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2014年1月 4日 (土)

20年の月日を経ても。

生命とは何か それからの50年  M.P.マーフィー L.A.J.オニール 共編  培風館

 新年明けましておめでたいという事で、ちょっと背伸びして本書を手にとって、玉砕したというとこでしょーか(笑)取りあえず、サブタイトルは未来の生命科学への指針でして、何とゆーか、向かい風に胸を張れの世界のよーな気がする(笑)どーゆー本かと言えば、タイトルからもお分かりの通り、シュレーディンガーの名作、というか小冊子でしょか(笑)の「生命とは何か」へのオマージュですかねぇ?

 もともと、この小論文というか、檄文の元ネタは、ダブリンはトリニティカレッジで生命とは何かと講義した(1943)ものをまとめたものとか…伝説によるとこれによって物理学を志したというか、当時の俊英達がこぞって生物学にはせ参じた、そして分子生物学が生まれたみたいな話しになっていますが?果たして本当にそーなのか(笑)

 とまぁ、謎は謎のままが美しスの世界ですけど、問いには問いを、やるからにはやるぞと1993年9月20日-22日にかけて、これまたトリニティカレッジに世界の著名学者の皆様が集まって記念講義をしたと、で、そのまとめが本書という事に…いや、本当に錚々たる面子です、うん…50年の月日を超えて、科学は、生命は、どーなったか?どーしたか?そして、これからどーなるのか?お題も壮大そのものです(笑)

 てな訳で、困った時は目次に走るいつものパターンで行くと、第一章 序、生命とは何か-それからの50年、マイケル・P・マーフィー&ルーク・A・J・オニール 第二章 20世紀の生物学のうち何が生き残るだろうか、マンフレッド・アイゲン、第三章 「生命とは何か」-歴史上の問題として、スティーヴン・ジェイ・グールド、第四章 人間の創造性の進化、ジェレド・ダイアモンド、第五章 発生:卵は計算可能か、あるいは私たちが天使や恐竜を生み出すことができるか、ルイス・ウォルバート、第六章 言語と生命、ジョン・メイナード・スミス&エールス・サトマーリ、第七章 タンパク質なしのRNAあるいはRNAなしのタンパク質?、クリスチャン・ド・デューブ、第八章 「生命とは何か」-シュレーディンガーは果たして正しかったか、スチュアート・A・カウフマン、第九章 心を理解するためになぜ新しい物理が必要か、ロジャー・ペンローズ、第十章 自然の法則は進化するか?、ウォルター・ティリング、第十一章 生体において期待される新しい法則:脳と行動のシナデェティクス、J・A・スコット・ケルソー&ハーマン・ハーケン、第十二章 無秩序から秩序へ:生物学における複雑系の熱力学、エリック・J・シュナイダー&ジェームズ・J・ケイ、第十三章 回想、ルース・フラウニツァーでござるっ。ね、凄い面子でしょ(笑)

 アリス的には、シュレーディンガーというと、かの有名な仮説、シュレーディンガーの猫ではなかろーか?北白川の猫も関係あるのか?ないのか?それが問題だってか(笑)量子物理学のこれまた壮大なロマンですよねぇ(笑)あるのか?ないのか?誰にもわかりませんな世界?20世紀はそーゆー科学の世界だったよーな気がする(笑)

 さて、本書は本当に最後の章はシュレーディンガーの娘さんの回顧録というか、謝意で結んでいる気がするので除外するにしても、科学的なお話で、これだけ毛色が違う人達が並ぶのも凄いというか、すざまじいものが(笑)内容の方もトーシロ向けから、どこの専門家に向けてやねんまで実に幅広いよな…詳細は本当に本書を参照して下さいとアナウンスするしか能がない情けなさですが、個人的にお薦めはスティーヴン・ジェイ・グールドの論文ですか?正しき米式喧嘩の売り方とゆー気がしてきた(笑)当時の、生物学=分子生物学という流れが気に入らなかったよーで、最初から最後まで何とゆーか一つのプロパガンダか?の世界が展開、ここまで反論的な見解を提出するなんて、ある意味天晴れだわ…普通、記念講演なら故人の偉業を讃え、これから生物学の繁栄を願うみたいな美句麗句のパターンに陥いるんじゃねと思うのは日本人的アレなのか(笑)何であろーと言う事は言うみたいな、己の信念第一主義的なとこが、実に欧米か?(死語?)で、眼から鱗だわー(笑)

 さてさて、本書のお題は、生命とは何か?これはもー人それぞれにあるよなぁ?と、科学的アプローチもそりゃ色々あるだーろーと思いまする。本書的にも、幾つかの分け方をしていますが、例えば、秩序からの秩序と無秩序からの秩序とか、生命系のふるまいとしては、自己複製と突然変異と代謝があるとか、設計図的にいくなら、タンパク質かDNAかとか、もしくは機能か情報か…あるいは微視的に見るのか、巨視的に見るのか?etc.あなたならどぉするぅぅぅぅ(笑)もしくは「ポストモダニストならば、「生命とは何か」といったような問いに対するいかなる単一の答えも、まず信用しないに違いない」(@グールド)なんてどーでしょー(笑)

 何か人生の達観討論会の様相を呈してきたよーな感が(笑)「私たちにとって基本的な法則とされているものは、宇宙の最初には法則ではなく、単なる可能性にすぎなかったのである」(@ティリング)とかね、「もし個体がそれ自身の遺伝子に影響を及ぼすことができるとしたら、ラマルク主義が再び頭を持ち上げることを意味する。ほかに、人に影響を及ぼすような秩序変数として、たしかに、言語や教養、科学その他がある。それらが、遺伝子とともに、個の形成に寄与しているのである」(@ケルソー&ハーケン)とかになると物事一つじゃ決まらんぜよの世界か?科学も原理主義的な流れが主流なんだろなぁ…と…考えさせられる一文の気が?

 と、一つ一つの論文をチョイスしていくと止まらない気がするので、個人的に一番何とゆーかトーシロ向けに風呂敷広げてくれた感じがするアイゲン先生のお話のとこを上げとこー(笑)今までは何か発見があったら「それは人間にとって何の役に立つのか?」という質問が主だったけど、今やそれは「それはどんなダメージを引き起こすのか、どの程度私たちの健康や幸せを損なうのか」と訊かれるよーになってしまったとお嘆きの貴兄に捧ぐでしょか?いやー、科学が万能ではなく、むしろ災いだ災いだ地に住む人々は災いだのノリになってきた模様…

 ちなみに未来とは「私たちの生活様式の変化が、来たるべきミレニアムには、今、終末に向かいつつある世紀よりもなお過激なものとなるだろうということである」となるそな…生活様式はともかく、個人として神経質というか、過敏にはなっているよーな気は確かにするよーな…何もかも疑わしいというのがソレでしょか?「無関心な大衆は、専門家のアドバイスに対して感情的になっている少数の人々のイデオロギー的な議論に、いったいどこまで言いなりになっているのだろうか」とまで言うし…アナウンスは色々あれど声の大きい方に靡いてしまいがちなのはいかがなものかってか(笑)

 アイゲン先生的にきっぱり言うと「私たちは、リスクにしりごみする社会に生きている」になるんでしょーか?ちなみに「生物学研究の未来を語るときに、リスクの評価、責任の所在、倫理といった問題など、議論しなければならない問題が増えてくるだろう。生物学研究の中心的な対象は、人類と「彼」を取り巻く環境である。ここで「彼」というのは、人類に関してしてという意味である。したがって、研究の結果はすべての人類に関係する」とな…

 で、事は生物学だけでなく、人類の進展の道のりという壮大な話にも直結して「人類の関心事に対して合理的な分別をもって対応し、はっきりした行動規範をうち立てることができなかったことを、最終的に自覚できるかどうかにかかっている」とな…分別のある大人、そんな幻想を夢見た事もありましたってか(笑)

 「私たちはジレンマそのものの中にいることがわかるだろう。なぜなら、これまであった個人の自由を命令に服従させようとするあらゆる企ては、個人をあたかも中枢で制御された有機的統一体の中の意志なき単一の細胞の身分にはまて墜落させるものであり、長い間そうするうちに、人間社会を害したのみであり、しかも一部の人類の撲滅さえももたらしたのである」だそーですよ、奥さん(誰?)ちなみに理由の一部は「基本的人権を侵すような特定の利害関係を代表するものだった」からだとか…頭がそれでは先が見えているとゆーとこでしょか?失敗の理由的には「自己中心的あるいはエゴイスティックな人間的欠陥にあるもので、基本的に権力を振りまわすことに没頭していたからである」とはとはとは、心当たりある人が多すぎるってか(笑)も一つ付け加えると「イデオロギーは理性に取って代わることはできない」そーですよ、おぞーさん(誰?)

 何とゆーか、正月早々悲観的になってしまいそーですが、取りあえず、理性的であれという事は確かのよーです。もしくは理性に基づいた判断を行えですかね…利他的な理性の人…うーん、どこにいるんだぁーっ(エコー付/笑)100周年の時には、会えるかなかなかな(笑)

 目次参照  目次 理系

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