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2013年12月23日 (月)

賢者は言葉数の少なさでわかる…

修道院へようこそ  ペーター・ゼーヴァルト・編 ジモーネ・コーゾック・著  創元社

 サブタイトルが、心の安らぎを手にするための11章なんですが、本書は著者がオーバーシェーネンフェルト大修道院に体験宿泊しましたのノリかなぁ?ある種潜入レポート的でもあり、ある種ツアー記録的であり、ある種心の旅路的であり、それはともかくやはり修道院というとパンピーには非日常空間である事は確かで、その雰囲気に圧倒されそー(笑)

 ちなみにこちら独最古のシトー会女子修道院なんだそー…巻末にもあるのですが、独ではというよりキリスト教圏では国内に修道院がある事が普通なんだなぁと思いますた…代表的な修道院だけでも、マリーアヴァルト大修道院、マリーエンローデ修道院、ブランクシュテッテン ベネディクト大修道院、、アーレンベルク修道院、トゥツィング 宣教・ベネティクト女子修道院、キームゼー内フラウエンヴェルト ベネディクト大修道院、ヒメロート シトー会大修道院、聖ミヒャエル大修道院、ネーレスハイム ベネディクト大修道院とズラズラと並んでいらっさいまして…多分これは有名どこだろーし、信仰の場って凄いや、と…

 でまぁ、これまた隔離された場だと勝手に思っていたら、ちゃんと(一部は?)開かれた場でもあるんですね…ついでに言うと中の人達も浮世離れしているのではなく、現実感覚もしっかりあると…例えば、現代の人々と信仰について「大都市の日曜日、隣にいる見知らぬ人と何のつながりもなく、ただミサの席にすわっているだけで、どうして教会に親しみを感じられるでしょうか」ですから現在に生きる人間には、おそらく現代社会にふさわしい信仰の空間を必要としているのでしょう」(@シスター・アヌンツァーク談)

 アリス的にキリスト教というと、母校の英都大じゃまいか?で、ただ、英都、キリスト教はキリスト教でもカトリックじゃなくてプロテスタントじゃまいか?でして、修道院的にはどだろ?あっでも、英都、神学部あるんだっけ?

 さて、大修道院というからには物凄い数のシスターが起居しているのか?と思っていたら、こちらの修道院には30名程の修道女が生活なさっていらっさる模様…この数が多いのか?少ないのか?今一ピンとこないのですが、規模的にはどなんでしょ?教会としての歴史的には12世紀から、シトー派の修道院としては1200年頃からだそで、800年の歴史は伊達じゃないとゆー事なんですよねぇ?独、最古だし…

 で、本書は信仰と信仰の場についての話がメインとなるのかなぁと思いつつ、これ環境についての一考察という事になるんじゃなかろーか?信仰生活にはそれにふさわしい環境が必要で、修道院はそれを日夜キープなさっていると、で、そゆ空間にいると成程現代人、いかに日々ストレスにさらされて、非人間的な生活をしているか、分かるってか?

 ある種、信仰生活とは現代社会のアンチテーゼ的なとこじゃなかろーか?ですかねぇ?安息の意味とか、砂漠の苦行とか、修道院の会則とか、規則正しい生活習慣とか、時間厳守とか、規律とか、中葉とか、沈黙の誓いとか、静寂の教えとか、質素であれとか、謙虚と従順とか、祈りに黙想とか、死を思えとか等々まずは落ち着けの世界かなぁ?詳細は本書をドゾ。とかく慌ただしい現実とは違った世界があるよーな?修道女にも仕事はあるけど、それを中断して一日に何回か祈祷もする。忙しい時も勿論あるけど、廊下を走ったりはしないと…そーゆー生活を肯定するというより受け入れる事が出来るのか?でしょか?

 ちなみに現代人は仕事をしてない時の切り替えができていない人が1/3もいるそな…真に休養をとっていないと…難聴も強いストレスからの現代病という線もあるとな…更に祈りが心身に与える効果についてジョージタウン大とかハーヴァード大とかで論文出ているとは知らなんだ…健康と祈りの相関関係あると思いますの世界なのか?医学的に?

 その他豆知識も満載で詳細は本書をドゾなんですが、ものの考え方が実に欧米か(死語?)なとこが一番パネェかなぁ?例えば祈りと労働についてで「これはまったく新しい考えだった。それまで労働は、人間にとって非常に価値の低いこと、いってみれば「奴隷が行う、苦痛をともなった義務」と考えられていたからである」とか、謙虚さについて「私たちは何もよいことをイメージしない。この言葉から思い浮かべるのは、不安で弱弱しい人間の姿だ。意志のない、卑屈な人間」だそで、「そのような消極的態度が、これまで権力者から社会的抑圧のために利用されてきたことは広く知られている」とな…いやー、そーゆー一面は確かにあると思うけど、まさに文化が違うってこーゆー時に使う言葉じゃなかろーか?

 まぁいかにも西洋人だなぁでは安息の章の初っ端が著者の友人の話、彼がヴァカンスに向かうところは「真の静けさ」を求めての旅だそで、高い山や森林、大平原とどこに行っても現代文明の痕跡から免れないと…で次はナビブ砂漠に行ってようやく真の静けさと巡り合えたというお話…めでたしめでたしという話かと思っていたら、この後に続く著者の言葉がパネェ「だが、そうして「真の静けさ」が、いったい何だというのだろう。それは多くの人びとがいうように、人間の本性にとって本当に必要なものなのか」とな…

 いや、何とゆーか、本書は信仰に帰依というか、修道院生活のススメというか、そゆメインストーリーもあるにはあるけど、ミクロというか、著者自身というかに戻るとどーも根っから現代人というか、欧米人というか、目線が自分中心で個人が確固としているあるとこが凄すぎる…

 まぁ人間的なあまりにも人間的なというとこでは「ときには不快なこともあるのです。というのは、老若とりまぜた数多くの女性たちがいれば、不和や対立は必ず生じるものだからです」(@アンチラ・ベッティング修道院長談)だとな…だから「隣人への愛をみずからに課すことで、つねに挑戦しながら生きている」らしー…汝の隣人を愛せとはそーだったのかぁーっなんでしょか…修道院だからといって、そこにいるシスターもやはり人の子という事なのかのか(笑)

 それはともかく、「修道院とは、ただ人生に疲れた人間が救いを求めて訪れる場所ではない」そな…「そこは天との確かな結びつきを求めて、人びとが絶えざる努力をつづける戦いの場でもある」そー…「そして堅牢なベースキャンプであると同時に、到達すべき頂上でもある天との確かな結びつきを手にしたとき、人間は日々の暮らしにも、真の安らぎが訪れるのである」とまとめられていたりして…信仰において戦いの場とか、ベースキャンプとかいう単語が普通に出てくるところがこれまた実に新鮮でした…やはり、欧米か、パネェ…

 他にもたくさんの興味深いエビ満載ですので、詳細は本書をドゾ。祈りと静寂の修行生活…うん、修行なんですよね、まさに日々是精進ってか?

 目次参照  目次 文化・芸術

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