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2014年3月11日 (火)

正義は各民族の権利の限界をつくっている(笑)

アメリカの民主政治 中  A・トクヴィル  講談社

 そーいえば、前に上巻を拝読したなぁと思いつつ、今回も内容についていけないおつむなので…なんじゃこりぁ?状態なんですが、そんな己でも本当の事と凄い事は分かるよーな気がする…トクヴィル先生渾身の一冊というか、淡々とした報告書というべきか?毎回思うが、利害の絡んでいない時の、仏人の他者を見る眼は的確すぐる…いや、これに尽きるんじゃまいか?

 とゆー訳でいつものよーに分からない時は目次に逃げるパターンで、中巻いってみよー(笑)で、
 第二巻 まえがき
 第一章 厳密にいって、アメリカ連邦ではどうして支配するものは人民であるといえるのであろうか
 第二章 アメリカ連邦における諸政党について、第一節 アメリカ連邦における政党概説、第二節 アメリカ連邦における貴族党の残留者たちについて、
 第三章 アメリカ連邦における出版の自由について、第一節 アメリカ連邦における政界と出版の自由との関係、第二節 アメリカ連邦で出版の自由の支配下で確立されている諸意見は、他の諸国で出版検閲制の下に形成される諸意見よりも、しばしば頑強である、
 第四章 アメリカ連邦における政治的団体について、第一節 アメリカ連邦における政治的団体の無制限な自由は多数者の圧制への保障である、第二節 ヨーロッパとアメリカ連邦とでは団結権については、理解の仕方が異なっているし、また団結権の行使が異なっている、
 第五章 アメリカにおける民主主義の政治について、第一節 普遍的投票について、第二節 人民の選択と、その選択におけるアメリカ的民主主義の諸本能とについて、第三節 民主主義のこれらの本能を一部矯正することのできる諸原因について、第四節 アメリカ的民主政治が選挙法に及ぼしている影響、第五節 アメリカ的民主政治の支配下における公務について、第六節 アメリカ的民主政治の支配下での役人の自由裁量について、第七節 アメリカ連邦における行政的不安定、第八節 アメリカ的民主政治の支配下における公共的負担、第九節 公務員俸給の固定制におけるアメリカ的民主政治の諸本能について、第十節 アメリカ的政治を安くつくようにしている諸原因を判別することのむつかしさ、第十一節 アメリカ連邦の公費はフランスの公費と比較されうるか、第十二節 民主政治における治者たちのの腐敗と悪徳について並びにその結果として公徳に与える諸効果について、第十三節 民主政治がなしうる努力について、第十四節 アメリカ的民主政治が一般にその民主政治自体にはらきかけている権力について、第十五節 民主政治の外交政策について、
 第六章 アメリカ的社会が民主主義の政治から引出している真実の諸利益は何であるか、第一節 アメリカ的民主政治の支配下における法律の一般的傾向、並びにこれらの法律を適用する人々の本能について、第二節 アメリカ連邦における公共的精神について、第三節 アメリカ連邦における権利の概念について、第四節 アメリカ連邦での法律尊重について、第五節 アメリカ連邦における政治団体のすべての部分にゆきわたって支配している活発な活動と、それが社会に及ぼしている影響、
 第七章 アメリカ連邦における多数者の専制権力と、その効果とについて、第一節 アメリカ連邦における多数者の専制権力、第二節 多数者の専制権力がアメリカでは民主政治に自然的である立法的並びに行政的不安定を、どうして増大するのであろうか、第三節 多数者の専制、第四節 アメリカの公務員の自由裁量に対する多数者の専制権力の効果、第五節 アメリカで多数者が思想に対して行使する権力について、第六節 多数者の専制がアメリカ人の国民性に与える諸効果、第七節 アメリカ的諸共和国の最大の危機は多数者の専制的権力から生ずるということ、
 第八章 アメリカ連邦で多数者の専制を緩和するものについて、第一節 行政的中央集権の欠如、第二節 アメリカ連邦における法学者精神について、そしてどうしてこの精神が民主政治の平衡力として役立っているか、第三節 アメリカ連邦で政治制度として考えられている陪審について、
 第九章 アメリカ連邦で民主的共和国を維持させる傾向のある主要な諸原因について、第一節 これらの主要原因は三つある、第二節 アメリカ連邦で共和国の維持に貢献する偶然的原因、または神意に基づく原因について、第三節 アメリカ連邦で民主的共和国維持のための法律の影響について、第四節 アメリカ連邦で民主的共和国維持のための風習の影響について、第五節 政治制度として考えられる宗教について、アメリカ人には宗教はどのように民主的共和国の維持に強力に役立っているのであろうか、第六節 アメリカ連邦で政治的社会に宗教的信仰がはたらきかけている間接的影響、第七節 アメリカで宗教を強力なものにしている主要原因について、第八節 アメリカ人の陪審、習慣、及び実際的経験は民主的諸制度の成功にどのように貢献しているのであろうか、第九節 アメリカ連邦では法律はこの国の物理的原因よりも民主的共和国の維持のためにより一層役立っているが、風習も法律以上にこれに役立っている、第十節 アメリカ以外のところで法律と風習とは民主的制度を維持するのに十分であろうか、
 第十章 アメリカ連邦領土に住んでいる三人種の現状と予想されうる将来とについての若干の考察、第一節 本書でのこれまでの要約と本章での主題とについて、第二節 白人の圧迫によるインディアンと二グロとにおけるそれぞれ異なった効果、第三節 連邦所有領土内に住んでいるインディアン諸部族の現状と予想されうる将来、第四節 アメリカ連邦で黒人が占めている地位、黒人の存在によって白人が蒙っている危険、第五節 アメリカ連邦の永続に好都合な機会はどういうものであろうか、そしてこの連邦の永続を脅かす危険はどのようなものであろうか、第六節 アメリカ連邦における共和制度とその共和制度の存続の機会はどのようなものであるかということについて、第七節 アメリカ連邦の商業的繁栄の諸要因についての若干の考察、
 結論、のラインナップでございます。目次のタイトルだけでクラクラきそーでしょ(笑)トクヴィル先生の勢いを止めるものなどいないってか(笑) 

 アリス的にアメリカ…となるとアリスの神様EQの国だものになるのだろーか?トクヴィルについてはうーん、どだろ?アメリカ社会を一刀両断のトクヴィル先生ですけど、政治とか、国民とか、慣習とか出てますけど、法についてもありまして、法学部卒のアリスとしては引っかかるとこあるのかなぁ?と…

 南北戦争前の米という事で、250年以上前というべきか、300年前位というべきかの米について現地視察した結果をまとめたものなんですけど、うーん、上巻でも思ったが昔から米ってこーゆー国だったんだなぁとゆーか、国も三つ子の魂百までもの世界だった模様(笑)

 まずはトクヴィル先生は政党について考えるで、「大政党は社会をくつがえすが、小政党は社会を扇動する。大政党は社会を破滅させるが、小政党は社会を腐敗させる。大政党は時として社会を動揺させてこれを救済するが、小政党は社会を常にいたずらに悩ますばかりである」って断言なさっているし(笑)とはいえ、政治はまず群れる事から始まるからなぁ(笑)

 でまぁ政党政治となれば政権とらにゃで「勝利した党派は立ち上がっていう。「わが党は国に平和をもたらした。人々はわが党が恩恵をもたらした諸行為についてわが党に感謝すべきだ」と。」とな…俺を崇めろってか(笑)ちなみにトクヴィル先生によると「この外見的な満場一致の状態の底には、やはり深刻な分裂と真実の対立とがかくされている」そな…勝利とはいえ、薄皮の上だけの事ですか?そーですか(笑)かくて、俺が正しいごっこに「諸政党が成功するために用いる二大武器は、新聞と団体である」って…なるほろ、世の中少しも変っちゃいねぇーって事ですかい(笑)

 アリス的にちょこっと被るのかな出版の自由についても「アメリカでもフランスでも、出版は奇妙なことに善悪を混合してもっている異常な力である。それゆえに、これら両国では、出版なくしては自由が生きのびることはできないし、また、出版とともに秩序はかろうじて維持されうるのである」とな…で更に「書物をかく自由は、他のすべての自由と同様に、それが新しいものであればあるほど恐るべきものとなっている。国務を自らの眼前で取扱うのを全く知っていない人民は、初めに出現する護民官(新聞)を信ずるのである」とな…メディアぱねぇ、さすが第四の権力(笑)

 では、その米の業界人ってどーよ?というと「アメリカ連邦のジャーナリストたちは一般に低い地位しかもっていないし、彼等の教養も低級であり、彼等の思想の内容もしばしば低俗である」って…しかも「アメリカでは、ジャーナリストの精神は、ジャーナリストがめざしている人々の諸情熱にぶしつけに無謀に拙劣に襲いかかり、人々をとらえるのに諸原則だけをぶちまけ、人々の私生活に入りこみ、人々の弱点と悪徳とを丸裸にすることである」とな…さすが米様のメディア倫理は違うぅぅ…結果「ジャーナリストたちによって説明される個人的見解が、読者たちの間に、いわば何の重みをもっていないということである。読者たちが新聞に求めることは、事実の認識である。ところが、ジャーナリストが自らの意見で何等かの利益がえられるのは、事実を曲げたり、変質させたりすることによってのみである」って…うわーさすが、公正、公平、客観のメディアだわぁーってか(笑)そこにしびれるあこがれるぅーっ(笑)

 まっどの組織も善人ばかりじゃないのは必定って事でしょか?かくて「すべての市民が富裕である国家を考えることがむつかしいと同様に、すべての人々が高い教養をもっている社会を考えることもむつかしいのである」とな…天国にならあるんじゃないかしらぁ?の世界ですかねぇ…この世では現実で辻褄を合わせないと立ち行かないってか?

 しかも「アメリカでは現在の政治家たちが五十年前に公務を指導した政治家たちより劣っている」とこれまた断言しているし、五十年前とは独立戦争当時の事を指す訳で、やはり修羅場をくぐっているか?否か?ってとてつもなく大きいって事なんだなぁ…ちなみに「この事実は法律にも当時の状況にも基づいている」って…国誕生にして50年で下り坂宣言いただきましたってか?更に「南部に下るにしたがって、政府当局者の間に英才と美徳とは益々まれになっている」って…知性か、倫理か、品性か、格差社会ってか?ちなみに現状では下院と上院の人品にもかなり格差があった模様…詳述はトクヴィル先生の筆をドゾですけど、まぁアメリカ紳士って単語はあると思います?の世界だしなぁ…

 何とゆーか米人気質というものもあるんじゃまいか?で「アメリカ人は理性的に行動するりも本能によって導かれている。そしてアメリカ人の変化好みのために、民主政治は激情にまきこまれることになる。その結果として、法律の変動性が著しくなっている」って、そーだったのかぁーっ?修正なんたら箇条とかがやたらと多い国だと思っていたら、建国50年でそんなもんだったのか?なるほろ伝統芸能ってか(笑)ついでに米社会というものも「社会は戦場での軍隊のように、その日暮らしの生活をしているように見える」程度らしー…

 実際のそれでいくと独立戦争当時の初っ端は「祖国への奉仕のために異常な熱狂をともなった諸活動が行われた」とな…でも戦争が長引くにつれて「日常的な利己主義が再びあらわれだした」とな…税金なんて納めないし、兵隊にだって参加しない、でも「人民はまだ独立を欲していたが、これを手にいれる手段の前でしりごみした」そな…建国秘話ってか?どこの国も実態ってアレなんですか?そーですか?

 ちなみにワシントンの外交指針は「諸外国との通商関係を拡大し、そしてまたできるだけこれらの諸外国とアメリカとの政治関係を少なくすることが、アメリカ外交政策の規則でなければならない」と始まるんですが、いやまぁ19世紀万歳の世界ですかねぇ…当時はまだ米は世界の孤児でいられた訳なんですねぇ…これがジェファースンになると「アメリカ人は自ら諸外国民に同調せざるをえないことを避けるために、諸外国民に特権を決して要求してはならない」とな…先人の教え半端ねぇ…ちなみにワシントンの金言となると「他国民に対して常習的な好悪の感情におぼれる国民は、幾らか自らの好悪の奴隷となるのである」って…予言の書か(笑)

 とはいえトクヴィル先生の筆舌止まるところを知らずというか、もー突き進む一刀両断というか、凄い、凄すぎるとしか表現できない己のボキャブラリーに嘆くべきか?で米人に対して容赦なしの待ったなし(笑)「アメリカ人は自国でなされているあらゆることに参加しているが、そこで批判されるあらゆることを弁護できると思っている。なぜかというと、そのとき攻撃されるものは彼の国ばかりでなく、彼自身でもあるからである。またアメリカ人の国民的自負心はすべての人工の物にひろがっているが、なおすべてのつまらない個人的虚栄にまで及んでいる」って…成程、正義とは何か?な国は、最初っから正義とは何か?な国と国民であったでFA(笑)

 もしかして、はい、ここ、笑うとこという事ですか?トクヴィル先生?あまりに凄くて素通りできなんですけどの「アメリカ人のこのいらいらとした愛国心ほどに平常生活に邪魔になるものはない。外国人は、彼等の国を大変ほめることには賛成するであろう。けれども彼は、その国の何らかのことを非難することをゆるしてほしいと思っているであろう。ところがそういうことは、彼にできないように絶対に拒否されている」って…まさに俺を崇めろが通常運転乙なんですか?賛成意見は聞くけど、反対意見は抹殺って…何とゆー心の広さ、国土の広さを反映なさっていらっさるんでしょーか(笑)正しい自分を愛しているというより、世界の中心で叫んでいらっさるんですね、分かります(笑)

 どゆ事かというと「それゆえにアメリカは自由国ではあるが、そこれでは外国人は誰をも傷つけないために、個人についても、国家についても、被治者についても、知者についても、公共事業についても、私企業についても、自由にはものをいってはならないのである」とな…さすが自由の国パネェ…言論の自由はあるけど言う必要ないよね、だって何もかも正しい国だものってか?よって外国人が口にできるのは「風土と土地」だけらすい…それ以外は「そこで出喰わすことについて何もいってはいけないのである」って…そんな中で米人はどうしているかというと「お互に自分たちをつくりあげることに協力しているかのように、お互を擁護しあおうとしている」って、身内同士で自作自演?自画自賛?本当に有難うございました…

 最後になると諦めの境地なのか?トクヴィル先生も「今日では、アメリカ人を批判することはあきらめなければならないであろう」ってそんな投げやりな結びでいいんですか?先生(笑)いやもーおろろいたおろろいた、米って最初っから、そして仏人を呆れかえらせる程に自信満々唯我独尊の人達だったんですねぇ…反省だけなら猿でもできると思っていた時期が私にもありましたじゃないけど、アメリカン・スタンダードがグローバル・スタンダードだと無邪気に信じている国民性って、こんな昔からそーだったのか?

 正義はそれとしても自由の国の人だもので、愛国心も各自の自由っちゃ自由だけど、ちなみにそんな自由の概念、ちょっと待ったぁーっでトクヴィル先生は今日もおステキです(笑)「自由であるための術策ほどに驚異的なものを生む力をもったものはいない。けれども、自由の修業ほどにきびしいものはない」って…もー笑っていいのか、泣いていいのか、机たたいていいのか、分かりませーん(笑)でも、そー指摘しちゃうトクヴィル先生が大好きです(笑)

 いやもーどこからどこまでもトクヴィル節炸裂でこれが文庫とはいえ500頁も続くんだぜ…米おそろしい子というより、何つーかもー尽き抜けた感があるよーな…詳細は本当に本書をドゾ。どの頁も、何とゆーか、ミステリー?ホラー?サスペンス?ドキュメンタリー?ブラック・ジョーク?etc.な雰囲気満載(笑)貴族制のトクヴィル先生の仏お貴族様的なニュアンスのとこも若干ないとは言えないけど、民主制と貴族制の比較のとことかね?でも概ね、これはトクヴィル先生の一本勝ちじゃまいか(笑)「それでもアメリカ人の目にいくらかの真実なことがはいってくるとすれば、それは外国人からか、または経験からのいずれかである」って言っちゃうしなぁ(笑)井の中の蛙、大海を知らずと言っても理解できる以前に自覚できる人がどれだけいるのか?そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ(死語?)なんですかねぇ…

 ちなみにトクヴィル先生も重々自覚なさっていらっさると見えて「ここにのべたことどもがもしアメリカに伝わると、次の二つのことが必ずアメリカに起るにきまっている。第一には、読者たちがすべて声をあげてわたくしを非難するであろう。第二に、読者たちの多くは、自分たちの良心の奥底ではわたくしを許すであろう」って…許すは良し忘れるはなお良しでしょか?何せよ、トクヴィル先生は十分に良心的に捉えようとなさっているのは確かな模様…

 その他、法と法学者のとこの説明なんかも的確すぐるんで詳細は本書をドゾですが、陪審員制度についてのとこを一つ。「陪審は、訴訟のいきさつに重大な影響を及ぼすものとしても、それはより一層重大な影響を社会自体の運命に及ぼすからである。それゆえに、陪審は何よりも先ず第一に政治制度なのである」ですかねぇ…ちなみに「陪審制度はどちらかというと、あまり進歩していない社会に生まれている」そですよ、奥さん(誰?)よーは単純な世界なら履行できるかもだけど「人々相互の人間関係が著しく複雑になり、巧妙な知的な性格のものとなるとき、ひどく文明化した民族の諸要求にこの制度を適応させることは容易なことではない」そーですよ、おぞーさん(誰?)そんな陪審員制度を21世紀に導入している国もあってなってか?多分、先進国じゃなかったのね、きっと(笑)

 米に対するコメントは「現在のアメリカ的共和国は、新世界を共同で開拓するためにつくられ、そして繁昌する商売に従事している商社のようなものである」は言いえて妙かも(笑)ゴールドラッシュ、アメリカンドリーム、一攫千金、よーは拝金主義の国だものだしなぁ…

 まぁ何にせよ、欧米と一口で言うけど、欧と米はぜんずぇん違いまっせという事らしー…「アメリカ人にヨーロッパのことを話させてみなさい。アメリカ人は普通には大変生意気なことをいうだろうし、そしてとても愚かなうぬぼれを、あからさまに示すであろう。アメリカ人はどこの国にでも無知な人々にとっては大変な助けになっている、はっきりしない一般的な概念で満足しているであろう」って…でもそんな米人も自国の事には雄弁になるんだよってフォローしていらっさいますが(笑)それが今では世界の警察、さすが米様やでって事ですか?そーですか(笑)

 とまぁ、他にもたくさんたくさんたくさん米についての忌憚なきご意見がいぱーいですので詳細は本書をドゾ。どこの章も衝撃的真実の世界ですけど、特にインディアンと黒人についての処遇というか、歴史、現状を書かれた十章の三、四節辺りは必読書じゃあるまいか?トクヴィル先生の冷徹な目は当時の西部の原野、境界線まで足を運んでいらっさいます。いや、マジでこの二章は米の小中高辺りの歴史の教科書に丸ごと掲載しといたらのレベルじゃねと思うが、トクヴィル先生が指摘しているよーに無理だろぉなぁというより、これを踏まえて自己肯定している米人って、パネェ、超パネェと思うのは気のせいか?

 今回、米的なとこを中心にまとめてしまったんですが、トクヴィル先生の母国、仏や、英に関しての引用も多彩ですので、これもまとめて詳細は本書をドゾ。ドゾ。ドゾ。欧州もいろいろあるんですよ(笑)

 目次参照  目次 国外

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