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2013年11月13日 (水)

読んで、読んで、読んで、読んで?

読んでいない本について堂々と語る本  ピエール・バイヤール  筑摩書房

 一冊いっとく(笑)みたいな本かなぁ(笑)いや、実に仏的です、パリのエスプリがいぱーいと言うよりは、たんまり(笑)これぞ、仏人の書いた、書く文章だよなぁと拝んじゃいました(笑)世の中にはごまんと古典があり、読んでいるのが普通だよねな本がこれまたたくさんたくさんたくさんあるじゃないですか?で、世間はそれを当然読了しているものとして訊いてくると、その時あなたならどーするぅぅぅぅ?なお話でしょか(笑)たいていは知ったかぶりで墓穴掘るが多いみたいなんですけど、他に道は無いのか?で、その果てしない模索ワールドへようこそだろか?「ただ、これはタブー視されている主題である。この種の考察はいくつもの禁忌を破ることではじめて可能になる」

 世の中は本に対するスタンスとして、読書義務、通読義務、読了した事を前提にして本について語る事というのが暗黙の了解としてあるそーな?そーだったのかっ?で「義務や禁止からなるこの規範の体系は、結果として、人々のうちに読書に関する偽善的態度を生み出した」とな…ついでに言うと学者の間では「嘘をつくのは当たり前になっている」とな…これまた、そーだったのかぁーっ(笑)必読書万歳ってか(笑)

 て、事はもしかしてこれは究極の見栄張り大会の様相を呈してきたのだろーか?読んでないのにコメントする、尤もらしくステートメントを発表する、あると思いますの世界かな?でして、少なくとも著者は「本を前もって読んでいなければ評価できないとは思っていない」そー(笑)よく知らない本も、聞いたこともない本もどんと来いの世界ですかねぇ(笑)

 てな訳でそんな読書生活というか、非読書生活についてなんですよ、奥さん(誰?)

 アリス的に読書、もしくは非読書、うーん、どなんだろ?自分の本は読んで欲しいが、他人様の本なんか読んでる暇あるかボケだったら切ないなぁ…まぁ本音満載で乙かもしれないが?そーいや、読まなくてもいーから買って下さいと身も蓋もないPRもどっかであったよーな記憶があるんだが、さすがにアリスの場合は読んでナンボだろーしなぁ…じゃないとカレー記念日というか麗しの階段教室の光景が美談でなくなっちゃうだろし(笑)

 さて、本書は本との付き合いについての考察例がズラリと並んでいるんですが、「特性のない男」(ムージル)とか、ヴァレリーのプルーストとアナトール・フランスとベルグソンについてのスピーチ、「薔薇の名前」(ウンベルト・エーコ)、モンテーニュの「エセー」での告白というか、心配(笑)とか、「第三の男」(グレアム・グリーン)の登場人物のロロ・マーティンズとか、アフリカ西海岸に住むティヴ族のハムレットに対する疑問とか、「フェルディーノ・セリーヌ」(ピエール・シニアック)の二人の主人公とか、「交換教授」「小さな世界」(デイヴィッド・ロッジ)の大学教員とか、「幻滅」(バルザック)の出版業界人というか、メディア関係者とか、「吾輩は猫である」(夏目漱石)の金縁眼鏡の美学者(迷亭)とか、「読むべきか読まざるべきか」「芸術家としての批判家」(オスカー・ワイルド)とか、他に映画で「グラウンドホッグ・デイ」のフィル・コナーズとか…

 でして、詳細は本書をドゾ。仏の本なのに夏目漱石が出てきたのにはおろろいた…仏でも吾輩は猫である、翻訳されていたんですねぇ…尤も、この紹介と考察の中で、パリのエスプリもふんだんに効いていて、書籍の内容についての説明で「私が先に「薔薇の名前」の文書館を火事から救ったり、ロロ・マーティンズとハリー・ライムの恋人が最後に結ばれるように図ったり、デイヴィッド・ロッジの不幸な作中人物を自殺においやったりすることに決めたとき、私は結局何かをでっち上げたわけではないと言うことも許されよう」とか言っちゃうんですね(笑)決して読者を騙したんじゃないんですよってか(笑)

 本書における著者の遊びはそれだけではなくて、参考文献に略号をつけているとこでそれも「それらを彼自身が読んでいるか」と「それらに対してどんな評価を下しているか」を四段階評価で掲載してまする…秀逸なのは作中の架空の本についてまで評価しているところ…いやもー、本当にとことん遊べというか、堪能せよでしょか(笑)

 まぁ、本書ほど、人生色々、読書も色々、どの立場に立って読むか?または読まないか?はそれまた色々という事かなぁ?何とゆーか、例証として上げられている登場人物達、もしくは作家自身もあるのですが、本人にしてみれば物凄くピンチに陥っている、もしくは悲劇的状況なのに、何故か傍から見る分には笑いを含んでいるとこでしょか?かなり誇張されていてもこゆ事って日常あるよね?みたいな…そして人の不幸は蜜の味的な、毒も含んでいると…

 でもって、これまた本書は至言の嵐でして、例えば「たとえ本を開くにいたらないにせよ、本と真の意味でわがものとする第一歩になりうるのである。極論すれば、一度でも出会ったあとに未知でありつづけるような本はひとつもないといっていい」とか…読書の過剰は「創造性を奪う」とか…「本は、公にされた瞬間から、それが引き起こすさまざまな言葉のやりとりの総体によって存在するものである」とか…あげていったらキリがないよな(笑)

 そゆ訳で、詳細は本書をドゾ。読まない本の為に本を読む…まぁ、堂々と語るには、それなりの教養のベースがあってこそみたいな気もしないでもないですけど…結局これは手のひらの上で踊っているそのもののよーな(笑)

 あっアリス的なとこで一つ追加(笑)本の批評について「作家と批評家が住んでいる世界は狭いので、彼らが誰かの本をコメントする場合には、べた褒めするのが慣例である」そー…パンピーが作家を前にしてコメント求められた場合は「とにかく褒めること、そして細部には立ち入らないこと、これである」そな…とにかく「作家は自分の本についての要約や詳しいコメントなどまったく期待していない。それはむしろしないほうがいい。作家がもっぱら望んでいるのは、作品が気に入ったと、できるだけあいまいな表現で言ってもらうことなのである」そな…そーだったのか?アリス(笑)成程、気になるな、ですね、分かります(笑)

 目次参照  目次 文系

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