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2014年3月19日 (水)

ほっちっちっかもてなや?

ぼくの東京案内  植草甚一  晶文社

 植草甚一スクラップブックというシリーズ本の中の一冊だと思われなんですが、著者は明治生まれなんですね、で、東京は日本橋小網町生まれ、人形町と言った方がいいのか?著者曰く下町生まれだそーですが、どっちかと言うと東京のど真ん中で生まれ育ったと言った方が宜しの世界じゃなかろーか?

 で、今はというか、本書では経堂(世田谷)にお住まいのご様子。そんな訳で巻頭はその経堂から新宿だ、渋谷だ、六本木だ、と都内の繁華街を闊歩するエッセイが掲載されているんですが、次にむかしの東京というカテゴリーに入ると、どっとディープなというか、昭和なというか、むしろ大正かな東京が出てくるんですよ、何せ著者は関東大震災もWWⅡも経験していらっさる人だから、二度も東京が焦土になっている姿を目撃しているという事なんですね…

 でで、更にページは進んで三番手に控えるは、ぼくの親しい友人たちのとこで、交遊録のメンバーも国際的だけど、その後に出てくる名前が、池波正太郎に、池田満寿夫に、五木寛之なんですよ、奥さん(誰?)

 いやもー何とゆーか、この振り幅の広さパネェ…何でもあるよな雑多感なのにスッキリしているといおーか?いまの東京のとこだけでも小田急線やバスに乗ってみよーって気になるかも(笑)

 アリス的に東京…片桐さんとかの方が被るのか?小田急線的には、四風荘かなぁ?代々木上原出てきたし?散歩的なとこではアポロンと重なりそー(笑)何か作家って歩いている人多しな気がするのは気のせいか?「ぼくは原稿を書いて生活しているので、どうしても不規則な毎日になる。けれど昔から散歩が好きなので、足がじょうぶになっていて、そのせいか長わずらいはしないほうだった。散歩のほかバスがすいている時間に乗って、ガタンガタンと揺られながらそとの景色をながめているのがすきだという、安あがりな趣味もある」の件は、何かアリスとモロ被りしそーな気がするのは気のせいか(笑)

 も一つアリスと被りそーなとこで、著者が古本屋巡りを趣味にしているというか、仕事上必要というか、自分の娯楽の為というか、で神保町その他の古本屋のシーンがチラホラ出てくるとこかなぁ?例えば「ぼくの古本屋歩きは洋書をねらうから、目指す方向は神保町をはじめとして二十地点を超えない」とか…で、合間にコーヒー休憩を入れつつ回っていく訳で、しかも本だから一冊二冊ならともかく「両手にぶらさげて帰ると腕がだるくなっている」になるんですね、分かります(笑)後、「だいたい下町には、いい古本屋というものがない」とかあるんですけど、そーなんですか?で典型的なとこが「神保町あたりをブラついていると、本が並んでいるなと感じるだけで、ほかのことは忘れている」はアリスなんか心当たりが多すぎるというか、完全に同意の世界じゃね(笑)

 ミステリ的には「神保町へ古本をさがしに行ったところ、松村に新しい小説が十冊ばかりあり、そのうちオーストラリアの女流新人クリーナ・ローハンの「犯罪者」というのが、イギリスで来年発売する本らしく」なんて記述も出てきたり(笑)後は久野書店の広川一勝について「広川といえば推理小説以外の話をしないほどマニアだったし」って…昔からその手の人はいらっさったのか(笑)アリスの類友か(笑)

 他に作家的なとこで「明治から大正にかけての作家は東京生まれじゃない人が多いでしょう」とな…そーだったのかぁ?あるとしたら夏目漱石位という事らしー、そーだったのかぁ?で、著者は日本の小説より海外の小説に走り、やがて原書で読むよーになると…当時の東京人、というか下町人、何かあったのだろか?

 雑誌的面白豆知識でいくと、「広告の多い少ないで、その雑誌がいまにつぶれるかもしれないといったところまで判ってくる」とはおろろいた、そーだったのかぁー(笑)「ところがアメリカは不思議なところで、つぶれそうな雑誌でも、いつのまにか持ちなおし、広告の分量が増えていく」そで、どーしてかというと編集スタッフが代わっているからだそー、プレス欄に目を通していくとその雑誌の動向が分かるってすか(笑)米的なとこでは、「敗戦直後に知ったことだが、GI向けの雑誌には料理の色刷り広告はオミットしていた。それを見ると兵隊がノスタルジアにかられるという理由からである」そー…おふくろの味というか、胃袋は故郷を裏切らないって事ですかねぇ(笑)

 本書でへぇぇぇぇーと思わされたとこは日本の中のおくにでしょか?ちなみに著者は関東圏というか、首都圏から50年間出た事がなかったそーで、東京の下町生まれだと富士山でも遠くにありにけりの世界だった模様…そんなお人が外国書が愛読書だったとこがこれまたアレだけど、これまた本書の解説を書いていらっさる木島始氏は京都人だそーで、このエビがまたらしー(笑)「わたしは、学生時代に東京生まれで東京育ちの女子学生に「こんどいつイナカに帰るの?」などと言われて、こちんときたことが何回かあるのだが」の件は、実に土地っ子の感覚を伝えているよーな?京都人からしたら東京なんてあづまびとの世界だろーし…大阪人の東京感とかもアリスにしてアレだし、いや色々あるんだなぁと思わさる日常の一コマなんですが、これ東京下町っ子の著者になると…

 結婚式に出席して気付いた事が「みんなの話し言葉のなかに、なまりがすこしもないこと」だったりするんですよ、おぞーさん(誰?)「こうしたおおぜいの会合で東京弁の人たちばかり集まるということは、最近では、ほんとうに珍しい」という話らしー、そーだったのかぁ?で更に「それはかなりデリケートな感情なのだが、下町っ子には、なまり言葉がかんにさわるという性格に生まれついていたのだった」とな…これまたそーだったのか?まぁ今になると生粋の東京弁を聞く機会もまずありえへーんの世界に突入していっているよーな気がするが?どだろ?

 で、著者が何故に池波正太郎を取り上げているかというと、この東京生まれ東京育ち、もっと言うと下町の感覚が重なっているからじゃまいか?というのもドンドン焼きのとこで、そんな話が出てくるからで「下町の子供でドンドン焼きがキライな者はいなかったろう。かわいそうに山手の子供たちはドンドン焼きを知らない」とな…「どうしてかというと母親があんなキタナイものは食べちゃいけないと子供に向かって命令したからだ」そーで、食べ物の棲み分けって宗教関係だけじゃなく古えより続く道なんだろか?かくて「下町育ちの者が山手の人間がきらいなのは、そうした上っ面な考え方をするからだった」となる訳でして…東京内にも東西が存在する訳ですよ、姐さん(誰?)

 他にも色々豆知識満載ですので詳細は本書をドゾ。最後に一つだけエビ上げておくとしたら映画のとこのそれがパネェ…「1939年に軍部の要請で川喜多長政が上海共同租界のハミルトン・ハウスに中華電影公司の本社事務所を設置したことから、危うく甘粕大尉に暗殺されかけたことだった。甘粕は満映という国家映画会社の理事長におさまっていて、中国人と友諠を土台にして映画製作をするという川喜多長政のやりかたが気にくわなかったのである」とな…で話はこれだけで終わらないでして「「自由を我らに」のときの同業者の陰謀というのは、映画の買い付けでヨーロッパを飛び回っている川喜多長政をスパイにしてしまい、ルネ・クレールの傑作を横取りして配給しようとしたのであった」とか、所謂一つの裏面史ですか…

 本当は著者のメインじゃなかろーか?のジャズな話が一番いぱーい掲載されているよーな気がするんだが、そちらの詳細は本書をドゾ。昔はジャズ喫茶とか、ジャズの生演奏とかいぱーいあったんだなぁ?とついでに来日するミュージシャンも多かったのだなぁとしみじみしてしまいまする…

 文化というものを考えてしまう上で(下で?)なるほろなぁというより、さもありなんなという方があっているのかで著者の青春時代はちょうど関東大震災直後で軒並み商店街が倒産の嵐の真っただ中にの世界が展開していた模様…著者の実家の木綿問屋も左前になっていったと…そんな訳で、当時は東京より地方のお金持ちが東京を徘徊していたらしー、その件は早稲田大学生だった頃の思い出話にチラって出ていますので詳細はそちらをですけど、うーん…金のあるなし、貧富、格差と問題になっていますけど、ついでに言うとバブルの功罪なんかも言われてますが、「一人前らしくなってからも、自分のお金でぜいたくを味わったことがないのがハンディキャップになってしまうのだった」で、文化にとっては贅沢は敵だっとはならない模様…まぁあまりアレだと退廃というか、デカダンにいっちゃうかもだけど、芸術やサブカルが普通にある生活についてじっと手を見るとか…

 目次参照  目次 国内

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