更に「専門家たる医者もそれを知らなかったか、あるいは問題視していませんでした」って…皆さんいいしごとしてますねってか(笑)

 ただ、本書は更に「患者さんたちだって、医者が使っている薬を無批判に受け入れたのも事実です」となる訳で…「「お上」に丸投げをしていて、お任せ状態になっていたこと、その構造こそが薬害の遠因になっていたのだと私は思います」と続くのじゃ…先生手厳しい…

 手厳しいついでに「厚労省は無責任な組織です。だからこそ責任の所在を明確にして、どこが間違っていたかを明示し、その部分における改善を要求しなくてはなりません」とな…正論乙ですかねぇ…まぁこの前提として「大切なのは情報が十分に開示されることです」でしょーけど、日本のトップって隠蔽隠蔽また隠蔽が習い性になっているからなぁ(笑)「情報の開示こそが私たちプロの医療者や行政の果たすべき責任なのです」ぐらすのちってか(笑)

 他にも名言の嵐ですので詳細は本書をドゾ。現場の声だよなぁ…本田宗一郎じゃないけど、現場とトップの意見が食い違ったら現場を優先しろじゃね?が真理だと思うけど、それができる組織が日本に幾つあるのか?果てしなくゼロに近いよーな気がするのは気のせい?ゼロつながりで「ゼロリスクは、求めてはいけない非現実的な目標です。また、それを求めると失うものが多くなりすぎるのです」とは、もしかして、絶対に安全です、とかゆーんでしょか(笑)

 いや何とゆーかおぺんきょになりました…1から10までまったくもってごもっともな世界が展開していらっさいます。著者は現場の医療担当者として日夜戦って、葛藤していらっさるんだなぁと思うと頭も下がります。ある意味、良心の叫びを聞けの世界だし(笑)自分も健康な時は先生に全面同意白紙委任状を渡してもいいとすら思う、思うけど、こちらが身体が弱っている時、病気の時にはお会いしたくないなぁというのが正直な感想だったりして(笑)考えよ、もしくは判断しろって体力いるんですよ…データだ情報だ嘘だホントだなんて仕分けする気力というか、根性残っているとは…しかも精神的にフェアな状態で、自分の病気に対する揺るぎないスタンスを保っていられるとは己の事だけに非常に怪しい気が…だから仕事って、信頼と実績の上に成り立っていると思うんですけどねぇ…甘ちゃんで済みません…

 かくて、本書を俯瞰してみる時に、章ごとにエビグラフがあるのですが、ニーチェのそれが一番的を得ているかなぁと?「ものごとを信じ込む人は、誠実な人に敵対します。そして、誠実な人を「真理に反している」と決めつける」とな…

 目次参照  目次 生物

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