« 江戸には江戸の食がある(笑) | トップページ | そーだ、ヘルシーで行こー(笑) »

2013年12月17日 (火)

百才あって、一誠足らず(笑)

呪いの時代  内田樹  新潮社

 どゆ本というと総じて日本論という事になるのかなぁ?今の日本はこんな国というより、こゆ現状でっせ、でハニー、何とかしなくっちゃっというより、何とかしたいと、しよーと存ずるっスかねぇ…業界用語で言うとご提案させて頂くでしょーけど、あの手の厭らしさはないよーな(笑)で、何でかなぁと思ったら、あの手の方々は自分の利益の為だけにご提案させて頂くの世界だからかと…これ本書で言うと就活と婚活のとこの理論と重なるんだろか?結局、長い目で見れば、信用が第一って分かるって事でしょか?マッチポンプで儲けてもその時、時期限りなんですよ、奥さん(誰?)

 現代の病理、もしくは問題点については、いちいちそれを真面目に取り上げる人がどれだけいるのか?何だかなぁな日常でありますが、著者はそれをそれって、どーよ?と問いかけている感じなのかなぁと?例えばネット問題…「ネット上では相手を傷つける能力、相手を沈黙に追い込む能力が、ほとんどそれだけが競われています。もっとも少ない言葉で、もっとも効果的に他者を傷つけることのできる人間がネット論壇では英雄視される」とか…即ち、「ネット上のやりとりにおいては「批判に答えて、自説を撤回した人」や、「自説と他者の理説をすり合わせて、落としどころで合意形成した対話」をほとんど見ることがありません」となる訳で、これって正誤の二択しかない単純な世界という事でオケとゆー事なんだろか?

 かくてオフでも「自分の意見だけを言いつのり、どれほど反証が示されても自説を絶対に撤回しないという風儀のことを「ディベート」と呼ぶのだということが僕たちの社会の常識になりました」って…言ったもん勝ち、ごね勝ち、世の中みんなそんなもんってか(笑)

 アリス的に社会についてみたいなそれは准教授の専門と被るのかなぁと思いつつ、本書によると学者とは「「知識を持つ人間」ではなく、「自分の持つ知識についての知識をもっている人間」のことだと僕は思います」…どゆ事かというと自分の知っている事は知るに値する事で、自分の知らない事は知るに値しない事…うわースゲェ自分中心主義(笑)学者の学者批判はどこも手厳しいよなぁ…学会という狭い世界で序列争っているとこーなるのだろーか(笑)

 まっそれはともかくアリス的なとこというと何かを創造するというとこか?「創造するということは個人的であり具体的なことだからです」というのは確かに、だよなぁ…そゆ点でアリスはアリスたらしめているところがソレだからなぁ…ただ、ものをつくるという事は「自分がどの程度の人間であるかがあからさまに暴露されてしまう」という業を負うことになるんですよねぇ…よーは弱みを曝す事になってしまうと…こーして見るともしかして登場人物の中で一番強いのはアリスなのか?いや、打たれ強いとは思っていたけど(笑)

 ちなみに「全能感を優先的に求めるものは、自分に「力がある」ことを誇示したがるものは、何も「作品」を示さず、他人の創り出したものに無慈悲な批評を下してゆく生き方を選ぶようになります。自分の正味の実力に自信のない人間ほど攻撃的になり、その批評は残忍なものになるのはそのせいです」というのは言いえて妙ですかねぇ…壊すのも、貶すのも容易いけど、作る事、創る事はそう簡単には出来ないし、エネルギーもいるしなぁ(笑)

 自己評価では確かへなちょこなはずのアリスですけど、もしかしてもしかするのか(笑)この辺の感覚は天農画伯辺りなら共有できるのだろーか?何にしても責任の所在ははっきりしているよなぁ…そしてそこから逃げる事はしないだろーとすると…

 自己と社会、もしくは自己評価は誰が下すのか?的なソレも何だかなぁ…「タトゥやビアッシングのような身体加工は身体にとってはただの痛みに過ぎません。それを審美的な「自己表現」として喜ぶのは脳の一部に過ぎません」とな、「これら身体毀損によって「利益」を得ているものは誰なのでしょう。それはある狭い人間関係内におけるその人の「立場」です」とな…よーするに「そのような人間として見られたいという他者からの承認欲求ゆえです」と…その「欲望が自分の中心にあって、それが身体ばかりでなく、思考も感情も、すべて専制的に支配している」とななな…自己評価と外が一致していないとなれば、何かに走らないと、すがらないといられないのが人間だもの、なんですかねぇ…

 日本の政治のとこでも常に受け手、後手に回っているソレの話もなるほろなぁとか(笑)詳細は本書をドゾですが、日本に日本の統治原理がないというのは確かに、あるのは他国から投げられる政治課題を必死に投げ返す能力ですか、そーですか(笑)「「問題を正解しなければならない」という発想をする人は構造的に敗者であるということ」ですとな…そりゃ外交で勝てる訳ないわー(笑)

 政治家的に、もしくは官僚的に李下で冠を正さずの件が出てきて、公人はそれだけで推定有罪であるという論は多分、そんな事を胸に掲げた公務員なんて一人としていらっさるんだろーか?もしいるとしたら是非とも拝んでみたいものよのぉ、越後屋(笑)

 さて、最近流行りのバイリンガル、英語教育問題ですが、先生まず極論をぶちかますですか?「そもそも、日本は、英語ができなくても日常生活に何の支障もなく生活することのできる、世界的に希な国です。せっかく例外的幸運に恵まれているのですから、それを享受すればいいのに、と僕は思うのです」って(笑)ちなみに昔文部省は「英語が使える日本人」育成のための行動計画をたてて、結果高校大学生の英語能力は「一段と低下」させた実績があるとな…ゆとり教育といい文科省でタメになった事ってあるのだろーか?と素朴な疑問が?

 日本人が日本語で何とか暮らしていけるのも、日本2000年(?)の翻訳文化があるからですかねぇ…外から来たものを翻訳して自国に取り込む、これについては実績あるもんなぁ(笑)維新後も明治の巨人達が欧米語から日本語へと頑張ったし(笑)

 漢字文化圏としてはベトナムも韓国も昔はそーだった模様です…ちなみに韓国では1968年に漢字教育が廃止、1970年からは教科書から漢字が消滅、「韓国では、漢字の放棄は英語の採用によって代償されています」となり、「高等教育を英語で受けることが社会的向上の条件になっている」そな…これによって前には英語の開けた世界が広がる訳でこれを「「国際化が進んでいる」と言うこともできるでしょう」とな…ただし漢字によって今まで積み上げてきた「自国に蓄積された知的伝統へのアクセス権の放棄とトレードオフなのです」とな…先祖の祖先の残した記述は訳さないと読めないとゆー世界が出現しているそな…さすが韓国なのか…

 ちなみにベトナムも漢字を捨てて、仏宣教師が考案したというローマ字表記を使用しているそな…さらば漢字って世界的潮流なのか?更に公用語に仏語を取り入れて初等中学教育はそれで行こうの世界を展開していらっさる模様…仏語で授業を受けて、大学は仏語圏に行くと…親仏派のエリート養成へ邁進していらっさるのか?ベトナム?ちなみに仏政府は「ベトナムにおけるフランス語教育に今多額の国費を投入しているのです」とな…勿論、親仏派形成する為ですよ、おぞーさん(誰?)「冷徹なほどに利己的なプランです」発動中ってか(笑)「これがほんものの植民地主義マインドなのだと僕は思います」って…いやー、マジか?ベトナムなんですけど?ちなみにベトナムでも古書どころかちょい古の史料が読めない世界が展開していらっさると…過去の文献より未来の国際語が今のトレンドなんですかねぇ…

 そして今や漢字の本家本元の中国でさえ、英語じゃーの世界だそーで…もー国際化の為にはそれがジャスティスって事ですか?そーですか…いやぁ、文化について考えるとか?これが進歩って事なんだから?

 草食男子論もなるほろなぁと思ったのですが、贈与論のとこはこれからの21世紀の指針の一つになりえるのか?どーか?は、どなんでしょかねぇ?総論賛成各論反対になりそーだと思うのは穿ち過ぎか?特に既得権益のある方々にしてみれば、世界の富は全て自分のもの、自分だけのものが正しいジャッジだろーしなぁ…騙された方が悪いんだ、法的に正しいんだ、問題は何もないが席巻してそーですけど?差別化と格付けが三度の飯より好きな人達が賛成するとは思えないよな?経済学的に言えば富の再分配だからなぁ(笑)詳細は本書をドゾ。先生、リキ入ってます(笑)

 原発問題のとこについては、結局この既得権益が一人歩きしている感じか?専門家といっても皆さん「考えてみれば、大学の工学部の原子力工学科を出た人間の勤務先は大学か電力会社しかない」とゆー事ですよね(笑)でもって大学も「委託研究費の大半を電力会社に負っている」とな(笑)でで、原発廃止となったら「原子力工学の専門家はまっさきに失職する」んですよ、姐さん(誰?)まぁ活断層についての見解も地震学者はアレでしたし…世の中御用学者って思った以上に多いという事ですか、そーですか(笑)

 結局、今回の原発事故で分かった事は「「十分に安全性を配慮」すると、コストがかかり、それではまるで商売にならないという点」でしょか…とゆー事は社会的共通資本というものは「政治的イデオロギーやマーケットに委ねてはいけない」とゆー話か?よーは信用の問題だと思われ…「どのような政治的な正しさとも費用対効果とも無関係に、純粋に専門的な見地から、国土の安全と国民の幸福だけを配慮する人々によって管理運営されなければならない」事ですよねぇ…言われてみれば当たり前の事ですけど、これが理想に聞こえてしまうところがもー…

 環境に優しい原発という今となってはファンタジーなんですかねぇ…「「北極のシロクマさんのために」火力発電を止めて原発に切り替えると、今度は「日本の人々」が放射性物質の被爆を恐れなければならないリスクが発生しますということを「温暖化防止キャンペーン」に携わった人たちは誰もアナウンスしなかった」とな…「放射性物質については、そんな牧歌的なバランスは存在しないということは誰もアナウンスしなかった」とな…これまた結局、どの環境に優しかったのか?教えてシロクマさんってか(笑)

 何だかなぁですけど「「政治的に正しいエコロジスト」って、僕、あまり得意じゃないんです。「自然を守らなければならない」というパセティックな使命感の方が先走って、身体がついていってない感じがして」も言いえて妙でしょか…何かもー正義とは何か?か(笑)

 も一つ原発絡みで言うなら、事件は現場で起きているんだぁーっという事態に対して現場に権限を委譲するシステムがなかった事でしょーか?事態は急を要しているのに上司の指示を待ての世界が展開か?ええ、主任印の、係長印の、課長印の、部長印の、役員印の、社長印の、会長印の…「「ほうれんそう」ということが会社内で言われるようになって久しい。「報告・連絡・相談」抜きでことを決してはならないということを日本の組織内労働者は耳にたこができるまで叩き込まれている。原発事故はある意味で「ほうれんそう」の産物である」そしてみんな手遅れになってしまったってか(笑)

 21世紀はリスク管理の世紀かもなぁ?と言うよりも平時も勿論だけど、有事に対応できる人材と物資をいかにストックしておけるか?だろか?もしくは分散化と多様性とか?何にしてもそれらを保持する事は平時には効率化の観点から見たら無駄なんだろーけど、それを無視すれば、フクシマな世界に突入してしまうと…環境に優しいを優先するなら、国民に優しいもあると思うんだがなぁ…まっでも本書にも出ているけどインフルエンザの例もあるし…2009年の神戸での話…インフルエンザが来たぁ外出しないで勧告、皆がそーしたら都市の経済活動が下がっちゃうので不況来るの世界が…さて、その時どーする?「「上の方の人たち」は「市民たちの健康よりも、経済活動を停滞させないことの方が優先する」という政治的判断ににじり寄っていたのである」とな…政治的に正しいって素晴らしス(笑)

 もー世の中、何が正しいのか?正義の安売りか(笑)将来的にそれについては「「真理だけを語る少数の人間たち」だけを例外的に優遇するよりも、圧倒的多数の「間違ったことを語る人間たち」に「自分が間違っていることを自覚する」チャンスを保証する方が、「人間という種」のトータル差し引き勘定ではプラスになる」とゆー方向に進むのでしょか?相手の判断力を勘定に入れる事が出来る人がこれからの知性というか、理性となるんですかねぇ…それは最初から他者がいる人だよなぁ…理解を押し付ける人ではなくて、理解を求める人…上から目線乙ではなくて、それはとても器の大きな人だと思われ(笑)

 結局、これは共存共栄という事なんだろか?先生?と、相変わらずおのれの読解力について頭抱えている日々ですが…本書にはその他にもたくさんの提言が溢れていますので、詳細は本書をドゾ。ドゾ。ドゾ。

 目次参照  目次 未分類

|

« 江戸には江戸の食がある(笑) | トップページ | そーだ、ヘルシーで行こー(笑) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

未分類」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 百才あって、一誠足らず(笑):

« 江戸には江戸の食がある(笑) | トップページ | そーだ、ヘルシーで行こー(笑) »