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2014年4月10日 (木)

リーダーの条件(笑)

ローマ人の物語 23 危機と克服 下  塩野七生  新潮社

 一年に三人の皇帝が入れ替わるという非常事態を超えて、次に舞台に上がったのがパンピー代表というより、たたき上げの現場のお人なヴェスパシアヌスが登場、彼の治世はまさに平穏無事な時代だったのに対して次代のティトゥスは、皇位をついだのが紀元79年6月下旬、それからきっかり二か月後の8月24日にヴェスヴィオ火山の大噴火。翌年春にはローマ市内で大火災、更にその次の年の夏には疫病大発生…でもって、その秋、9月13日に崩御って…享年40才、その治世二年ちょいって…うーん…大災難歴史な皇帝っていうのもあるんだなぁと…

 さて、日本的にヴェスヴィオ火山の爆発よりむしろポンペイの遺跡の方が分かり易いんじゃなかろーか?あの火山灰だか土石流だかに埋もれた街はこの時のものだったんですねぇ…で、こちらについてはあの大プリニウス終焉の地でして、死因は多分窒息死?ガスにやられたと…尤も、この人後世では大学者のイメージですが当時は公僕として生活していた訳でむしろ余暇を研究に注ぎ込んでいらっさったと…だから、噴火当日は海軍司令官として救助に行くぜというのと、お友達助けに行くで、結果お亡くなりになってしまった模様…この辺りの詳細はこれまた当時現場にいた甥の小プリニウスが証言というか、タキトゥス宛の手紙であかしていますので詳細は本書をドゾ。

 横道にそれましたが、皇帝就任わずか二か月のティトゥスはその報を聞いてどーしたか?「余震はまだ続いていた。だが、被災者対策本部は現地に置くと決め、その陣頭指揮には彼自らが乗り込んだのである」いやまぁオサスガ、ローマ皇帝中の皇帝じゃまいか?どこぞの国の内閣とは大違い(笑)でもって、現地で寝食も問わずティトゥスは没頭、「皇帝ゆえに欠くことが許されない祭儀でもないかぎり、首都にはもどらなかった」とな…でもって被災者の再興に尽くしているんですよ、奥さん(誰?)詳細は本書をドゾ。それにしてもこゆ事が起きたら税制を3-5年免除するのが通例というだけでもローマの方が現代より、福利厚生が徹底していたんじゃまいか?インフラ整備とか…実に翌年の春になるまでティトゥスは現地に常駐するんでござるよ…

 で、四月になると何故皇帝はローマに帰還したか、ええ今度は首都の中心で大火災が発生するんでござるの巻ってか…

 アリス的にローマ…今回のそれはアリスなら蝶々や残酷なになるんだろーか?46番目のエビも入るか?リアルだとアリスなら阪神淡路、今だと東北になるんだろーなぁ…というか、アレ見てきた日本人の眼からすると、やはり国のトップの資質って重要なんだなぁと痛感させられまする、本書かな(笑)何つーかティトゥス、凄い、凄すぎる、というか、これが上に立つ者のあるべき姿なのかと思わずひれ伏してしまいそー(笑)

 ナポリ湾から戻ってローマ、カピトリーノの丘から出火した火事はマルス広場の南半分にまで進む大火事であったでござるよですが…ネロの時のローマの大火よりはマシとはいえ、場所がローマ都心部だから公共施設がいぱーいってか、焼けた後そのまま放置なんて勿論出来ないとなれば、やる事山積みはかわりなしだよねぇ(笑)

 こちらの再建の詳細も本書をドゾですけど、一つだけ、これまた日本人的にはローマというとコロッセオのイメージだけど、これってヴェスパシアヌスの時に着工してでけたのがこの年だったとな…なので「ティトゥスは、ヴェスヴィオの噴火、首都ローマの火災と災難つづきで気落ちしている市民を元気づけるために、完成祝いは盛大に挙行すると決める」とな…ローマというと有名なパンとサーカスのこちらはサーカスに当たるとこと…ちなみに当時のそれの費用はローマ富裕層の全額持ちですから、市民は無料で観戦できたでござるなんですよ…

 まぁ人気取りの要素も多分にあったとは思われですけど、災害の建設費用とかを出費するのも富裕層の務めという事で、金があるとこが出すが徹底していたんですよね、ある意味これがローマのノブリス・オブリージュ…あのカエサルの借金も私腹の為というより、公共事業的なとこが殆どだし(笑)さすが腐ってもローマなのか(笑)

 そしてそんな中に更に次の年の夏に疫病発生…これまたティトゥスはすぐに「それ専門の対策委員会を発足させている」とな、早期発見早期治療じゃないけど、夏にうった手が功を奏したのか秋には収束の兆しが見えた頃、まだ四十才じゃまいかの皇帝が床につき、お亡くなりになってしまうんですね…いい人程早く亡くなるって本当だなか…ちなみに「暖かい人柄で率直で人から愛される性格の持ち主だった」とな…

 実は本書の冒頭が「三十九歳で皇位に就いたティトゥスくらい、良き皇帝であろうと努めた人もいなかったのではないかと思う。もしも公僕という表現が存在したとすれば、この人ならばそれを心から信じ、公僕に徹しようと努めたにちがいない。国民が望まないとなれば、生涯の恋すらあきらめる人であった」とゆー、ユダヤの王女との恋物語は前巻でふれられていますのでそちらをドゾ。かくて独身の皇帝は仕事に生き、死んでいった訳ですね、分かります…

 てな訳で、次期皇帝はどーなるんだぁーっと言うと、ティトゥスの弟、ヴェスパシアヌスの次男、ドミティアヌスが継ぐ事になるんですね。時は紀元81年9月14日、三十歳の時でございましたとな…これはヴェスパシアヌスの時から決められていた規定路線で、まず長男のティトゥスが継ぎ、次男のドミティアヌスが継ぐ事になっていた訳でその点では非常にスムーズに皇位の移譲が行われたと…ただ、まさかこんなに早くティトゥスが亡くなるとは誰一人思ってもみなかっので、ドミティアヌスの実践経験がほぼ無きに等しいというとこじゃまいか?

 まぁ人生には何事もハンデはあると…例えば前皇帝の兄は誰もが善帝という皇帝であったとな…他にというと育ちとか、父親が皇帝についた時にティトゥスは29-30才のアラサー、一方ドミティアヌスの方は18才前後…よーは皇帝の息子、皇帝の弟として青春時代を過ごしてきたといっても過言ではないのではなかろーか?ですかねぇ…カリグラやネロを見るまでもなく若くしてのソレ、もしくはその中の人って、やばくね?なフラグ立っている気がするのは気のせいか(笑)

 とまぁそれはともかく、皇帝とはというか、もー皇帝業、皇帝職と言っていいと思うんだが、これやはり人には向き不向きがあるし、千の仮面を被るのよまではいかなくても皇帝の仮面は被らなきゃねの世界だったのは当然と言えば当然なのか?で、これが出来なかったのはカリグラとネロとなれば、残りの皇帝はどーだったのか?で、「一、ローマ皇帝とは、ローマ市民の第一人者にすぎないと信じていた」のお人が、「統治前半のティベリウス、全治世を通じてクラウディウス、そしてティトゥス」となり、「二、信じてはいないが、信じているフリはした」が、これまた全治世を通して「アウグストゥス、そしてヴェスパシアヌス」となり、「三、信じてもいず、信じるフリもしなかった」のが「統治後半のティベリウス、そしてドミティアヌス」となる模様…ただ、ティベリウスの場合は後半生はカプリ島に引っこんでいた訳で、ドミティアヌスの方はローマ市内にいて、オレが皇帝ですが、何か?とやっちゃった訳だから、その治世やる事やったけど叩かれる街道突っ走る事になっていまいか(笑)

 そゆ事で、ドミティアヌスの治世を眺めてみよーとなると、彼がやった事はまず公共事業、市内で建立は勿論だけど、彼のソレとして後世に残るのは何といっても、リメス・ゲルマニクスの着工じゃなかろーか?と…詳細は本書をドゾですが、簡単に言うとゲルマンの防壁の強固とラインの変更でしょか?今まではライン川とドナウ川のこっち側がローマじゃけんでしたが、これ下流はいいとしても上流はどこがやねんという事になる訳で、守りにくい訳ですね、よーは水源のアルプスの辺り…山岳で闘うよりも平原戦が得意のローマ的にはアレだし…で、どーするか?ライン川沿いのボンの辺りからドナウ川のレーゲンスブルクまでローマ版万里の長城つくっちゃえと(笑)まぁローマですから質実にリアルな塀というか、砦というか、物見櫓的なソレですが(笑)そして、更に得意のインフラで道路も作るよと…まぁゲルマンの地に引いたのではなくて、一歩進んだというとこがミソですかねぇ?

 その辺りのアレコレはこれまた本書をドゾですけど、実はこのネタはティベリウスの頭には構想があった模様…ローマ的にはこの構想は長い目で見ればジャスティスてか…ただ、今ゲルマンとの戦いが表沙汰になっていない時に虎の子を起こすよーな真似してどないすんねんという反発はいつもの元老院乙となる訳ですけど、ええ、フリもしない皇帝ドミティアヌスですから突っ走る訳ですよ(笑)ちなみにこれが完璧に完成するのは、ハドリアヌス帝の時というから、本当に必要だったんでしょーねぇ(笑)

 元老院との対立はこれまた第一人者の補佐機関(内閣)の構成員を元老院から減らし、騎士階級から増やすという事をこれまたしたでござると、官邸の秘書官というか、今でいうと官僚達にこれまた騎士階級の人達を登用しているしでソフトパワーの充実をはかっているし、また司法も徹底したと…司法が公正でないという事は帝国全域の統治に影響が出るとゆー事につながる訳ですね、分かります(笑)で、更に属州というか今で言う地方自治体の独立性というか、財源確保にも尽力を尽くした人なんですね…よーは中央も末端も健全に動いていれば、大帝国も世はこともなしと(笑)

 他にクィンティリアヌスのインスティトゥーティオ・オラトレア全十二巻とかあるんですが、これ所謂一つの教育論というか、手引き?指導要綱?みたいなノリで2000年たった今でも出版され続けているそーななとこからも分かろうもので、でこの人にドミティアヌス、フォローしていたりと結構あちこちに芽をばらまいている人でもあったよーな?

 さて、アウグストゥスになってからというか、歴代の皇帝の二大責務とは、安全と食糧で、この安全保障、帝国の防衛という路線にたった時、ローマという国はこの長い国境線の為にいつもどこかで火種がくすぶっており、一触即発というか、その外では虎視眈々と侵入しよーとする他国の危険があったとな…まぁちまちまとローマすっか的なとこがブリタニア当時の英だとすると、今後の安全の為に断固として手を打つとしたのがゲルマンの城壁作るぜで、更なる火種的にはドナウ川の向こうとなる訳ですね、今で言うバルカン半島、対ダキア族との戦いが勃発するとこれが紀元85年の頃…ベオグラードの向こう辺りと言えば分かり易いか?

 勿論、皇帝は前線に立つ。というか、この皇帝、インペラドールというのは軍のトップも意味する訳だからある意味皇帝ならば当たり前なんですけど、ローマ的な気質もあるよなぁと…「通商よりも海賊業で、農耕や手工業よりも掠奪で生活の糧を得ようと考える者がいるかぎり、防衛の必要が消えることはない」というのは、個人なら警察で済むけど、国家単位となればもー軍の守備範囲になる訳ですよ、おぞーさん(誰?)で「防衛の結果が、話し合いよりも腕力で決する場合が圧倒的に多いのは、双方のもつ「考え方」ないし価値観、のちがいによるのである」が、結局ローマという国を表しているし、皇帝を、国民を、なんですよね… 

 ちなみにローマが800年国としてもったのは、「一にも二にも、防衛力が健在であったからだった」というのは、現代人もシリアスに受け止めるべきじゃなかろーか?「民族間の衝突が「考え方」のちがいによるとしてもよいのが現実である以上、敗者になりたくなければ防衛努力を忘れるわけにはいかない」とな…世界がある以上、国家安全保障は待ってはくれないという事ですかねぇ(笑)

 それはともかく、このダキア戦やサトゥルニヌスの乱(高地ゲルマニア軍司令官)があったにしても、取りあえず大事には至らないよーには出来るだけのパワーがあったとゆー事でしょか?この辺りの詳細も本書をドゾですが(笑)何にせよ、ローマが本気で軍団を投入すればローマが勝つとするのが普通の見方だとするのに、兵を上げる人が途絶えないのもアレだけど、これまたこなたのローマも金で平和が買えるとお思いかの性格とゆーのが、これまた凄い…「ローマ人は、一個軍団六千兵の全滅にも耐えた。だが、自分たちの平和をカネで買うのは、たとえそれが象徴的な額にすぎなくても、いやそれだからなおのこと、飲み下すことができなかったのである」人達なんですよ、姐さん(誰?)良い悪いの問題ではなくて、それが当時の彼らの普通の感覚だったとゆー事だと…

 ドミティアヌスの躓きというより、帝国的には些細な事、ある意味肉を切らせて骨をたつみたいなノリだとしても、国の気質を超えたそれは軋みを生んでいくんですね…まさに空気読め…反ドミティアヌス…反皇帝、たいていそれは元老院の皆様方の専売特許の世界ですが、その網の目ちょっと広がったのがサトゥルニヌスとかに繋がるんでしょか?

 そしても一つ、対元老院的なそれでいくとデラトールの活用でしょか?こちらの詳細も本書をドゾ。何とゆーか剃刀的な諸刃の剣かなと…世の不正を正すにもあるけれど、皇帝が使えば反皇帝派、元老院の排除に使えるんですよ、奥さん(笑)も一つ、反ドミティアヌス的な動きとしては当時のギリシア人哲学者御一同様がいらっさると…貴族の子息達の教育係、お抱え家庭教師的な存在としてギリシア人の先生がいたのがカエサルの頃でござっと…でパクス・ロマーナが広がった結果、先生も国というか地域問わず出てきた訳ですよ、上記のクィンティリアヌス大先生もスペイン属州の方だったし…で、どゆ事かとゆーと別にギリシア人じゃなくてもよくね?となり市場開放のよるギリシア人にとっては「マーケットの縮小」という事態に…で本音は既得権益の確保だけど、建前の「民主体制と暴君の対立関係を声高に言いはじめたのだ」となると…政治的に走るというかアジった訳ですね、分かりますの世界で何とティベリウスの頃から追放令が出ていたというからこれはもー一つの伝統芸能…

 何事も敵はいるという事でしょか?ある意味アウグストゥスのよーに常に敵がいない、もしくはいないよーに目配りする人生というのじゃないと、特に今回皇帝の独裁ですが、何か?なドミティアヌスとなると、反皇帝派はつながっているよーでつながっていないよーでつながっているみたいな事態を招く事になる模様…

 紀元96年9月18日、ドミティアヌス暗殺される、享年45才…その治世15年。で犯人はというと皇后ドミティアつきの解放奴隷による刺殺、しかもドミティアヌスが自室で就寝中にである…「数百人はいた皇宮勤務の召使や警護の兵の一人として、誰に止められたのか、事件の場に馳せ参じた者はいなかったことである」一つとっても、根が深そーなのは分かるよな…この皇后ドミティアとは若き日のドミティアヌスの略奪婚で、何かアウグストゥスじゃないけど皇帝になる人ってこの手の結婚があると思いますなのか?その一連の詳細は本書をドゾ。ただまぁクラディウスといい、皇帝の一番の脅威ってもしかして皇后なのか(笑)変な言い方かもしれないけど、結婚していない皇帝達の方がボチボチ感あるのは何故(笑)こーしてみると別れた女性含めて恨まれなかったお人だったカエサルというのは男として凄すぎるって事か(笑)

 まぁこの後、それを知った元老院がザマミロとばかりに、ドミティアヌスに記録抹消刑にして過去の業績ない事にしたり、即座にネルヴァをたてたり、やたーっ感が激しいのはもー中二病じゃね?と(笑)かくて皇帝職はリリーフエースかのネルヴァに引き継ぐとな…時は紀元96年9月19日、ネルヴァ70歳の出来事でございましたとな…とこの方も一年半位でご退場なさった方なんですが、一言で言うとバランス感覚のお人ですかねぇ?親派にも、反派にも属さない中道派みたいな?とにかく元老院的にはドミティアヌス憎しですから、排除しただけでオケオケの大オケーみたいなノリだったよーで…

 そしてネルヴァはトライアヌスを養子に迎え、彼が次期皇帝を継ぐ事になると…初の属州出身皇帝となる訳ですけど、こちらはのお話は次巻を待て(笑)とな。

 うーん、今回のお話として一番考えさせれられたとこは皇帝とは何か?というより皇帝の仕事とは何か?かなぁ…いやまあ公のもの全てとなる訳ですけど、彼が始めた仕事が次代に引き続くか?否か?国家100年の計じゃないけど、その場限りの話じゃなくて長く運用できるか?否か?は統治能力として大きいものなんだなぁと気付かされたとこですかねぇ?場当たり的な政策、施策って結局何も残らないとゆー事か(笑)となると射程の広い視野を持つ事もトップの資質の一つなんだろなぁ…ただ、それが現国民に受けがいいのならまだしも悪いかもしれないとなるとアウグストゥスばりのオブラード戦術の駆使が必要になりますが、何か?なのが、うん、やはり何事も人材、才能、能力あってこそか(笑)も一つ付け加えるとしたら、人としてのまっとーさか(笑)

 後蛇足ながら一つ、配偶者は大切にというか気配りを忘れずに、ですかねぇ(笑)多分、殿方が思っているよりも倍、更に倍、更に十倍のソレでもヤバイかも(笑)特に年月が経てば経つ程指数関数的に対処していかないと、どー転んでも知らないよってか(笑)

 目次参照  目次 文系

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