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2014年2月17日 (月)

泣くの?笑うの?闘うの(笑)

ルネサンスの女たち  塩野七生  新潮社

 歴史を語るとなると、どーしてもここ2000年というか、5000年というかで男性中心主義というか、男性名がズラリの世界だよなぁ?まぁたまに女性も出てきますが、それは女王様的なそれか、悪女的なそれか、母親的なそれで、普通の女性が普通に出てくるよーになるのは多分WWⅡ以降の話じゃまいか?まぁ21世紀現時点でも、女性の政治家の割合とか、女性の役員の割合とか、もっと卑近に女性の正社員の割合とか、まだまだ平等って訳じゃないからなぁ(笑)

 そんな訳でここは伊、時はルネサンスというと、レオナルドとか、ミケランジェロとか、ラファエロとか、後はコロンブスとか、マキャヴェリな人位しかパッと浮かばない歴史音痴ですけど、でも女性はどーだったのだろー?というと、うーん…伊の女性というとマンマ・ミーヤじゃないけどおふくろ的な母親像はあっても、個人となるとうーん?最近(?)だとチッチョリーナかなぁ?政治家になって話題になったけど?今どーしているのだろぉ?

 と、それもともかく、本書はそんな伊女性とは何ぞや?的なとこで、ルネサンスの女性が登場して下さりまする…イザベッラ・デステ、ルクレツィア・ボルジア、カテリーナ・スフォルツァ、カテリーナ・コルネールの四人…それぞれに数奇な人生を歩んだというのは本当かなと…で、この中だとルクレツィア位しか知らなかったんですが、皆さんそれぞれにパネェ…いやある意味女の生き方について考えるに最高の取り合わせかもしれないってか(笑)

 アリス的に、ルネサンス…しかも女性って…うーん、アリス好みの女性観って一昔前のやまとなでしこ的なそれに近いと思うんだけど?どだろ?まぁ殿方的に王道とは思うけど(笑)でもって准教授の方は女嫌いで一刀両断だからなぁ(笑)そして、一般の殿方的には本書に出てくるとこのイザベッラ・デステとか、カテリーナ・スフォルツァとかは問題外じゃまいか?元祖肉食系という感じだし、むしろ烈女と言った方がいいのか?女は男の三歩後ろに下がるなんてのを夢見ている人達には、かなり強烈な女性陣じゃまいか(笑)じゃね?

 この点についても著者は「今日では、男性的心情をもつ女に対しての評価は、ひどく厳しい。大胆で勇敢な女は、女傑とか女丈夫とか、ひどくいかがわしい調子でよばれる」とな…まぁ男の理想は若くて、美人で、イエスマンな女だろーしなぁ(笑)ちなみに伊ではそゆ人、言葉が「讃嘆の言葉であった」とな…「美しく残忍な女、大胆な女は、当時の男たちの間には、男の征服欲をそそる魅力的な女と映っていたことだろう」って…成程、伊、肉食男子の国だもの?だったのか?少なくとも当時は(笑)

 後、アリス的というか、准教授的なとこで、著者が大学人を三つに分けてとらえているとこですか?「第一種は、さすがにスゴイと言わざるをえない研究者。第二種は、どの世界で仕事をしていても月並みな成果しかあげられない人。第三種は、大学という世界でしてか通用しない人」とな(笑)元々、第二と第三が多いだろーなぁと思ってはいたけど、先の震災で第二どころか、第三ばかりなりも露呈しちゃったしねぇ(笑)准教授的には、その辺の評価は如何に如何にかな(笑)まぁ准教授の場合英都名物、変人枠らしーから(笑)

 さて、歴史的に面白いと思ったのは、当時は日本も下剋上だったけど、伊的にも下剋上だったのか?ある意味戦国時代的なそれ?スフォルツァ家といえば、伊では名門、ミラノのトップ的なソレだと思っていたら、こちらも元農民から、傭兵になって、領主、公爵になったとゆーどこぞの戦国武将みたいな成り立ちだったんですねぇ…ボルジアにしてもスペインから出てきたソレだし、デステ家は貴族だとしても国的に中、もしくは小国だし…いやまぁ伊の歴史的変遷、土地の所属を巡っては血みどろのソレのよな…

 かくて時の法王でさえ「聖職者であるよりも政治家であることを要求される」というのが事実って奴ですか?「ヴァティカンは、宗教団体であると同時に政治団体でもある、いやあらざるをえないこと」とな…でもってヴァティカンだけの話じゃなくて「すべての大宗教に共通の宿命であって、この本質は、それを強く要求されたあの時代でなくても、現代においてすら、少しも変わっていない」とな…そーだったのかぁ(笑)まぁ政治というと奇麗に聞こえるけどやってる事は他人を蹴落として自分がトップになる事だからなぁ(笑)権力欲ってパネェ…

 まぁ激動の中での女性達の戦いはこれまた詳細は本書をドゾ。特に、イザベッラ・デステとカテリーナ・スフォルツァの二人は並じゃないというか、運命に立ち向かった女って事になるのだろーか?どちらも伊中、というよりヨーロッパ中にこの人ありと名が轟いた人達だからなぁ…まぁ時の権力者との折衝にたけたイザベッラというか、国を守ったというべきか?と、権力者に立ち向かったカテリーナ・スフォルツァはある意味ジャンヌ・ダルク的か?まぁ最後がどちらも不遇的なとこもアレだけど…

 それに対して流されて流されてタイプがルクレツィア・ボルジアとカテリーナ・コルネールかも?ルクレツィアの方は父と兄に翻弄された悲劇の女性、線の細い受難の人みたいなイメージがあったけど、こーいっては何だけど見方によっては男運が良かったになるんじゃまいか?最初の夫も二番目の夫も凡人ではあったけど、ついでに二番目の夫なんて殺されているし…でもその時その時の男につくしている対応をしてきた女性って感じか?でもって三番目の夫、アルフォンソ・デステは変人というより、自分的に一本筋の通っている人だったよーで、傍から見たらアレかもでも当たりくじだったんじゃね?じゃね?まぁ清楚なイメージでいたルクレツィアですけど、あちこちで浮気が、人妻だから不倫なのか?パネェし、父と兄が滅亡した後もフェラーラで公爵夫人として生き続けた訳だし…

 で、カテリーナ・コルネールとは誰ぞ?というと、ヴェネツィアの貴族の令嬢、そしてキプロスの女王となった人だとな…ちなみに14才で結婚するんだけど、旦那が(というよりキプロス国家が)迎えにきたのは18才の時という、まさに政略結婚ですが、何か?な放置プレイなのかな政治的思惑ダダ漏れなそれで幕開けた傍目から見たら波乱の一生、本人的にはその場の事しか頭にないタイプじゃね?かなぁ?父が弟が、家族が、ヴェネツィアが自分に悪い事をする訳がないと単純に信じていられた感覚って…かくて思惑通りに動く人形というか、駒で始まり、終わった人生ですかねぇ…最後は、キプロスをヴェネツィアに譲渡して、自分はヴェネツィアに帰国し、そこで元女王として生活して死んでゆく訳ですから…

 当時の大国(?)としてのヴェネツィアの非情さというか、政治というものがいやもーパネェなんてもんじゃないよな…目的の為には手段を選ばないと言わんばかりのソレは凄い…キプロス島民の心情なんてヴェネツィアも、ローマも、ナポリも、仏も、エジプトも、トルコも気になんてしていないんですよねぇ…自国の都合こそ全てというとこが、いっそ天晴か?まぁそこで17年も女王として住んでいたカテリーナ・コルネールにしたって、たいして変わりはしないんですけど?何せ帰国してからひとかえりだもしていないんですから(笑)

 そゆ点では一番の勝ち組ってこのカテリーナ・コルネールじゃね?ですかねぇ…自分一人では何一つ決められない傀儡の女王としても…著者的に言うなら「女の中には、その受けた苦悩や悲哀が、少しも影を落としていない者がある。努めてそれらを克服して、表に見せまいとしているのではない。かといって、それらをじっと胸の内につかんで、自己の飛躍の舞台にしようとするのでもない。自然に、ごく自然のうちに、苦しみや悲しみは、彼女たちから去っていく。まるで運命の女神が、彼女たちにはいつも戦闘意欲を失ってしまうかのように。こういう女は、最も幸福な女である。そして男たちにとっては、最も理想的な女でもある」とな…

 とまぁ、人生色々、女も色々で詳細は本書をドゾ。激動の時代の生き方指南になるのだろぉか?それとも伊女性ってやっぱつおいという事なのか(笑)

 目次参照  目次 文系

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