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2013年12月24日 (火)

愛こそ全て(笑)

バイオフィーリアをめぐって  スティーヴン・R・ケラート エドワード・O・ウィルソン  法政大学出版局

 まぁ何とゆーか、タイトル通りの本でしょか?それについて、学者先生各位がブチ上げている感じかなぁ?青年の主張ならぬ、博士の異常な愛情ならぬ、本人達にとっては世界の中心で、バイオフィーリアを叫んでみた、みたいな(笑)ところで、バイオフィーリアとは何ぞや?と言うと、訳すとすると、生物愛とか、生命愛とか、大きく風呂敷広げるならば地球愛までいってみよーの世界か?その人それぞれに、その愛の範囲は違うのよんと言う事で…

 でもって、中心議題の一つが、このバイオフィーリアは人類にとって、先天的なものか?後天的なものか?それが問題やねんっ(ビシバシっ/笑)といったとこかなぁ?どっちに転んでもアレな気がしないけど、どーしてこー欧米の学者先生は白黒はっきりつけたがるのかなぁと?しかも生物なんてもので…やっきになっている時点でアレな気がするのは気のせいか(笑)

 取りあえず、よく分かねぇー時は目次に逃げるパターンで行くと、プレリュード-「多数の他の死すぺきものと、非常によく似た関係」 スコット・マクヴェイ、イントロダクション スティーヴン・R・ケラート、第一部 概念の明確化に向けて、第一章 バイオフィーリアと自然保護の倫理 エドワード・O・ウィルソン、第二章 自然の人間的価値体系に向けての生物学的基礎 スティーヴン・R・ケラート、第二部 情動と美学、第三章 バイオフィーリア、バイオフォービア、自然の景観 ロジャー・S・ウルリヒ、第四章 人間、生息地、美学 ジュディス・H・ヘールワーゲン ゴードン・H・オリアンズ、第五章 動物との対話-その性質と文化 アアロン・カッチャー グレゴリー・ウィルギンズ、第三部 文化、第六章 失われた矢を求めて-狩猟者の世界における心身の生態学 リチャード・ネルソン、第七章 植物相と動物相の物語の喪失-経験の消失 ゲアリー・ポール・ナパーン サラ・セイント・アントワーヌ、第八章 ニューギニア人とその自然界 ジャレッド・ダイアモンド、第四部 象徴体系、第九章 動物の友達について ポール・シェパード、第十章 聖なるハチ、不潔なブタ、地獄からきたコウモリ-認知的バイオフィーリアとしての動物象徴 エリザベス・アトウッド・ローレンス、第五部 進化、第十一章 神、ガイア、バイオフィーリア ドリオン・サガン リン・マーギュリス、第十二章 生命と人工物 マダーヴ・ガッジル、第六部 倫理と政治行動 第十三章 バイオフィーリア、利己的遺伝子、共有価値 ホームズ・ロールストンⅢ、第十四章 愛か、それとも喪失か-来るバイオフィーリア、革命 デイヴィッド・W・オール、第十五章 バイオフィーリア-答えられぬ諸問題 マイケル・E・スーレ、コーダ スティーヴン・R・ケラートのラインナップでーすっ(笑)

 アリス的にバイオフィーリア、北白川の三匹かなぁ?景色的なとこでアリスも結構山あり海ありな旅しているけど、アリスが一番お気に入りな風景ってやっぱ四天王寺中心の大阪だろーし…ミステリ的には都市でないと成り立たないとこがあるからなぁ…人類的には原風景らしーサバンナの余地はどだろ(笑)

 動物であれ、植物であれ、生き物と対比させているとこでもー欧米か?(死語?)の世界のよーな(笑)取りあえず「人は、<人間以外の目>に映るものを捉えるまで、自らに出会うことはない」(ローレン・アイズリー「予期せぬ宇宙」)なんでしょかねぇ…ですけど、「宇宙での新しく発見されたわれわれの生態地位のこと、つまり、われわれが生み出したわけではないが、維持することにとてつもない責任を担っている被造物の世話役をわれわれが努めなければならないということ」(スコット・マグウェイ)と宣言している辺りで(笑)本当にありが…

 人間と自然の関係についてとなれば、現代だと自然破壊と自然保護の話しにならざるをえない訳で…まあこー言っちゃーなんだが、先進国の先生が指摘している辺りがもーね…自然を破壊したであろー先進国による、自然保護を訴える先進国の人達って…自作自演か?と他者から思われるかもなんて、念頭になさそーだもんなぁ…

 「主観的で、たいへん弁護的な推測ではあるが、もし現在の生息空間の変質がこのまま阻止されずにつづけば、地球上の種の20パーセント以上が次の30年間で消滅する、あるいは絶滅初期の状態に至ろう」(@ウィルソン)とか、「自然と動物に対する異文化間の見方を調査したときにも用いられた」限定的類型学とやらの異文化の調査国がドイツ、日本、ボツワナって…

 アリス的なとこでは「スウェーデンの病院における神経症患者に対して行われた、異なる型の壁絵がどのような効果をもつかをめぐる予備研究」のとこかなぁ?自然の風景関係の絵には肯定的だけど、抽象的なモノには否定的だったとか…時にはこれが暴力・攻撃に関係してるかも?な世界が展開している模様…攻撃の的となったのは抽象的な絵とか版画だったのに対して「自然を描いた絵画に攻撃が向けられたことはないようである」って…ちなみに過去15年の実績となれば、癒し効果というか、ストレス軽減の為には自然の風景画が宜しだという事か?

 も一つアリス的なとこでこちらは刑務所の研究の一環で、房からの眺めが自然物なのか、人工物なのかで「頭痛や消化不良のような健康と関連するストレス症になりにくいことと結びついていることを発見した」(@ムーア)だとか…となると、窓からの庭を大切にってか?廊下なんかも風景画があるといいと思うよ、の世界なんだろか?

 その他、社会的弱者とか、自閉症の方とかの自然との接触とかについての研究については本書をドゾ。本書は全体的に自然賛美的な傾向が強いと思われの世界ですけど、これも米的なあまりにも米的な世界観からしたら、旗色鮮明にしないとやってられないのかもなぁと思わされる事しきりってか?一例としては「われわれの脆弱な環境を脅かす文化的指導の力に少しでも疑いをもったとしても、1992年の共和党全国大会初日の、パトリック・ブキャナン氏の演説を聴けば、その疑いは晴れるだろう。環境保護主義は急進的フェミニズム、無神論、同性愛、その他あらゆる民主党の悪と明白に結びつけれた」って…米って…まぁどこぞの民主党のゴア氏もカレントTVではアレだしなぁ…まさに不都合な真実ってか(笑)米様はどこまでも米様だし…

 「人間が果たすべき適切な役割は、優しく謙虚に動くことであり、嘆願したり強制したりするとしても、常に闘争性は回避しなくてはならない」(@ネルソン)だと思うんですけど、戦いと正義はもー習い性だもんなぁ、米的には…温和で謙虚な米人…ぐぬぬぬぬぬ…「西欧では、環境を圧倒するわれわれの力にはその力を行使するための十分な正統性が備わっているからである」だそーですよ、奥さん(誰?)ちなみにアメリカ大陸での原住民の皆様は3万年-12000年前からその土地で生活してきて「ひどく劣化させることなく自然共同体にその一員としての立場を維持できたこと、それは西欧的想像力をかなり動揺させることである」開発という名の破壊は得意でも、維持する事は苦手なんですって、文明人万歳(笑)

 もー一つ、何だかなぁというのは、欧米人がどんなに自然回帰、自然保護が大事と訴えところで、自然の残っているとこに住む人にとってはどーよ?的な話しもあるとな…例としてパプア・ニューギニアの話しで「若いニューギニア人たちは、森林に詳しい知識を獲得する機会はない。驚いたことには、彼らは、たぶん森林にほとんど興味を示さないだろう」(ダイアモンド)とな…むしろ「彼らの森に対する嫌悪」的な方向らしい…

 結局、バイオフィーリアとは無い物ねだりの写し絵なのかも?都会人・先進国人は自然の森を海を山を草原を川を、大切にの価値観だけど、元森人(と言っていいのか?自然人?)の人達にとっては森林なんかより、冷暖房完備の摩天楼、コンピュータのある生活の方が余程魅力的だし、進んでいるし、生活は楽って事だよね、と…

 価値観の相違はいかんともしがたいという事で、先進国的な方も「道徳的判断をも生み出し、動物の権利の主唱者、動物生態学理論家、狩猟反対者、菜食主義者、そして、自分の寝室にネコやイヌの大群を飼うことが許されなければ、自殺するか市役所を焼いてしまうかもしれない、気違いじみた人たちに至る逸脱した動物愛好者の台頭を容易にしている」(シェパード)とな…

 も一つ上げられるのがノア・シンドローム…「これによってわれわれは、(神の執事として)すぺての動物の世話をする」とな…「獣たちは人間の尊さを認めて、喜んでへつらいながら奉仕するようになる」(シェパード)って…もしくは「人間は最高のものであり、神は人間のために、あらゆる他の生命形態を造ったのだ、という一神教の思い上がりがあって、こうした話は遊牧民のスローガンになっていたのである」(サガン/マーギュリス)とか…欧米か?もとい欧米化って素晴らしスってか(笑)行き着く先は「アメリカ人は同じ精神で車を崇める。かつてメーデーに、共産党はモスクワの赤の広場で戦車とミサイルを崇拝した。インドの初代首相ジャワハラール・ネール、根っからの世俗主義者は、水力発電事業と鉄鋼製造所を近代インドの神殿であると称した」(ガッジル)なんでしょーか(笑)

 社会的にも、生物的にも勝ち組であれというのであれば「自分の価値を防衛するときには、常に共同せよ。だが非共同者にはお人好しであってはいけない。なぜなら、そうすると協力体系が不安定になるからである」(ロールストン)は、もーこれどこぞのパワーバランスの話しかと(笑)

 逆から言えば「国民総生産を膨らますために、あるいは短期間の、多くのまやかしの仕事を提供するために、森林、耕地、自然美、野生動物を破壊する。これは愛国主義ではなくて強欲である」(オール)ともなる訳で…

 複雑性とパワーについては「複雑性は人類の男性が永遠に熱中する力と相関関係にある」という仮説でしょか?「機械人工物-武器から通信装置まで-の見かけの魅力は、他の人間や資源を制御する目的で使用されることに関係している」(スーレ)とな…もーこのマッチョ思考って、どーよと思いつつ「さらに、そこには必然的な結果がある-最も好まれる動物とは、環境と他の人間を制御する最大の力を与えてくれる、大きくて、強くて、速くて、柔順で、賢い種である」ってな…たいていは大きい、哺乳動物なんですよね…虫とか、バクテリアではなくて(笑)もーいっそオキアミ友の会にでも入会すべきか(笑)

 ちなみに米様的には「約1000万人のアメリカ人が動物の権利および福祉を推進する団体を支援しているが、動物の権利および福祉の支持論と環境保全論とを混同してはいけない。動物の権利を熱烈に支持する多数の人は、環境保全努力が野生のネコ科動物、キツネ、ヤギ、ブタ、そして、その他の外来種を含む哺乳類の移動または管理を求めるとなると、その運動に反対するのである」とな…ちなみに「その哺乳類が存在すると多大な危害が加えられる場合でもそうなのである」って…米ェ…

 癒し的な話では、イルカや「猫、犬、小鳥、小さな亀について目覚ましい結果が記録されている」(カッチャー/ウィルキンズ)とあって所謂一つの動物セラピーだと思われですけど、効果はあると…動物のとふれあいは健康にいいんですよ、おぞーさん(誰?)一つ疑問なのは、ここに馬はともかく、牛も豚も鶏も羊も山羊も選択されていないとこでしょーかねぇ?

 何か上げていくとキリがない気がするので詳細は本書をドゾ。私的結論は、米でも総論賛成、各論反対な世界なんだなぁとしみじみしたとこでしょーか(笑)まぁ興味のある人は読んでみるのもあると思いますですけど…

 最後に一つ、本書についての提案を一つ、版元の担当の方へ、再版する事があったらできれば紙の質を一段上げてもらえないでしょーか?600頁もあるから重くなるかもの危惧は分かるんですけど、いかんせんめくり辛いんですよ…この紙の薄さ…というかくっつき易さ…今までの読書人生で一番めくるのが大変だった本として、個人的には記憶に残っておりまする(笑)

 目次参照  目次 生物

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