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2013年11月24日 (日)

文人のかたには通し。学者のかたにはいよいよ通し。天晴の戯作者に御座候(笑)

江戸の読書熱  鈴木俊幸  平凡社

 サブタイトルが、自学する読書と書籍流通なんですが、うーん、タイトルからしてもー少しエンターティメント系かなぁと思って手に取ったらシリアスな本なんですよ、小論文的というか?じゃ、゛ガチガチに硬いのかというと取り上げられているのは、むしろ庶民の読書的なそれでなーるほどの世界…かくて本書もなーるほど、ですかねぇ?

 江戸の読書とはどんなんだったのか?とゆーのが、実は簡単そーでその実分かりませんの世界とは知らなんだ…そーいや、本について真面目にあーだこーだと言って残しているのって学者関係とゆー事なのか(笑)まぁ後僧侶とか、公家とか、武士とかの一部か?商人でも一部いるのかなぁ、ご隠居様とか?本書的に言うと「読書記録を残すような人間は、その時代においてはむしろ特殊であり、その特殊な事例をいくら積み上げても、一般化は困難である」になっちゃうのか(笑)よーは圧倒的に多かった、町民、職人、農民etc.といったパンピーはどーだったのよ、のお話がメインの模様(笑)

 ちなみに、江戸時代ですから、パンピーに義務教育ないし、新聞も雑誌もない時代ですから…「書籍を読むための訓練をすべて自前で自主的に行わなければならない時代であった」とゆー事になるんですよ、奥さん(誰?)となると、よく時代劇で出て来る寺子屋って、全て私塾的なものでオケの世界か?

 アリス的に読書、そんなの日常当たり前の行為やぁーの世界か(笑)まぁアリスにしてみれば飯のタネでもある訳で、文盲な人を想定していたら本の必要性って、ど?になってしまうのだろか?最近流行りの読み聞かせもあるかもしれないけど?

 さて、寺子屋に行って習えばええやんけ?となるけど、これ現代の人間の発想らしくって、何かを習いに行くとして先生はたいてい都市住まいなんですよ、当時で言えば、江戸とか、京都とか、大阪とか…じゃあ地方在住者はどーするとゆー話になってくる訳で…特に農民なんて土地から離れたらあきまへーんの時代だったし…

 で、そんな貴方に朗報がな話が、今で言うハウツー本?参考書?虎の巻?四書五経も漢字が読めなくても大丈夫、全部ひらがなで書いてありまんがなの世界か(笑)意味も読み方も懇切丁寧な手引書がありまっせ、と(笑)かくて、自宅学習で日本全国いつでもどこでもおべんきょできる時代来たぁーっとなって、これが新たな読書民開拓につながっていくと…

 江戸も本書によると寛政年間(1789-1801)に入ると「知と情報のありようが大きく変化していくように思われる」とな…黄表紙本もこの時から「ぐっと呑み込みやすくなる」そで…これが天明期(1781-1789)だとまだ「黄表紙は武士階級を主にした知識人の余技といった趣が強く、同好の人間を読者として想定した、いわばサークル文芸のようなものであったので、説明めいた言辞は野暮であった」そな…成程、時代が19世紀に向かうと文芸層も変わってくるのか?

 でで、これまた全然意識した事がなかったんですが、書物と草紙は違うのね?書物とは「「物の本」とも称され、神書・仏書・儒書・医書・歌書等」で古典名作の類とでもいおーか、「宗教・学問の本のことである」となるのだそな…でもって草紙となると「当座の慰みに供されるもの、女性や子どものためのものというのが建前の冊子」で「江戸では「地本」」といったよーに地域限定本、消耗品、消費物とゆーくくりであった模様…

 ででで、書籍も草紙も同じ本なのに、商品としての流通はそれぞれ別建てとなるみたいで、世情を流通していたとな…で、時は寛政、倹約だよ、世の中はの世界で「経書が払底するほどの空前の学問ブームが江戸で起こってもいた」そな…不況になるとハウツー本やビジネス書が売れるみたいなものかしら(笑)

 そゆ訳でここで出番ですよの「経典余師」に始まってその類書の余師シリーズでしょか(笑)どゆ本かとゆーと「平易に「道」を説き、「道」に導いてくれるかもしれないこれら師匠要らずの新たな書籍」となる訳で、それは必然的に「本を読んで「道」に参与しようと意欲的な新たな読者層を書籍市場に掘り起こしたことは確かであろう」となる訳だったりして(笑)

 で、おべんきょだけじゃなくて、寛政に入ってから黄表紙も、膝栗毛のシリーズが来たぁーっで、これまたバンビーにめちゃうけですか(笑)当時は貸本屋さんも主流の一つですから、確実に売れる(借り手がいる)シリーズはありがてぇーの世界っしょ(笑)「パターンどおりの安心して笑える笑いがすべてのこの作品の大当たりの要因は、格段教養のない人間にも、また、江戸という都市の文化に縁遠い「村農野嬢」にまでも、そのおもしろさを提供できたこと、そして教養層からも指弾されることのない邪気のない内容であったところにあったことになる」そな…敵がいない、これ大切って事ですか?そーですか(笑)まっ時代のニーズにあったという事だと思いますが(笑)更に、これらが当時の教養書としてもありえた訳だったりして…江戸の滑稽本、なめたらあかんぜよの世界か(笑)

 さて、本の流通、それに伴っての本の拡充、読者層の広がり等の詳細は本書をドゾ。本書では長野ではどーだったのか?が具体的に事例としてたくさん掲載されている模様…それにしても本って初期は小間物屋の行商の方が売り歩いていたのか?女子供の読み物だったとゆーのはこんなとこからきてるんだろか?その後本も独自のネットワークを築いていく訳ですけど、これの詳細も本書をドゾ。全国規模で広がっていくとこが実に日本的か(笑)ちなみに受容が高かったのが義太夫節の本って…歌って踊れる(?)国民性なんですか?そーですか(笑)しょーぐん様も踊っちゃうとか(笑)

 後、暦…これも本屋さんの範疇だったのね…そーいや、年末カレンダーって本屋さんで販売してるもんなぁ…印刷物は皆同じというくくりって、この頃からそーだったのか?でもって、本に関してはお取り寄せもできまっせに突入しているし… 

 経典余師についての詳細は本書をドゾ。元祖自学自習本、著者は溪百年だとか、後に儒者として鳥取藩に行ったそな?とはいえ、詳細は不明らしー…実際、この空前のベストセラー経典余師についても研究は進んでいないそーで…後、この系譜につながるであろう高井蘭山とかの詳細も本書をドゾ。

 まぁ何にせよ、パンピー向けですから、当時から権威とはそんなの関係ねぇー(死語?)の世界だったそーで(笑)しがらみがない自由さもあったよな…うーん、学閥はいつの時代も学閥という事か(笑)どーなんでしょー、准教授(笑)

 取りあえず、興味のある方は本書をドゾ。日本人なら分かる感覚が満ち溢れていまする(笑)最後に本書的に一番ホーホーホーと思わされたとこは著者の後書きのところで、当時の人々が学問に走ったのは「自分の徳を高めたいがためであった」とゆーのが、何とも…しかもそれが「彼らの思い描く美しい人生とは、他人の分を侵さず、自らの分をまっとうすることであったろう」って…そんな人、今どこにの世界ですけど、なんて200年前の日本人の方が美と分を知っていたとゆー事ですかねぇ(笑)

 目次参照  目次 文系

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